蜻蛉は帰ってこなかった 一一話

 一つ前のチームが飛び立った。それに合わせて俺たちも機体をプラットホームのステージに乗せた。昨日の見学では感じなかったものの、機体があってスタッフが沢山いるプラットホームは狭かった。

 風は正対二・一メートル。最高の風だ。林さんと諸節と飛行ルートの打ち合わせをしていた。どんなルートでも飛べる条件だったが、安全のために湖岸から離れる方向に旋回するルートで飛ぶ事になった。

 「まりなん、佐田さん、飛行ルートは右から──」

 無線でボート組にルートを伝えている時に飛んでいたチームから悲鳴が聞こえた。

 旋回も完了し、残り半分を過ぎたところで翼が折れて墜ちてしまったようだ。俺もこうなるかもしれない、いや、俺はこうはならない、という気持ちが交互に出てきてしまって落ち着かない。

 「パイロットはインタビューです! 他の人はスタンバイお願いしますー!」

 軽くディレクターと話した後、カメラを向けられてチームと俺の名前を紹介された後、部門を変更した事についてきかれた。

 「反対はありましたけれども……。それでも、過去最高の機体が出来たんで結果として良かったと思っています」

 「飛んで帰ってこれたら、反対してやめちゃった人にも戻ってきてほしいですね」

 「そうですね。そのためにも絶対戻って来ます」

 「頑張って」

 そう芸能人に背中を押されて機体の方に向かう。キヨに手伝ってもらいながらコックピットに乗り込み、ビンディングペダルを嵌めた。強い緊張が体中を走って、今が現実じゃないみたいな気持ちだ。武者震いみたいなものかもしれない。

 「操舵の確認お願いします!」諸節が声を張り上げた。「操縦桿動かしてもらえますか?」

 「了解、尾翼動かすぞー」

 「はい」

 「ラダー、右、左」

 「オッケーです」

 「エレベーター、アップ、ダウン」

 「すみません! 動いてないです!」

 江森がすぐに動いてコクピットあたりのケーブル、諸節が尾翼根本のケーブルを確認している。

 「誰か、ハンカチかウェス貸して下さい! 熱いです!」諸節の声。

 かなちんが急いでハンカチを渡す。諸節がコネクタを繋ぎ直しているようだ。

 「何故かコネクタ緩んでました。島崎さん、動かせますか?」

 「いけるぞ!」声を張って答える。

 「お願いします!」

 「ダウン、アップ」

 「大丈夫です。念の為にもう一度ラダーを」

 「右、左」

 「いけます!」

 スタッフからも風が良いから急ごう、という声が聞こえてきた。風は変わらず正対秒速二メートル前後で安定している。

 「ここで待ってます」キヨがドアをテープで止めながら言ってきた。

 親指を立てて応えた。

 「ドア、OKです」

 機体の後ろの方で少しの間、どたばたとしていたが、それもすぐに落ち着く。

 「配置つきました!」フネが叫ぶ。

 目の前でフラッグマンが立ち、赤い旗をあげる。白い旗があがったらいよいよスタートだ。

 ここまで来れたんだ。

 ペダルに足に力をかける。

 心臓が高鳴る。

 テストフライトだって何も問題はなかった。クラッシュもしなかった。

 大丈夫。

 ちゃんと戻ってきて、かきもんがこの場にいないことを後悔させてやるんだ。

 フラッグマンが白旗を上げる。

 行こう。

 「江森、オッケー!?」

 「オッケーです!」

 「フネ、オッケー!?」

 「大丈夫です!」

 「キヨ、オッケー!?」

 「いけます! 行きましょう!」

 その返しにちょっと頬が緩んだ。

 「行くぞ! ペラ回します!」

 「おお!!」部員たちの声が聞こえる。

 ペダルを踏み込んでプロペラを回す。

 さあ、飛ぼう。

 そして、戻ってこよう、帰ってこよう。

 「三、二、一……ゴー!」

 琵琶湖の水面が視界に入る。

 踏み込んで回転数を上げる。

 水平線が見えた。

 発進は大丈夫そうだ。

 ただ高度が思うように上がらない。

 アップを打つ。

 それでも上がらない。

 それどころか落ちそうになって慌てて。

 なんとか、高度一メートルぐらいで少し安定させたけれども、機体が下に行きたがっているのを感じる。

 テストフライトではこんな事、起きた事がなかった。

 何だ……?

 「島崎!かきもんにいいところ見せるよ!」茉莉奈の声が聞こえた。「見返してやろう!」

 その瞬間、激しい音と共に視界が滲む。それが、涙だったのか、琵琶湖の水だったのか、正直よく覚えていない。

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