Folge 09 致し方ない

 なんとか遅刻にはならない時間に家を出ることができた。


「兄ちゃん大丈夫? お鼻思いっきり腫れちゃったね。血もまだ少し出てきてるし。イケメンが台無しだよ~。にしてもなんで兄ちゃんが今までモテなかったんだろうね。イケメンでイケボだし、優しいし、なんで?」


 オレに聞くな!

 それに鼻が腫れたのはツィスカの所為でしょ?


「それはオレが聞きたいんだが」

「わたしは時々サダメが兄だということを忘れてしまう程に魅力的に思っているのだけど」

「だよね! 兄ちゃん! って呼んだときに、そうだった兄ちゃんだった、ってなるもん」

「僕は毎日兄ちゃんを見る度に、兄ちゃんが兄で良かったなあって思っているよ。兄であることに感動してる」


 こいつら……。

 また殺しにかかってるよ。

 殺人未遂数が半端ねえぞ。


「でも、私が告白したのでモテない人ではなくなりましたね!」


 えっと、この声は……。


「おはようございます。お待ちしていました」


 藍原四人組は一瞬全員が固まった。


「美乃咲さん」

「はい、美乃咲です」

「いや、そうじゃなくて、なんでここに?」


 ちょうど弟妹と別れるポイントに彼女は立っていた。


「ここから学校までならご弟妹さんたちのお邪魔にはならないと思いましたので」


 ツィスカが一歩前に出て胸を張り、腕を組んで啖呵を切りだした。


「あなたね、兄ちゃんと友達になったばかりなんでしょ? 学校で会えばいいじゃない。なんで待ち伏せしたりするの?」


 美乃咲さんはニコニコ顔のまま自分の行動を肯定する。


「友達に成りたてだからこそ、早くお会いして少しでも多くお話がしたいと思うのではないですか?」


 ツィスカは言ってみたものの、これといった武器になるネタを用意していたわけではなかったようで、返す言葉が出ずに唸るだけとなってしまった。


「ところで藍原君、そのお顔はどうなされたのですか? 随分と酷いことになっているようなのですけど」


 ああそうだよね。まだ血が出ているし、腫れ対策で保冷剤をタオルで巻いて血も拭けるようにしていたんだけど、顔のほとんどが隠れているし、真っ先にこれを指摘されなかったことの方が不思議だな。


「まあ、その~、事故ですよ、事故。愛ゆえの事故」


 唸ったままのツィスカが自分のやらかしたことを思い出したようで、オレの後ろに隠れてしまった。

 それだと私が犯人ですと言っているようなものなんだけど。


――――可愛い。


「ん? もしかして唇も腫れていませんか? あっ! はい、大体理解しました。そういうことですね。それなら私がその事故についてのフォローをさせていただきます。弟妹さんたちの心配は私が払拭して差し上げますので、藍原君、私を同行させてください」


 う~ん、これってうまくいくのかな。

 なんだか嫌な予感しかしないのはオレだけじゃないよね?

 三人にも聞いてみるか。


「タケルはどう思う?」

「ここから学校に行くまでの間を兄ちゃん一人で行かせるよりは安心なんだけど、女子と登校していることがどういう反応されるかは心配だよね」

「わたしも同じ意見よ。心配は学校に着いてからね。怪我のことだけでも色々と言われそうなところで女子と登校というのは、恰好の的よね」

「あたしは……兄ちゃんが他の女と二人で歩くことが許せないんだけど、怪我が心配だから面倒を見る人がいるのは助かるんじゃないかなとは思う。でも、相手が…………」


 ツィスカはすっかり勢いが無くなってしまった。

 後半のセリフはフェイドアウトしちゃったよ。

 ふむ。

 ここは怪我を全面に押し出してやり過ごすとするか。


「それじゃあ、怪我をしているから偶然見かけた美乃咲さんが手を貸してくれた、という体で同行してもらおうかな」


 美乃咲さんは満面の笑みで、


「はいっ!」


 と返事をしてくれた。

 まんまとこちらの弱みに付け込まれて美乃咲さんの作戦に乗せられた感があるな。

 でも致し方あるまい。


「それでは早速行きましょう。時間もギリギリですよ」

「そうだ、間に合うように家は出られたけど、余裕があるわけじゃなかった。それじゃあ今日は美乃咲さんに手伝ってもらうってことで三人共とりあえず納得してくれ」


 不服そうな顔が並んでいるが、諦めも混じっているようだ。


「仕方がないわ。今日はお願いしましょう。わたしたちが離れている以上、サダメには味方になってくれる人が少しでも多い方がこちらも安心ではあるから」

「承りました。お任せください! では」


 弟妹たちは弱々しく手を振っていた。

 実はもう鼻血とは言えないんじゃないかと言うほどに血が出ている。

 その証拠に若干フラフラしているんだ。

 こんな体調での一人登校は不安でしかなかった。

 正直言って、美乃咲さんがいてくれるのは助かる。


――――ビシッ!


