Folge 92 結界の中で

「――――美咲、さ」


 あれから二人だけの時間をもらって。


「はい」


 少々気温は上がってきているけれども。


「何が聞きたい?」


 外に出て散歩をしながら話を始める。


「何って。その……咲乃との話ですよ」


 遊歩道か獣道か。

 どちらとも言えないような道を歩く。


「そうだったね」


 木漏れ日がいい感じだ。

 肌に当たる日も影もくっきりとしている。


「そんな特別なことは話していないよ」


 一歩踏み出す度に撫でてゆく涼しげな山の空気。

 心地良い。

 同時に人肌も恋しくさせる。


「でも、咲乃が料理を振舞うなんて特別なんですよ?」


 自然と美咲の手を取った。


「あ」

「手ぐらい繋いでもいいだろ?」


 町では味わえないこの雰囲気。

 これに便乗しない手はない。

 普段ならやめてしまうことも、思い切れる。


「ちょっと……はい、いいです」


 やっぱり咲乃とは違うんだよな。

 双子と言っても一人と一人なんだ。

 同じじゃない。


「この旅行、ありがとね」


 気付くといなくなっている。

 そんな気にさせるんだ。

 いつもふとした瞬間にそう思っていた。

 学校でも、クラスが違うのに探している時があったりして。

 さくみさで共通しているのはそういうところかな。

 美咲には特に感じるんだ。

 だから……それも手を繋いだ理由の一つ。

 離れて欲しくないから。


「持っているなら使わないと勿体ないでしょ? それもあるんです」


 たぶん、一割にも満たないきっかけじゃないのかな。

 勿論、さくみさがお世話になった人たちに会いたいというのもあるだろう。

 でもね、オレを含めた四人のための計画なんだと、胸に響いてきているんだよ。

 隠そうとしていても、美咲の優しさは隠しきれずに届いているんだ。

 動きで見せる気持ちではなく、温かい心から伝える気持ち。

 それがこの子の魅力なんだと。

 そこが惹かれる所なんだと、今ははっきり分かる。


「お世話になった人たちには会うんだろ?」

「そのつもりではいますけど、楽しくて時間になってしまったらそのまま帰ります」

「それは駄目だよ」

「駄目、ですか?」


 オレたちの所為で会うべき人たちに会わないなんて、ありえないよ。


「そりゃそうだろ。近況を話すぐらいでもいいから、直接会うべきだ」

「サダメちゃん達に迷惑掛けてしまいますし」

「無い無い。それぐらいの時間はむしろ作らせてくれよ。せっかくなんだからさ」


 握ったオレの手を頬に当てている。

 ……柔らかいな。


「優しい。サダメちゃんとこんな時間を過ごせるなんて、不器用なりに頑張ってみて正解でしたね」


 踏み出すのは大変だったろうな。

 そこまでの気持ちにさせたんだ。

 こんなオレに本気になってくれるなんてさ。

 答えてあげないと申し訳ない。

 いや、今ではいてもらわないと困る。

 木々の葉がサラサラと音を立てている。

 冷やかすなよ。

 君たちの作る雰囲気のおかげで素直になれているんだからさ。


「ちょっと気持ちが抑えられないから……」


 透き通るような白く柔らかい頬。

 そこに当てられているオレの手。

 だけど、それを味わうだけでは足りなくなっちゃった。


「ここ、で?」

「ああ、ここで。させて……」


 二人だけの空間。

 ちょっと森に結界を張ってもらおう。

 葉が答えてくれたかのように音を奏でる。

 耳が心地よくなる。

 二人で共有している心地良さだと伝わった。

 次は――――。

 重ねることで確かめ合った。

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