第13話 『企画会議』

「たまにはお酒でも飲みにいかない?」


 ぼくは自分の耳をうたがいました。だって、あの『動物づきあい』の悪そうなモグリンさんがぼくをお酒にさそってくれたからです。


「あ、ブブくん。もちろん『わりかん』だよ。期待にないでね」

「だれもおごってくれとは言ってませんよ!」


 ぼくはちょっとカチンときて、そのさそいを断ろうと思いましたが、大人げないのでやめました。


 その夜、ぼくはモグリンさんがよく行くというお店に連れてってもらいました。そのお店は『夏葉原』という電気街の裏通りにありました。

 『もえもえ』という名まえのそのお店は、壁一面にアニメやマンガ、映画のポスターがはられ、アニメのコスプレをした常連客でにぎわっていました。いかにもモグリンさんが好きそうなお店というかんじです。

 ぼくはてきとうに空いていた席にすわろうとしましたが、モグリンさんが「もっと静かな席へゆこう」と言って、ぼくを店の1番奥の席へ連れて行きました。その席の横には『魔女っ子モエちゃん』の等身大フィギュアが立っていました。(なんだ、目的はそれか……)


「いつものやつ、お願いね!」


 モグリンさんは、いかにも常連っぽくカウンターにむかって注文しました。


「ブブくんは?」

「いつものやつって、何なんですか?」

「ミルク猿酒だよ」

「じゃあ、ぼくも同じものを」

「同じもの? つまんないやつだなぁ〜。クリエイターたるもの、すぐ人のマネをするようじゃダメだぞ!」

(そんな、おおげさなものかな?)とぼくは思いました。


 ぼくらはテーブルに置かれたミルク猿酒のグラスを手にもちカンパイしました。モグリンさんはそれをグイッと飲むと、おじさんみたいに「ぷは〜」と酒くさい息をはき出しました。


「社長から話しは聞いたよ。ブブくんも企画をやるんだってね」

「ええ、モグリンさんのお手伝いをしろって。よろしくお願いします」

「う〜ん。でも、だいじょうぶかなぁ〜? きみみたいな企画の素人 しろうとが…ヒック!」


 もうお酒に酔って赤ら顔になったモグリンさんは、まるで別の動物のように自信満々な態度でぼくに言いました。どうやら、モグリンさんはお酒に酔うと態度が大きくなるみたいです。


「モグリンさん、こんどの企画がヒットしないと会社は……」

「わかってるよっ! 君に言われなくても。オイラだって売れるゲームを企画したいんだよ! モグッ!」


 モグリンさんは突然キレてぼくに言い返しました。どうやらモグリンさんはお酒に酔うと怒りっぽくなるみたいです。


「ああ、でもなぁ……。オイラも一生懸命考えてるんだけど、うまくいかないんだよなぁ〜。オイラって才能ないのかなぁ〜。もう、やめちゃおうかなぁ〜ゲームの仕事。ううっ、グスン……」


 モグリンさんは突然泣き声になってグチり始めました。どうやらモグリンさんはお酒に酔うとメソメソするみたいです……ってゆーか、モグリンさん酒グセ悪すぎ!


「オイラ、自分で言うのもなんだけど、かなりの『おたく』だから、すぐ自分の趣味にはしった企画を考えちゃうんだよなぁ……」

(へぇ〜。モグリンさんって、いちおう『おたくとしての欠点』を自覚してるんだ。ちょっと意外だな)

「たしかに趣味にはしるのはどうかと思いますが、自分がやってみたいことを企画するのはダメなんですか?」

「ダメだろね。自分が作ってみたいゲームと、世間のお客さんたちがやってみたいゲームが一致するとはかぎらないからね。ニーズとシーズの違いって言うのかな。わかる?」

「ニーズ? シーズ?」

「ニーズはお客さんがほしがっているもの。シーズは開発側が作りたがっているもののことだよ」

(なんだ、ただ英語で言い直しただけじゃん)

「で、どちらを優先すればいいかというと、ニーズの方だよ。でも、注意しなければならないのは、ニーズに答えてばかりいたら独創性のある企画が生まれづらくなる危険性もある。つまりだな、ニーズとは……」

(はぁ〜……。そこまでわかっているんだったら、お客さんのニーズにあった企画を素直に考えればいいのに……)


 ぼくは、モグリンさんの理屈っぽい話につきあうのが面倒くさくなり、話題を変えようと思いました。


「ところでモグリンさん。今、世間では何がはやってると思います?」

「はやってるもの? そうだなぁ……。『クマさんプロレス』なんかは人気があるよね」

「ですよね! それ、ぼくもはまってます、! それってテレビゲームにできると思いますか?」

「え? プロレスをゲームに?」

「世間で人気があるものをゲームにすることができれば、みんなが遊んでくれる可能性が高くなるんじゃないですか? うまくゆけば大ヒットも期待できるし」


 モグリンさんは、まるで今まで解けなかった算数の問題が解けたようなハッとした目をしました。


「なるほどっ! その手があったか!」


 モグリンさんの言う『その手』が、いったい『どんな手』なのかぼくにはわかりませんでしたが、そんなに驚くほどの意見ではないんじゃないかな? と思いました。


「う〜ん、でもなぁ〜。どうなんだろ? はたしておもしろいゲームになるのかなぁ……」

(あれ? いきなりトーンダウンしてるし)


 ぼくはアイデアにのってるのか、のってないのかよくわからない優柔不断 ゆうじゅうふだんなモグリンさんの態度に、ちょっとイラッとしながら言いました。


「だ・か・ら! それをおもしろくするのがぼくらの仕事なんでしょ? モグリンさん!」


 ぼくもお酒に酔ってちょっと気が大きくなってきたんでしょうか。ああ言えばこう言う煮えきらない態度のモグリンさんにガツンと言ってやりました。モグリンさんは、ちょっとビックリして目をまんまるにしました。


「な、なるほど……。なかなかいいこと言うじゃないか、ブブくん」


 モグリンさんは企画の先輩であるプライドをたもつために、ぼくにガツンと言われた動揺をかくそうとしたみたいですが、声がおどおどしてバレバレでした。


「よしっ、ブブくん! 新企画は『プロレス』でいってみようぜ! 明日から企画書をパパッと書いて社長に見せてみよう!」

「え? もう、決まりですか?」

「そ! 決まり、決まり。企画ってヒラメキが大切! ヒラメキ90%、理屈10%!」

「そんなもんなんですか?」

「そ! そんなもん。大ヒットする企画ってそんなもんだよ。理屈でこねあげた企画なんて、たいていうまくいかない」

「ほんとうですか?」

「信じろ! 理屈っぽいせいで、ヒットゲームが1本もあげられないオイラが言うんだからマチガイないって! ところでブブくん、あの映画、見た?」


 企画の話しは、あっという間に終わり、あとはモグリンさんの『映画おたく話』が長々と続きました。モグリンさんは企画の話より、そっちの方の話し相手がほしくてぼくをお酒にさそったんじゃないかなと思いましたが、モグリンさんの楽しげな表情を見ているとつい帰れなくなり、おかげさまで終電に乗り遅れそうになりました。


(あの企画、自信はすごくあるんだけど、あんなノリで決めちゃってよかったのかなぁ? 会社の運命がかかっているというのに。もっと慎重に考えるべきだったかなぁ。でも、まぁいっか! モグリンさんの言う『ひらめき』というものを信じてみよう……)


 ぼくは、終電の車窓の外に流れてゆく夜ふかしな『都会の森』の夜景を見ながら、あの企画にかけてみようと決意しました。

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