第11話 「ぴゅぎゃあああああ!!」
「えーと、ラノベフリマ……ラノベフリマっと」
唯子はワナビであったころから、一定期間は作品をかきあげるために頑張るがそれを過ぎると休息期間と自分で決めて作品を書かない期間があった。要は、書く期間と休憩期間を交互に繰り返しているということだ。そしていま、その休息期間は終わろうとしている。
次に書く話の題材も決めて、よし書き始めようかな! と言ったところで一昨日のスカイプで聞いた「ラノベフリマ」というパワーワードだ。少なくとも唯子にとっては。
ついでに言うなら、昨日の夜中に挿絵も全部描き終わっていた。夜中まで描いていたため当然のように起床は10時過ぎとなり、毎日定時的に配達を頼んでいるパン屋から届いていたクロワッサンを頬ばって。コーヒーの牛乳を飲む。朝食を手早く済ませ、歯を磨き顔を洗い作業場へとやってくると。
腕を作業台につけ、左頬を乗せながら昨日初めて聞いた言葉である「ラノベフリマ とは」という言葉でネットサーフィンしているわけなのだが。
「わあ……すごいなあ……」
ずらっと出てきた検索結果に、感嘆の声を漏らす唯子。
その数87941件。唯子の知らない間に世の中は随分と進んでいたらしい。しかしあまりの件数の多さにどこから見ようかと困った唯子だったが、スクロールしていった先にウェキペディロが目につきこれ幸いとそのリンクされた文字をクリックする。
『ラノベフリマ(らのべふりま)は、ラノベフリマ事務局が主催するライトノベル限定の同人誌即売会。ラノベフリマ事務局ができる前は、一般人が主催していた』
「へー、面白そう!」
ライトノベル限定の同人誌即売会というところに食いついた唯子。下の第12回ラノベフリマの様子と書かれた写真にはたくさんの人たちが列をなしている。
『イベントの種類 即売会
通称・略称 ラノベフリマ
開催時期 3~6月、8~10月頃
初回開催 2014年3月21日(猿ヶ京小学校)
会場 廃校舎 』
「小学校? 小学校でラノベフリマ……あ、廃校って書いてある。そっか、最近少子化で小学校が統合されてるってテレビで言ってたもんねー。だからユノちゃん校長室って言ってたんだ」
下にはほかにも主催者とか、後援、協力、運営、プロデューサー、出店数、来場者数などが細かく書いてあったが、特に興味のない情報たちは無視して。これだけでも面白そう!! という感情はさらに湧いてきたし、自分も参加してみたいという考えも出てきた。さらに詳しい情報を得ようと唯子はウィキペディ○の概要欄を見る。
『コミックマーケットに代表される多くの同人誌即売会と異なり、文字作品としての一次創作小説の中でもライトノベルのみを取り扱うという特徴がある。「ライトノベル」の定義は特になく『自らが<ライトノベル>と思ったものがライトノベルです、基本的にどんな形態の作品でも構いません』とされ、CDに自ら朗読したものを入れたライトノベルや、同人グッズなどの販売もある。また、出張編集部ということで『カクヨム』の編集者が作品やプロットを持ち込むことで添削やストーリー構成などをチェックしてくれる』
「なにこれなにこれ!! めちゃくちゃ面白そう!!」
大きな青い目と白金の髪に隠した赤い目を輝かせてイスからは浮いた小さな足をばたばたとはしゃがせる。そのたびにイスがぎいぎい鳴るがなんのその。次のお話はこれに出そうかな、いつまで受け付けやってるんだろう。とパソコンに食い入るように近づき、首を傾げる。
そんな唯子は知らない、校長室がどれだけの倍率の華なのかを。それを手に入れたユノはまさに勝ち組と言えたが、いったい何の本だすんだろう? と少し不思議になる。唯子と違い、ユノは書けたところから投稿する派だ。いまだって、締め切り(?)に追われてたようなのに大丈夫なのかなと心配になる。会ったことはないが、ユノちゃん自分の担当さんにいじめられないといいなと思う。
ウィキペディロのリンクページからサイトへと跳んで、面白くてサイトに色々と情報を登録する。次のラノベフリマは5月11日日曜日と大きく書かれた下の参加受付のところに矢印をあわせると、まだ応募を受け付けているのか赤に変わる。
「あ、まだ受け付けやってる! わたしも、参加できるかなー? わ……たし、も」
そこまで考えて、思考が止まってしまう。廃校舎でやるということは、当然唯子は外に出なくてはいけないということだ。この閉じた、狭いけれど快適で誰も唯子を馬鹿にするものがいない空間から。自然とうつむいた耳の中にあの日の嘲笑が木霊する。
夕焼けに滲む教室でやけに甲高い親友の声。「赤い目なんて気持ち悪いよね」そんな言葉が頭の中をぐるぐる回る。そのストレスからか、爪を噛むためにマウスから手を離す。
あれから、なにを誰を信じればいいのかわからなくなった。だから高校も中退し、人目が怖くて外に出なくなって、親の残してくれた財産を食いつぶして生きてきた。口に爪を当ててかじってしまうこの癖も、どうにかしなきゃいけない。これを辞めることは、外に出ることよりも簡単なはずなのに辞められない。
このままではいけないことなんて百も承知で。でも、でも、でも。この『でも』を何度繰り返してきたことだろう。
それでも、外に出る勇気なんてわかなくて、誰もくれなくて。勝手になんて湧いてこなくて。だからきっと、これは自分には過ぎたことなんだ。大きすぎる出来事、できないことなんだと言い聞かせて。画面を閉じようと一度は手放したマウスに再び指をかけて、カーソルをそらそうとしたところで。
「先生? なにしてらっしゃるんですか?」
「ぴゅぎゃあああああ!!」
かちっと、嫌な音がした。突然した声に、悲鳴と共に力を込めてしまったのだ。マウスを握っていた指に。
まさかと思い画面を見てみると、「受付完了しました、厳選なる抽選の結果をお待ちください」の文字。信じられなくて何度も目をこするが、文字は相変わらずそこに合って。黄色い背景の中で黒い文字だけが引き立っている。
おそるおそる後ろを向けばなんのことかまったく理解していない彩花が立っている。クエスチョンマークを浮かべているそのまばゆい顔に、平手打ちをくれたくなったのは唯子の最大の秘密だ。
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