風は遠くからも吹いて 七話

 タイムアタック部門は早朝に行われるので、絵美は早々と彦根のホテルをチェックアウトした。空全体が明るくなった頃には会場に着き、コース全体が見渡せる場所を陣取る。そこで知っている顔を見つけた。一つ後輩だった山留だ。辞めたと聞いていたので、彼女と同じくこっそり見に来たのだろうと考える。

 「山留君!」

 「は、はい!?」彼は変な声を上げてから振り返る。「あ、えみちんさん。来てたですね、びっくりしました」

 「山留も来てたんだ。隣いい?」

 「大丈夫です」

 「部員には言ってるの? なおんちゃんとかに」

 「言ってないです。なんか、気まずいですから」

 「そうだよね」

 二人して苦笑いをした。絵美も奏恵以外には言っていない。

 プラットホームに一番機が上がっていくのが見える。その後にスカイランナーズの機体「夜鷹」が続く。

 《人力エアーレース選手権、只今より開幕致します。只今、プラットホーム上は、タイムアタック部門、一番機、チームライトファントムズです》

 数あるOBチームの中でも速度へ拘っているチームで、数年前に打ち立てられた記録は未だに破られていない。

 掛け声が聞こえて、特徴的な風貌の機体が飛び立つ。機体中央に置かれたプロペラ、片持ち式のコックピット、極端に背の低く、綺麗なフェアリング。今までに見たことがないような速さでターンマーカーまで飛んでいく。

 観客席からも歓声が上がった。

 「やっぱり速いね」

 「ロールの制御にエルロンもばんばん使ってますね」双眼鏡で覗いている彼は苦笑いをしながら言う。

 ただただ圧倒される飛行を見せつけられてあっという間にライトファントムズの機体は戻ってきて着水した。

 《記録は一分四十三秒ニニでした! 自身の大会記録にはわずかに敵いませんでしたが、歴代二位の大記録です!》

 「あれでも歴代二位かあ……」

 「僕らの優勝は厳しそうですね」

 「無理無理。もうこのチーム出たと、それにこれからなにわとか尾張とか飛ぶんだから入賞も厳しいって」

 プラットホームにスカイランナーズの面々と夜鷹があがる。フネ、キヨ、モロ、奏恵、江森の姿が見えて手を振った。もちろん、彼らから絵美の姿が見えるはずはない。

 今更、みんなと一緒にあそこに立ちたかった、と思う。もう遅い事だって分かっている。

 「三、二、一、ゴー!」キヨの声がここまで聞こえる。

 彼ら、彼女らの飛行機「夜鷹」が空に翼を撓らせ、飛び立った。

 「やったー! 飛んだー! いっけえええええー!」

 去年の繰り返しにならなかったことに一安心。そのまま順調にターンマーカーを目指しているものの、旋回に入った途端に高度がどんどん落ちていく。

 「あげろ! まだ半分だぞ!!」

 観客からも駄目という声が漏れる。

 機体も車輪が水面に触れる。

 「ああ、あかん……」

 その瞬間。

 ホーンが鳴る。

 機体が浮き上がる。

 《今、旋回完了のホーンが鳴りました! 着水寸前から、見事に持ち直した、パイロット清澤君! さあ帰って来い!》

 大きな歓声も上がり、夜鷹は不安定ながらもプラットホームを向いた。

 「やったあ! 戻ってきて! 頼む!」

 高度は五十センチぐらい。

 「頑張れ」

 「厳しそう」

 観客からそんな声も聞こえる。

 祈るしかない。

 落ちないと。

 キヨならやってくれると。

 「あと少し、あと少しいぃっ!」

 一分ってこんなに長かったかな。

 再びホーンが響く。

 キヨが。

 夜鷹が。

 スカイランナーズが。

 帰ってきた。

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