第14話 「仕事をお持ち帰り!! いいなー、わたしもしてみたい!」
「あ、彩花さん、なにいってるんですか? 無理ですよ、わたし、なんですよ? 引きこもりでコミュ障でニートで」
「……」
「人目が怖くて、こんな歳になっても就職どころか外にすら出ることができない。そんなわたしが」
「先生は!」
「!」
あわててスカイプを復活させようとした唯子だったが、彩花の肩を軽くつかんだ手が止める。だから、自分の悪いところを上げていく。それと同時にだんだんうつむいて、情けなくなってくる。こんな自分を変えたくて、まず外に出ようとドアノブに手をかけたことは何度もあった。でもそのたびに、過去の思い出がまとわりついて離れない。気づけば脂汗をたらして屈みこんでいた。そんな日々を思い出し滲んでくる涙を細い白い手が拭っていった。
目尻いっぱいに涙をためた唯子に、彩花はズボンのポケットからハンカチを取り出してそっと拭うと。
「先生は、ぼくに魔法をかけてくれました! ぼくはもう、あの頃のぼくじゃない。だから、今度はぼくが先生に魔法をかける番です。先生、お願いですぼくを、信じてください」
「まほう? って彩花さん!?」
「……急遽用事ができました、先生いつも通り原稿50枚頂いていきますね」
真顔の中にどこか必死さをにじませて。頭を下げたと思ったら、勝手知ったるやとばかりにいつも唯子が原稿を取り出す棚からファイルを取り。ぴったり数えて50枚だけ手に取ってさっさと帰っていった彩花。
「魔法って……彩花さん、意外とファンタジーが好きなのかな?」
小首を傾げた唯子を気にもせず、ただただカーテンを開けた室内では。くるくると風が回っては外に出て行くのだった。
「うう、ユノちゃーん」
「どうしたのよ、あんたいま執筆期間中でしょ? スカイプしてていいの?」
「だあってー……彩花さんが冷たいんだよーう」
「……冷たいってどこが?」
「だって、いつもだったらお菓子用意しておいたら食べてくれるのにそれもしないで雑談とかもしないし。わたしがユメトくんについて語ろうとしたり『アイ×スピ』について話そうとしても原稿取り出してさっさと帰っちゃうんだよ!? 最近全然お話してないよ、あいさつくらいしか」
「いや、それ普通だから」
正直、あんたのユメトくん語りがうざくって避けてんじゃないの? と思ったユノだったが。まさか友人をへこませたいわけじゃないためあえて言わないでおいた。というか、そこまでべったりな関係の方がおかしいと思う。っていうかあんた毎回お菓子用意してるんかいとかツッコミどころは多々あったものの。「挨拶してくれるだけマシなんじゃない?」と付け加えておいた。うちの編集担当は挨拶すらまともにしないからね! という意味を込めたユノの無言のメッセージだ。そしてこういうときに限って横から出てきた顔が余計なことを言う。
「ええー!? あのセンパイがですか? 最近忙しそうに編集事務所も不在のことが多いからよっぽど鳩目先生のところに入り浸ってるんじゃないかって噂だったのになあ」
「黙れクソ愚弟」
「痛い!!」
ノートパソコンをいじっていたユノの左手が、グ-パンチとなって小宮山を襲う。しかし「痛い」と言いながらどこか嬉しそうな表情をする小宮山に、最初のころは心配していた唯子は徐々に心配しなくなっていった。
あれはそう、ユノがご飯作りをしているときにかかってきた小宮山からのメンチ切りスカイプだった。めちゃくちゃ気持ち悪くて非常にこわかったことをここに記そう。
スカイプの通知に気付いた唯子がスタートボタンを押すと、そこにいたのはユノではなく小宮山でいつも以上に胡散臭い笑顔を張り付けていた。
『こんばんは、鳩目先生。小宮山ユトです』
『あ、こんばんはー。……えっと?』
『あはは、困惑してますよね。すいません、ちょっと忠告をと思って』
『忠告?』
『俺、シスコンなんですよね。クソ親父についていったのも名字が違えば姉さんと結婚できると思ってたからなんです。だから、姉さんが小説書いてるって聞いて編集者になりました。だから、だからですよ? 一番構われてるのは、構われていいのはてめえじゃないんだよクソガキの皮被ったメスが。俺が姉さんの『一番』なんだよ、わかったら金輪際俺の姉さんに媚び売るんじゃねえぞメス。……ということで、失礼しまーす』
『……』
という会話があったのだ。それからしばらくはユノの後ろで小宮山の顔がちらつくたびに恐ろしくて仕方なかったが、もう慣れた。あれから2週間だ。慣れない方がおかしいと唯子は思う。というか、別に実際なにされるわけでもないから安心しきっていると言った方がいいかもしれないが。
で。
「じ、事務所に不在なんですか!? お仕事できてます? 平気ですか!?」
「……時々あの美少年君が不憫だわー」
「……仕事は平気ですよ鳩目先生。センパイは家に仕事持ち帰ってますから」
「仕事をお持ち帰り!! いいなー、わたしもしてみたい!」
「「いや、あんた在宅だから」」
事務所に不在と聞いて、心配するのは彩花がなにしているのかではなく。仕事ができているかどうかだった。さすがに彩花が不憫になってきたユノと小宮山だったが。仕事を持ち帰っていると言ったら今度は仕事を持ち帰りしてみたいとえへえへ言っている唯子に、さすがにつっこみを入れた姉弟である。そのまなざしは彩花への憐憫を含んでいる。だってあんなに唯子が好きでたまらなそうな彩花に対してそれはちょっと……と。もう少し彩花への配慮というか心配というか。そういう感情はないのかと。でも。
「ですよねー、でももうすぐわたしも外に出られるかもしれませんよ?」
「え、なに。あんた引きこもりやめんの!?」
「鳩目先生、引きこもりなんですか?」
「ううん、彩花さんがね。魔法かけてくれるんだって。だから、彩花さんがかけてくれる魔法なら、どんなのでもわたし無敵になれる気がするんだ」
「……盛大な惚気をどうもありがとう、じゃあね」
「あ、ユノちゃ」
ぷつりと切れた黒い画面にぷうっと頬を膨らませれば、その黒いモニターに。ぼんやりと自分の背後に人らしきものが立っていて、吹っ飛びたくなるほど驚いた唯子だったが。その影が持っていたバッグらしきものからなにか白い紙を取り出したのを見て画面に顔を近づけてよくよく見る。
ここで後ろを振り向いてみようとしない辺り、唯子の怖いもの見たくなさがみられる。文章はよく読めなかったが、下の方に見慣れた血判があることで。あ、彩花さんだと判断した唯子だった。
随分と酷い判定方法だな、と思ったのは誰だったのだろうか。
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