 へ?

 なんか凄い音が聞こえて来た。


「なんの音…………ああそういうことか、っていきなりカルラに近づいた奴がいたのか」

「あら、妹さんしっかりしてらっしゃいますね」

「驚かないんだね」

「自分が被害者なわけではないですし、藍原君の妹さんならむやみに酷いことはしないはずですから」


 いやいやいや。

 十分酷いことしていると思うんですけど。

 女の子だからね、何かあってからでは遅い。

 それしかオレが許している理由無いから。


「被害者の子たちが悪いように感じていないから許されているだけだよ」

「ほんとに人気のある子たちなのですね。その子たちのお兄さんと私が付き合えるなんて、幸せです!」


 またこの人の分からない展開が始まったぞ。

 でもこの人、オレたちがシス&ブラコンの四人だと分かってるはず。

 それなのにオレにアタックしてくるんだよな。


 結局オレがモテない理由とは。


 シス&ブラコンなことが一部に知られてそれがあっという間に広まった。

 オレに告白するのは変わっているやつに違いない。

 そんなレッテルを貼られてしまうのを恐れているから。

 裕二に言わせるとオレはモテていないわけではない、と言うんだ。

 告白したくてもその気持ちを抑え込んでしまうほどの風評被害がある、と。

 それをわざわざ否定して回ったところで拗れるだけ。

 だからオレは諦めたというわけ。

 幸い、女子は可愛い妹が二人もいる上にオレのことを好きだと言ってくれている。

 だからもういいや、ってね。

 デートもできちゃう弟までいるし。


 そんな壁をいともたやすく乗り越えてしまったのがこの美乃咲さんなわけだ。

 これってやっぱり無視できることじゃないよな。


「あの~、まだ付き合うとは言ってないんだけど」

「まだ? 『まだ』っておっしゃいましたね! ああ、いつ正式にお付き合いできるのでしょう」


 すっげぇポジティブだな。

 グイグイと迫ってくるタイプには慣れっこだ。

 その所為か、妙にしっくりきてしまうのだが。


「そこまで言ってもらえるのは男としては嬉しい限りなんだけどさ、オレと一緒にいて美乃咲さんは他の女子から何か言われたりとか、大丈夫なの?」

「他の人のことなんて知りません。何を言おうと私は藍原君の彼女になれたらいいのですから。それに、悔しがる人がヤキモチを妬いて負け犬の遠吠えをするぐらいでしょう。いい気味です」


 振り子のように鞄を持つ手がさらに大きく振り出す。

 美乃咲さんの笑顔も増し増しになった。

 結構毒舌だよな。

 心までは美しく咲かせていないのかな。


「さ、いよいよ到着ですよ。私が説明しながら教室までご一緒しますのでご安心を。何も言われなければこちらも何も言わずに自分の教室へ行きますので」

「お手数かけます」


 ギリギリで学校に着いた。

 ということは、生徒達はすでに全員校内にいるということになる。

 わざわざ目立つ状態とわかっていて入って行くのはしんどいな。


 オレたち二人のことが目に入った生徒達は案の定ヒソヒソ話を始める。

 雰囲気の悪い花道を作ってくれていた。

 なんとも気分の悪い光景だ。

 でも、美乃咲さんがいることで不思議と平気になってくる。

 これも美乃咲さんの狙いなのだろうか。


「無事に教室ですよ。説明もしなくてよかったですので、私は自分の教室へ行きますね」

「ありがとう、助かったよ」

「そう言っていただけて嬉しいです! また様子を見に来ますから」


 スカートがヒラヒラするほど軽やかに教室へ向かって行く美乃咲さん。


「遅いぞ~ディスティニー。おはようさん……ってどうしたそのイカした顔は!」


 こいつマジでどうにかしてやろうか。


「うっせぇ。人には色々理由ってのがあんの。お前みたいにボーっと生きている奴とは違ってまっとうに生きているオレ様ならなおのこと」

「その口が言うか。で、どうしたん? まさか妹にキスされる時に頭が鼻にぶつかって腫れた上に、キスの回数が半端なくって唇が腫れてしまったとか言うんじゃないだろうな」


 こ、こいつ。


「一部違う」

「じゃあほぼ正解か。やっぱお前は分かりやすいわ」


 くっそ! 


「お前が大きな声でそんなこと言うから、また他の連中が白い目でオレを見ているじゃねえか!」

「別にもう慣れてるだろ。何を今更。俺は慣れているから気にならないぞ」


 鼻血をためておいてぶっかけてやりゃよかった。


「はい、席に着け~」


 今先生の声を聞いたということで、遅刻せずに済んだのだと実感した。

 でも、意識がなんだか遠い気がする――――

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