Folge 11 弟の色気とお鼻詰め

 携帯のアラームが鳴っている。

 なんで?

 あ、起こしてくれているのか。

 ありがとう、でもうるさいんだ。

 とりあえず止めて……止めて……止め、て?

 あれ?

 いつもの所に無いぞ。

 こうなると携帯って無きゃいいのにって思うんだよな。

 めっちゃ困るくせに。


 にしてもどこだよ。

 まあ、ちゃんと起きて探せばいいだけなのだが。

 寝起きってさ、できるだけ寝たままで事を済ませたいって思うじゃない。

 それに今は凄く気持ちがいいんだよな。

 毎朝寝起きにいいもの用意されていて良きかな良きかな。


 今日はタケルと二人で寝たんだ。

 こいつって、どっかにチャックでも付いているんじゃないのか?

 だってさ、脱いだら女の子なんじゃないだろうかってぐらい女子な男子。

 男の体でこんなに楽しんでしまっていいのかな、いいんですっ!

 いや、誰かが勝手に頭の中でそう叫べって。

 操作されたようで、モノマネさせられた。


 それはそうと、携帯だよ。

 ああもう、ちょいっと触るだけで鳴り止むのに。

 これか?

 指をスライド!


「はあぅ。むにゃむにゃ」


 ん?

 逆に鳴ったな。

 これかも、指をスライド!


「ふあぅ。ふにゃ?」


 あれ?

 やっぱり鳴るぞ。

 そういえば携帯ってこんなに柔らかかったっけ?

 仕方ない、携帯よ負けを認めよう。

 軽く上半身を起こすぐらいは譲歩してやる。

 なんだ、タケルの顔の目の前にあるじゃないか。

 とりあえず止めてっと。


 じゃあさっきスライドしたのは?


「兄ちゃん、顔が赤くなる起こし方やめてよ」

「へ? オレどこスライドしたの?」

「首筋と耳」

「ああ、そりゃ柔らかいはずだ」

「そうじゃなくて、ドキっとするじゃない」

「いや、するなよ。……まあ、起こされ方としては微妙だな」

「おはよう、体は大丈夫?」

「そういえば今動いた感じで痛みはなかったけど、ちゃんと起きてみないとわからないな」

「そう。ぐっすり寝られた?」

「タケルは昔から寝相がいいからね、安心して寝ることができたよ」


 眼を瞑ったままにっこりとしているよ。

 性別の境界線を消し去ったこの表情。

 どう受け取ればいいのか、未だにオレの脳では未解決だ。


「タケル、起きようか」

「わかった」


 おや?

 タケルのパジャマってこんなだっけ?


「お前、何を着て寝てたんだ?」

「ああそっか、ツィスカがこれ着てちょうだいって渡してきたんだ。最初は断ったんだけどせめてパジャマだけでも兄ちゃんと寝させてって」

「あいつの執念凄いな。またそれが微妙に似合っているお前も凄いが」

「似合っている? 兄ちゃんに気に入ってもらえてよかったよ」

「ん~、なんかすこ~しニュアンスが違うんだけどな、まあいっか」


 女子な弟を連れて一階へ降りていくと、双子が朝食の用意をしていた。


「おはようサダメ。具合はどう?」

「どうも目が覚めていくに連れて痛みを思い出しているような感じかな。こういうのって二日目の方が酷かったりするし。でもこうして動けているから大丈夫だろ。ただ鼻は変な感じだ」

