Folge 10 ずたぼろ

「おい藍原、具合が悪いのか? 怪我しているんだろ? 血も止まっていないみたいじゃないか。まさか喧嘩したとかじゃないだろうな、っておい、そのまま倒れると危な――――」


 ドサッ。


「きゃああ!」

「ちょっと、血があたしに付くじゃない!」

「死んだんじゃねえか?」

「失血死、てか?」


 なんだ?

 オレを助けてくれるやつはいないのか……。

 どんだけ嫌われているんだよ。

 だがしかし!

 人生にピリオドを打つにはまだ早い。

 弟妹のために生きなければ。

 あの可愛い子たちを愛でる……こと……が……。


「お前たち、冗談言っている場合じゃないだろ! 保健室へ行くぞ。誰か手伝ってくれ」


 せ、せん……せい?

 おお。

 先生がすごくいいひとに思えてきた。

 初めてかもしれない。


「俺行きます!」


 その声は……ゆう……。


 ……。


 …………。


 ………………。


 ん? うわ、血の臭いがする。

 頭もめちゃくちゃにいてえ。

 首、肩、肘、体中打ち身だらけなのか?

 今日は倒れてばっかりだな。

 厄日だ。


 誰かが手を握っている?

 まさかうちの子たちってことはないだろうし。

 保健の先生かな。

 でも手を握るか?

 を! 先生が実はオレの事を、いやいや。


 ――――こんな状況でも妄想するとか、そりゃ罰も当たるか。


 ここまでこてんぱんにやられると、もうどうでもよくなってくるな。

 いっそ先生とどうにかこうにかなって、転生したほうがいいのかも。


「転生なんてさせませんから!」


 へ?

 まさか返事がくるとは想定外だ。

 ところで誰から?


「藍原君、まだ私たち付き合っていないんでしょ? まだって言ってたよね? 付き合ってもいいかな、ぐらいには考えてくれているってことだよね? なら私の命を使ってでも藍原君を守るわ! お願いだから一人にしないで」


 ん~、オレってモテているんではないだろうか。

 弟妹から毎日告白されているから麻痺していたけど。

 でも、命を使われたらオレ一人になっちゃうじゃん。


「美乃咲さん、俺教室戻るんで、後頼んでいいっすか?」

「わかりました」

「美乃咲さんも戻りなさい。あなたが藍原君をこんな風にしたわけじゃないんでしょ? 藍原君の体、傷つき過ぎだから病院へ行ってもらおうと思うの。保健室では応急処置にも限界があるのよ。もうすぐ他の先生が病院へ連れて行くから、そうすれば安心でしょ? にしても倒れ方が随分悪かったのね。受け身を取らずに倒れるとここまで傷ついてしまうなんてね」


 ああ、手を握っているのは美乃咲さんか。

 そして裕二が運んでくれたと。ありがとな。


 ◇


 病院の診察台。

 見事に素人な運び方をされて痛みが増しているサダメです。

 上半身打撲のようです。

 頭も打っているから当分安静にしていろと。

 皆勤賞は取れなかったか。

 別に狙っていたわけじゃないけど、取れるなら取っておきたいものじゃない?


「どうぞ、まだ眠っているようだけど。必要以上に動かさなければ後は普通に接していいからね。まあ、本人が痛みで動けないとは思うけど」

「そんなに酷いんですか?」

「打ち身がちょっと多いぐらいよ。骨折は無いし、少々鼻の傷が深くて血が出過ぎたみたいだけど、点滴に必要な薬も混ぜてあるからすぐに収まるはずよ。目が覚めたら呼んでくれる? 先生に診てもらったら帰れるはずだから」


 ああちょうど起きましたよ。

 ここで起きた方が面倒臭くないよね。

 というより、妹の声を聞いて起きないなんてもったいない!


「いたた。起きましたけど」

「サダメ! あ、触ると痛いよね」

「起きたのね。じゃあ早速先生呼ぶから」


 カルラが来ているってことは、随分時間が経ったみたいだな。


「二人は?」

「ツィスカにそんな姿見せたらどうなるかわかるでしょ? 朝と同じでタケルに抑えてもらっているわ」

「ははは、まさか朝起きたことがここまで大ごとになっちまうとはね」

「下校の時に高校から連絡がきて、先生に病院へ連れて来てもらったの。びっくりしちゃって上履きのまま来ちゃったわよ」

「カルラもそんな風になるんだな」

「もう! そりゃわたしだって慌てるわよ。だって病院に連れて行かれたなんて聞いたら驚くに決まっているわ。いつでも自害できるように準備もしたんだから」


 おいおい。

 常に心中する覚悟は、むしろあっぱれだけどさ。

 めっちゃうれしいけど、しちゃだめ!

