第37話 「第29回カクヨムWeb小説コンテスト、俺。先生・鳩目にお先生W受賞記念パーティー」

 大きなシャンデリアがあった。その下で輝く磨き抜かれたワイングラスもあった。

 ユノと一緒の車で、どんなところかなー? なんて言いあってた頃が懐かしい。ほんの10分くらい前だけど。迎えに来てくれたワンボックスに揺られて20分。おりたそこには見上げるとひっくり返りそうなほど高いビルがあって、最上階までエレベーターで行くと。彩花と小宮山が開いてくれた扉のさきに。もう一度言おう。

 大きなシャンデリアがあった。その下で輝く磨き抜かれたワイングラスもあった。そして奥には「第29回カクヨムWeb小説コンテスト、俺。先生・鳩目にお先生W受賞記念パーティー」の弾幕。受賞を祝うパーティーって言っても結構人来てるわねと呟いた会場を見まわしての発言、黒いマーメイドドレスでお色気たっぷりなユノの横で、なにかに気付いたようにはっとした唯子が言った。


「ユノちゃん、わたし急な腹痛が」

「ないから」

「じゃ、じゃあ急に呼吸困難に」

「あんたそれ以上言ってみなさい。あの美少年君に人工呼吸させるわよ」

「彩花さんが可哀想でしょ! もしかしたらファーストキスもまだかもしれないのに相手がこんなちんちくりんの年齢詐称喪女じゃ!」

「あんたはいいんかい、っていうかあの美少年君だったら喜んでやりそうだけどね」


 とりあえず、発表の前に目立つのはいけないと、壁の花になろうとそんな会話をしながら隅の方に近寄っていった2人。いつの間にか小宮山も彩花もいなくなっていたが、たぶんなろう運営に呼ばれたのだろう。

 発表前に目立つのはいけないとか思っている2人だが、実際はもう目立っていた。

 1人はウェーブのかかった長い栗色の髪をアップにして、胸元がちらりと開いた視線が吸い込まれそうな漆黒のマーメイドドレスの美女。もう1人はチョコミントプチケーキの妖精と言われても納得してしまいそうなほど可憐で可愛らしい白金の髪の幼い少女。この組み合わせのどこが目立たないと思うのだろうか。

 実際、2人……もといユノにお近づきになろうと近づこうとした男たちは皆ぞわっと背筋に殺気をあびて回れ右をしている。殺気を感じた方をおそるおそる振り向けば、美女に似た面影のある好青年そうなイケメンが睨んできていた。ちなみに隣で銀髪の美少年も睨んできていた。なにこの会場、こわい。とりあえず、触らぬ神に祟りなしということで2人には近づかないようにしようという暗黙の了解ができた。

 そもそもな話、ここには小説家になろう関係者と出版関係者しかいなくて。女性男性ともにスーツの着用を義務付けられている(これも仕事のうちの)ため、ドレスで来るのは受賞者だけと決まっているのだが。


「なあ、オレ『ドルフィン・アタッカー』のファンなんだけどさ、どっちが俺。先生なのかな?」

「さあ? でも、鳩目先生は背が小っちゃい方って聞いたけど……」

「あれ小っちゃいってレベルじゃ無くね? ガキじゃん」


 ひそひそ顔を寄せ合って話される内容まではわからないものの、なにか言われていることはわかる。人の悪意に敏感な唯子がびくっと肩を震わせたのを、守るようにユノが前に出る。そんなときだった。


「あーん、遅れちゃってごめんなさあい」


 会場中に響き渡る妙に甲高い声で扉を開けて入って来た女性が言った。唯子が彩花母からもらった衣裳とは程遠く品があるとは言えない派手なピンク色の短いスカートに胸を強調した俗っぽいドレス。レースやフリルまでもが安っぽさを主張している。ごめんなさいというわりにはけろっとした表情をしていてまったく悪びれていない。その横では染めすぎたのか茶色に傷んだ髪をぐるぐるとツインテールにしている。しかし、会場の人たちが見る目は違った。


「もしかして、あれが鳩目先生か?」

「身長も小柄だし……そうかも?」

「じゃああの子どもは俺。先生の子どもか?」


 ざわざわと騒がしく様々な憶測が飛び交う中。小宮山と彩花はぶちぎれそうなのを必死に我慢していた。

 小宮山曰く「俺の姉さんに子どもなんかいるわけねえだろクソどもが、どこに目ぇつけてやがる滅びろ!!」

 彩花曰く「あんなぶりっ子もいいところな気持ちの悪いメスが先生なわけないでしょう、ぼくの先生は清廉で可愛らしくて清楚系です。薄汚くも品性にかけるメスを先生と勘違いしないでくださいクズ」

 どっちもどっちなくらいぶつぶつと口から呪詛のような言葉を吐き続けていて、その周囲に避けるようにはぽっかり穴が開いていた。そもそも、彩花や出版業界にとってこれは仕事で交流の場である。それを主役より目立とうとするとは何事かという問題だ。受賞者以外はスーツだって言ってんだろと今すぐに殴りつけたい気分であるが、こちらが招待した客の中に入っていたらそんなこと言えない。悶々とすることしかできない2人に編集長がそれぞれ担当の先生を連れてくるようにと指示を飛ばす。喜々として小宮山はユノを、彩花は唯子を受賞台の袖まで連れて行こうとそちらに足をのばしたときに、問題は起こった。

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