「そうね、まだ腫れたままよ。痛々しいのが見ていて辛いわ」

「こればっかりは腫れが引くまで待つしかないからなあ。あんまり言わないでやってくれるか、ツィスカが大人しいままになっちゃうから」


 ツィスカはカルラに半分隠れて動いている。


「良かったわねツィスカ、優しいお兄さんで。あれだけの怪我をしているのに許してくれているわよ」

「ツィスカ、突進は何かと危ないから気を付けて欲しいんだけどさ、普通に寄って来てくれよ。オレが寂しいからさ」

「兄ちゃんが治ってからにする」


 まだカルラに隠れたままだ。

 突進は止められないのね。


「んじゃそれまでオレも我慢するか。今日はツィスカと一緒に寝ようかなあなんて思ってたけど」


 はは。

 カルラの横からこっちへ五歩ぐらいツツツツツっと小走りに出て来たぞ。

 まるで小動物だな。


「一緒に寝ていいの?」

「今は一人ずつなら大丈夫だから、というかオレも一人じゃ寝られない体になっているんだよ。それでさ、今日はツィスカと寝ようかなあってね」

「寝る! 一緒に寝ます! 任せて!」

「そんなに興奮しないでくれよ~、テンション高いと傷に響くからさ」

「大人しくします!」


 今日は痛みで何度か起きるかも。


 ◇


 登校中。

 弟妹との分岐点。

 恒例になりつつある光景があった。

 ウェイティング美乃咲さんだ。

 綺麗なオブジェのようにオレたちを待っていた。


「おはようございます! あら、やはりお鼻の腫れは引いていませんね」

「おはよう美乃咲さん。さすがにこれは当分このままじゃないかな」

「他の傷の具合はどうなのです?」

「これは、徐々に体が痛みを思い出してきている感じで、昼間は苦しみそうかな」


 美乃咲さんとの会話を弟妹たちは黙って聞いていた。

 彼女に対しての敵意は今回の件での行動で随分と低減されたようだ。

 オレもその一人だが。


「それではお兄さんをお預かりしますね。みなさん、行ってらっしゃい」

「い、行ってきます」


 三人を代表してカルラが答えた。


「美乃咲さん毎日待っていてくれるけど、家はどこなの?」

「私の家に来てくれるのですか?」

「いやいや、そういうわけじゃなくて。もし遠かったら大変じゃないのかなと思ってさ」

「心配をしてくださっていると! ああ、なんていい日なのでしょう」


 ん~、どうもオレはスイッチを入れるのが上手いようだな。

 また鞄を持つ手の振りが激しくなっている。


「で、答えを聞きたいんだけど」

「内緒です!」

「そうなの? 内緒ってことは遠いってことだよねきっと。学校で会えばいいと思うんだけどって言うと、少しでもオレとの時間をって流れだよね?」

「その通りです! もう私のことを熟知していらっしゃるのですね!」


 熟知まではいっていないと思うぞ。

 いつも返される答えを言っただけだし。

 まあでも、ニコニコしている美乃咲さんは綺麗だなあ。

 いくらでも相手になる人が居そうなのに、なんでオレなんだろ。

 普段は周りともあまり関わっていないらしいし、未知な部分が多いよなあ。

 会ってからまだ数日なんだから当然か。

 まともに話したことなんて実際無いに等しいしな。


「あのさ美乃咲さん」

「はい、なんでしょう」

「その、美乃咲さんはオレと付き合いたいと言ってくれているわけだけど、オレさあ、美乃咲さんのことまだ全然知らないんだよね。家の場所も内緒と言われるし、どんな人なのかさっぱりわからないんだ。オレのこともどこまで何を知っているのかもわからないし。オレが話したことはないから多分美乃咲さんもオレのこと何も知らないよね」


 黙秘権ですか?

 何も反応が無い。


「どうして付き合うってとこまで話が飛んだのかなって」


 やっぱり黙秘を続けるのか?


「確かに付き合うというお話はいきなり過ぎましたね」


 あ、鼻血……。


「私の目標が藍原君の彼女になるということでしたので、その気持ちだけで告白してしまいました」


 やべ、これ結構垂れてくるやつだ。

 タオル持って来るのを忘れちゃったな。

 ティッシュはあったはず、どこだっけ?


「なので藍原君にまずは友達からと言われて……どうしました?」

「ごめん、ちょっと鼻血が出て来ちゃって。ティッシュを出すから待ってくれる?」

「はい、まだ血が止まらないんですか?」

「今日の朝までは出なかったんだけど、動くと出ちゃうみたいだね」

「今日は休んだ方が良かったのでは?」

「う~ん、学校着いても止まらなかったら先生に相談してみるよ」


 話を振っておいて腰を折ってしまったな。

 ティッシュをとりあえず詰めておこう。


「ごめんね、こっちから話を振っておいて離せなくなっちゃって」


 間抜けな声になってる~。

 女子と話す恰好としては最悪な部類だなこりゃ。


「いえ、私が何もお話していないことが悪いので」

「ちゃんと時間を作って話してみる?」

「ご迷惑でないのなら」

「なんかオレもさ、今回の件でお世話にもなったし、一度ちゃんと話してどんな人か知ってみるくらいはしたほうがいいよなと思ってね」

「私に興味を持ってくださったと。わかりました、いつにします?」

「部活とかやってるの?」

「やっていません」

「そっか、じゃあ放課後か休日のどちらかになるな。希望はある?」

「こちらはいつでも構いませんよ。特別何かをしているわけではないので、いつでも空いています」

「いっそ今日にする? 鼻の調子によってはすぐに帰ると思うけど、もしそうなったら携帯で連絡するし、裕二に聞いたんだよね?」

「はい、教えていただきました」

「なんであいつが教えたんだか納得いかないんだけど、オレがまだ知らないんで教えて」


 結果的にオレ自身で美乃咲さんの番号やアプリのIDやらを聞くことに。

 これでオレ的対女子イベントを経験できた。


「場所はオレんちで大丈夫? 店とかだと生徒が来るかもだし、話の内容によっては外で話すのはまずいってこともあるでしょ?」

「藍原君がそれで構わないのでしたら、私はお邪魔できることがうれしくてしかたありませんよ!」

「じゃ決まりね。それじゃあまた」


 オレが軽く手を挙げると美乃咲さんは深々とお辞儀をしていた。

 どんな話が聞けるのか、楽しみのような不安のような何が飛び出してくるのかな。

 あと、ウチの三人にとっても色々彼女の事がわかっていいかもな。


 それにしても、鼻にティッシュを詰めたまま教室に入っていくのは間抜けだ。

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