第12話 「ユノちゃん生き別れなの? 属性過多?」
「厳選なる抽選の結果だし……、大丈夫、わたしは落選するに違いないから……大丈夫……いや、でもまさかあはははないない、うん……大丈夫、大」
「先生、とうとう壊れましたか?」
「とうとうってなんですか!? とうとうって!」
イスから滑り落ちて手と膝を床につけてうなだれていれば。今日も煌びやかな真顔でなんてことを言うのだと反論する唯子に、「冗談です」と軽くあしらうように告げ。
彩花は作業台の上、「受付完了しました、厳選なる抽選の結果をお待ちください」といまだ表示されているモニター画面を見る。
なにかの受付をしたようであるが、本人は不服そうだ。しかも当たらないことを必死に願っている。普通、こういうものは当たることを望みこそすれ、当たらないことを望むのはおかしいんじゃないかと思うが……そこで気付く。
彩花は何回もチャイムを鳴らしたし、その上で合い鍵を使い中に入ってきたがもしかしたら唯子はそのことに気づいておらず。申し込みをためらっていたところで声をかけたからびっくりしすぎて、申し込みボタンを押してしまったのではないかと。なんという名推理。まさにその通りだ。
口を半開きにして、魂が抜けそうな表情をしている唯子に「大丈夫ですよ」と声をかける。ゆっくりと虚ろな視線だけでこちらを見る唯子に。さすがに申し訳なくなった彩花は慰めを口にする。まあ、ただの事実でもあるが。
「『カクヨム』は毎年出張編集部という形でラノベフリマには参加してますが、毎年出店倍率が高くなってきているので。去年の10月の場合は15人に1人受かるかどうかだったらしいですし、今年はもっと高くなるのでは?」
「ほ、本当ですか!? わたし落ちますかね!?」
「さあ、厳選なる抽選の結果ですし……落ちるんじゃないでしょうか。まあ先着100名までは必ず受かるらしいですけど、先生の場合抽選って書かれてますし」
「で、す、よ、ねー!! よかったー!! そういえばユノちゃんが校長室ゲットしたって言ってたんですけど、あれってどういう意味なんですか?」
「校長室は花形部屋ですね。あそこは狭くて2スペースしか置けない代わりに、大体の廃校舎が校長室は玄関の前に設置してあるので必ず目に入るという構造になってます。……というか、俺。先生はよく取れたという前に出す原稿があるんですか?」
「それ、わたしも不思議です」
彩花の言葉に唯子の大きな目には輝きが戻ったが、室内には沈黙が下りる。ユノの出す原稿の有無について。
原稿を書き溜めておくタイプの唯子と違い、書いたところからどんどん出してしまうユノでは大きく差がある。というかわりかし早筆である唯子に対し、ユノは遅筆だ。
書いたところから出してしまうと言っても、ワナビをしていたころのカクヨム時代で言うと2~3日に1回の更新だった。
いまでさえ、編集者にいじめられてると本人が言っていたのに大丈夫なのか、だんだん心配になってきた唯子はユノにスカイプすることにした。
手持無沙汰にその後ろに立っている彩花に、予備の椅子を引きずり出してきて隣に座ってもらう。
ぷつりと音がして映った画面に向かって、インカムをしながら唯子はふにゃりと笑う。
「ユノちゃーん」
「あら、唯子じゃない。……美少年君も。どうしたの、昼間にスカイプだなんて珍しいわね」
「えへー。あのさ、ユノちゃ」
いつもは夜にスカイプをしてくる唯子の、めずらしい行動にユノはインカムをつけながらぱちくりと瞬きしていると。途中で青年の声が割り込んでくる。
「先生、あんたは今スカイプなんかできる御身分ですか? さっさと原稿書いてくださいよ」
「うっさいわね! ほっときなさいよこの愚弟!」
「……俺はあんたの弟である前に担当編集者なんですがねえ」
「ふぇ!? ユユユユユユユノちゃん?! 編集者が弟って……なんでそんなに美味しい属性持ってるの!?」
「美味しくない美味しくない。ゲテモノもいいところよ!」
「失礼ですねえ」
嫌そうな顔をして罵るユノの後ろには、太陽光を跳ね返す鴉の濡れ羽色とでも言えばいいのだろうか。綺麗な黒髪に黒目、細い銀フレームのメガネほ縁がきらりと輝く好青年がいた。いや、この口の悪さから言ってただの好青年ではないことはわかりきっているが。
そんな美味しい属性持ちが身近に!! と感動している唯子には悪いが、ユノはあんたの担当の方が属性過多なくらいでしょうにと思っていた。美少年、天才、大学飛び級、帰国子女、一途。どう考えても彩花の方が属性的には過多である。と唯子もそれにはうなずくしかなかったわけだが。
唯子は気付いてなかったがここで、ぎいと音をたてて彩花は立ち上がる。と、後ろからそっと唯子からインカムを取る。きょとんと上目に見上げてくる唯子に「すみません」と一言断ってから。
「小宮山さん、どういうことですか? そんな情報は聞いてませんが」
「言ってませんからねえ。名字も違うし気付かなかったでしょう?」
「気づかなかったでしょう? じゃありません。親しすぎる関係は作家と編集者が共倒れになる結果を招きかねません」
「あんたがそれを言うんですか? センパイ」
嘲笑うかのような言葉に、画面に前のめりになっている彩花の顔が一瞬歪められる。唯子はモニターと彩花の顔を交互に見ていることしかできなかった。
「……っ。このことは編集部長に報告させていただきます、俺。先生もよろしいですか?」
「全然OK。むしろどんどん報告してこいつを担当者から外してほしいくらいだわ!」
「生き別れの弟に対してひどいですねえ、俺。先生は」
「ユノちゃん生き別れなの? やっぱり属性過多?」
「違うわよ。まあ、間違っちゃいないけど……。うちね父親の不倫が原因で両親が離婚したんだけど、何を思ったか父方についていったのよこいつ。仲良くもなかったくせに。かと思ったら、勘当されて絶縁されてやんの。ざまあ。お母さんを裏切った男についていった時点でまじ無理」
はんっと鼻で笑うユノに、けっこうディープなお家事情に片足つっこんでしまった……。と唯子はひくり頬を引きつらせて、きつい眼差しで小宮山を見ている彩花と。それもなんのそのとばかりに、爽やかな笑顔を浮かべている小宮山を見ていることしかできなかった。
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