 

 そんな会話をしているところへ医師が来た。

 各傷をチェックして帰宅許可が出される。

 幸い下半身は無事なので、歩いて帰れる。

 だけど、上半身は動くたびに痛みが走る。

 弟妹にも触れられず、なんともおあずけな状態。

 さすがに先生も帰りまでは送ってくれず、タクシー代がキツイぜ。


 ◇


 タクシーを降りて家に入るまではタケルが手伝ってくれた。

 見た目とは違い、ちゃんと男の子なんだよな。

 触れると女子だけど。

 オレの部屋に入った三人。

「ゆっくり休んで」と一声掛けてくれてそれぞれの部屋へ散った。

 ツィスカは必死にオレの所へ来るのを我慢していたみたいだな。

 随分と責任を感じているらしい。

 体調崩さなきゃいいけど。


 携帯の確認をしておくか。

 受信の合図が目に入って気になっていたんだ。

 さすがに電話は無いみたい。

 チャットアプリは裕二からのみ。

 いつも通り。

 オレは本当に友達いねえな。


 えっと、美乃咲さんにお前の番号教えてあげたぞって、おい!

 なんでお前がそういうことするの!?

 いたたたた。

 力入れるとあちこち痛い。

 くっそ~裕二の奴、そういうやりとりも男子の楽しみの一つだろうが!

 お前がオレの楽しみを奪うとはどういうこと?

 いや、美乃咲さんとは何もないけど。

 女子に番号教えるって、イベントの一つだぞ!

 そんな風ならあいつが付き合えばいいじゃん。


 ――――なんかそれも腹が立つな。


 ああもう! あいつ全然オレに優しくない!


 ――――いや、あいつに優しくされても気持ち悪いな。


 そういや美乃咲さん、あの時一人にしないでって言ってたっけ。

 まだ何も彼女のこと知らないから妙に気になっちゃったよ。

 いや、彼女ならもしかすると――

 あんな時でもオレが気にするように仕向けていたのかもしれない。

 いまいち本意が掴めないんだよなあ。

 気になるところが満載だもんな。

 付き合うための作戦?

 そんなわけないよな。

 ああ、男ってどうしてこう夢を見ようとしてしまうんだろ。

 女子から男子へなんて期待しちゃだめだ。

 そんなのは芸能人か芸能人級の一部だけだ。

 なんだかまだ血の味と臭いがするせいか、気分が悪くなってきた。

 もう寝よう。


 …………。


 一人で寝るのってどうやるんだっけ?


 タケル呼ぼうかな。

 約束してたし。

 その前に裕二にスタ連しといてやろ。


「お~い、誰か近くにいるか~」


 すぐに部屋のドアが開いた。


「どうしたの兄ちゃん!」


 うわぁ! ツィスカの突進だ。

 また怪我するかと思った。


「お、驚かすなよ。心臓バクバクしたらまた血が出て来ちまう」

「ごめんなさい」


 しゅんとするツィスカは可愛い。

 喜怒哀楽が全部マックスに振っているんだよなあ。

 でもずっとドアの前にいたってことだよな。

 何しても可愛い。

 いかん、マジで強烈なシスコンじゃないか。


 …………今更か。


「タケルは?」

「カルラと夕食作っているよ」

「あ、そうか。まだ夕飯食べてないし、風呂にも入ってないし、帰ってから何もしてなかったな。そのまま寝ようと思ってたよ」

「それだけの怪我しているんだもん、しょうがないよ。兄ちゃん、本当にごめんなさい。一番傷つけたくない人を傷つけるなんて、あたしはバカです」

「自分のことそんな風に言うツィスカは偽物だな。本物はもっと胸を張っているはずだ。誰だって失敗はあるし、今もずっと部屋の前にいてくれたんだろ? それだけ心配してくれている人を悪く思うわけないよ」

「兄ちゃんは優し過ぎるんだよ~。抱き着きたいけど我慢、我慢」


 両手を握りしめて上下に振っている。

 爆発しそうな力をそこで散らしているんだろうか。


 ――――かわいい。


「んじゃ、下へ降りようかな。ツィスカ、付き添いお願い」

「がんばる!」


 こういう時の「がんばる」は心配になるよね。

 でもツィスカはいつになく慎重にアシストしてくれて、新鮮だった。

 いつもと違うことが起こると、みんなの色々な面が見られて面白いね。

 自分はボロボロって点は何も面白くないんだけど。


 にしても今日はなんだか長い一日だった。

 明日からは平穏な日々が続きますように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る