風は遠くからも吹いて 八話(最終話)
《記録は二分四十一秒三一です! スカイランナーズ、タイムアタック出場二度目にして見事なフライト、去年の雪辱を果たして戻ってきました!》
キヨはゴールライン通過後にフェアリングを破って手を伸ばしているのが見えた。プラットホームからも拍手が上がる。
「やった! やったあああああ! 帰ってきた帰ってきた!」絵美は周りの人がひくぐらいの歓声をあげ、山留とハイタッチしてから更に彼の肩を叩いている。
山留は受け止め切れていないのか、呆然として、そして目には涙が浮かんでいる。少し落ち着いた絵美はそれに気がついてハンカチを渡した。
「はいこれ、拭き」
山留は差し出された意味が分からず、受け取らずに不思議そうに彼女を見た。
「涙」
彼は急いで指を目元にやって、泣いていることに気がついた。
「あ、ありがとうございます」
「やってくれたね、あいつら」
「そうですね……はあ……」
興奮と緊張の糸が切れ、二人は静かに残りのフライトを見ていた。なにわ公立大学が一分五九秒九八で完走してスカイランナーズの結果は三位。去年優勝した尾張大は旋回後に着水してしたものの、タイムアタック部門に参加する八チーム中五チームが旋回を成功させるという過去にない盛り上がりを見せた。
途中でお昼を食べに会場を離れたりしたものの、結局、夕方まで二人はずっと同じ場所で大会を見ていた。もうあたりはすっかり人がいなくなってしまった。
「元井さんは帰らないんですか?」
「どうしようか迷ってる」
「みんなのところに行ったらいいんじゃないですか?」
「戻るにも、私の場合は今更だけど、だけどね。逆に山留は──」
一人、誰かが応援席の方から歩いてくるのが見え、会話が途切れた。
「お疲れさん、応援来てくれてありがとう」歩いてきた人が声をかけてくる。
「あ、島崎さん、お疲れ様です」山留が先に気がついた。
「お疲れ様です」絵美はその人が先輩だと気づくのに少し遅れた。
「……来年はエルロン載せるだろうって」
「今から、戻ってもいいんでしょうか」
「戻りなよ、みんな優しいから」
「はい……、行ってきます」
「いってらっしゃい」
山留は駆け足に戻っていく。来年はもっと速い飛行機を作って、もしかしたら優勝してくれるかもしれない。残された二人はそんな希望を持って後ろ姿を見守った。
「俺らも戻るか?」
「あたしは、もう少しここにいます」
「そうか、先戻ってるわ」
「はい」
島崎さんを見送って、独り琵琶湖を見ながら部活の事を考えていた。
去年であれば翼を少しばかり作っていたけれど、今年は本当に何も作っていない。だから戻っても何も無い。
今戻っても何かできるわけじゃないし──。
電話が鳴る。ハイテンションな音楽が波の音に入り込んで来る。
奏恵からだ。
どきりと心臓が鳴る。
出るか。
出ないか。
少し迷って。
切った。
『一緒に琵琶湖に行きたかったな』
奏恵と二人で言い合った言葉を思い出す。
琵琶湖から強い風が吹いてくる。
それに押されるように彼女は先輩と後輩が行った道を歩き始めた。
奏恵が、スカイランナーズのみんなが、待っている。
「風は遠くからも吹いて」【完】
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