風は遠くからも吹いて 六話
また夏になった。
この一年、絵美が部室や作業場に来る事はなかったが、大学では時々部員と会っていた。それに、最後のテストフライトを大成功させた後、絵美から誘いがあった。奏恵からどこかに誘う事は今までもあったけれども、絵美からは退部して以降始めてだ。
カフェに行こう。
場所は退部するとクラブで話した日に二人で一緒に行ったところ。
奏恵は時間より早く着いてしまい、カフェラテのカップを見ながら何を話そうかと思い巡らす。
「久しぶり」不意をつかれるように声がした。
「久しぶり!」奏恵ははっと顔を上げて応える。「最近どう?」
「週末は実家に戻ってるし、平日はバイトばっかり」
「うわぁ、辛そう……」
「実際しんどいし、地元の大学に転学も考えた。でも、今のままやねんけどね」
「そっか……、二人で琵琶湖行きたかったんだけどね」
「……ごめん」
「仕方ないよ……ただ、どこかで戻ってくるって期待してた」
二人してコーヒーに口をつける。
「そういえばさ、エルロンつけるって言ってたやんか」
「できたけど、ちゃんと動かないからボツになった」
「ふーん、そうか」
「今年は琵琶湖来れるの?」奏恵は話題を変える。
エルロンをつけるつけないのごたごたの中で原因で山留が辞めた事は話したくなかった。
「ほんと!?」
「偶然ホテル取れたし」
「良かったじゃん!」
「湖岸からこっそり見とくわ」
「せっかくなんだからさ、機体置き場まで戻ってきてよ」
「うーん……考えとく。やめちゃったし──」
「そんな、気にする必要ないのに」
「──まあ、時間もないしね」
「そっか、そうだよね」
絵美が辞めてからの時間だけ距離も開いてしまったように、沈黙。
机の上に置かれた絵美のスマホについているリブをかたどったストラップを二人共見つめた。
まだ未練は残っているんだ、と奏恵は思う。
「別に今からでも、夜鷹が飛んでからでも遅くないよ」
絵美は小さく頷いて、ラテを一口飲んだ。
スカイランナーズの部室は大会直前ともあって、常に人が出入りしていた。大会前日の今となっては静かになっている。
絵美はそれを分かって、部室の前に立っていた。
さっき管理人室で部室の鍵を借りれるか聞いてみたら空いているらしい。それに彼女の名前を言うとまだ名簿にも残っているようだった。
既に部員は昨日のうちに出発しているので、誰もいないのは分かっている。でも、せっかくこれから琵琶湖に行くのだから、ここに寄らないと締まらないような気がしていた。
確かにドアの鍵は締まっていなかった。部室に置いてあったものはほとんど大会に持っていったようで、がらんとしている。残っているものといえば、古い書類や誰かが置いていった本、それに壁にかけれたスケジュール用のホワイトボードぐらいしかない。
「絶対帰ってくる」
大きくそう書かれたボードに、彼女は一言書き足す。
「待ってるよ!」
部室を出て、琵琶湖に向かう前に管理人室に立ち寄った。
「スカイランナーズの元井です。用事済んだので、鍵、お願いします」
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