蜻蛉は帰ってこなかった 一〇話

 「チームメイトの方がお迎えに来ています」電話越しにホテルの人がそう言った。

 時計を見ると朝三時半。寝坊だ。本当なら集合時間のはずだった。

 急いで荷物をまとめてエントランスに向かうと、一昨年のパイロット、佐田さんが来ていた。台風で飛べなかった人だ。

 「しっかり寝れたようだな」

 「すみません、全く寝た気はないんですが、知らないうちに寝落ちしていたっぽいです」

 「まだいいさ。俺なんて台風が気になって本当に寝れなかったからな」

 自分たちの陣地に着くと、まりなんと諸節の指示でリベルラが組み立てられていた。薄っすらと明るくなってきている中で、いつも以上に機体がかっこよく見える。空に雲はなく、すっきりと晴れている。風も弱い。ただ、太陽が上ってくると暑くなりそうだ。

 「大丈夫?」まりなんが話しかけてきた。髪の毛がぼさぼさだ。

 「ホテルの人に電話で起こされるぐらい寝た」

 「緊張ゼロじゃん」

 「さすがにそれはない」

 そう言ってお互い笑った。久しぶりに笑ったように感じた。

 メディカルチェックを行うとの放送がかかり、大会本部で簡単な検診を受けた。結果は良好。機体まで戻ると部員や関係者などが集まっていた。これから、最後のミーティングだ。

 「島崎、戻りました。本番直前ミーティングを行います!」まりなんが声をかけた。「皆さん、お集まり頂きありがとうございます。代表の室です。今年はロングフライト部門からタイムアタック部門に転向するという一年から始まりました。その中で多くの壁がありましたが、非常に綺麗な機体が出来上がりました。テストフライトも滑走路飛び切りや旋回練習も行う事が出来ているため、タイムアタック部門初出場、初完走は夢ではありません。あと少し、スカイランナーズ八期の活動の締めくくりにご声援をお願い致します」そこまで言ってまりなんが俺を手のひらで促した。「次、パイロットから」

 「はい、八期、リベルラのパイロットの島崎です。えーと、先程、まり……代表の室からあったように今年は滑走路でのテストフライトで既に過去のチーム大会記録、約500mを越えるフライトをこなし、一度もクラッシュする事はありませんでした」ここで息を切った。「……今年、部門変更となった時に納得できずに退部した人がいました。そんな辞めていった人も戻って来たくなるようなフライトをしたいと考えています。今年は本当に綺麗な機体で、チーム歴代史上最高の状態なので最後まで、応援お願いします!」

 拍手が上がる。深くお辞儀をして、一歩引く。

 「それでは、一年生や支援者の方々は応援席へ向かって下さい! 部員は機体をプラットホームに向けて移動させます。林さん、機体移動の指示をお願いします!」

 俺らにとってはじめてのプラットホーム。チームとしても数年ぶりのプラットホーム。そこに向かって進んでいくたびに緊張が高まった。

 スカイランナーズは四番目。先に飛んだチームでいくつか戻ってきたチームがあったけれども、緊張しすぎてどこのチームかもどんな記録だったのか覚えていない。

 「かきもん、来ないね」ずっと黙っていたまりなんが話しかけてきた。

 「ああ。タイムアタック部門に出ると決めた時から大会には来ないつもりだったのかもな」

 「そうかも」まりなんはそこで溜息をついた。「仕方ないからボート乗ってくる」

 「旋回始められそうな場所と旋回完了、高度がやばそうな時、それにゴールしたら知らせて。とりあえずそれだけあれば十分。飛行ルートはプラホで決めるから無線で伝える」

 「分かった。佐田さんも一緒に乗ってくれる事になったし大丈夫」

 プラットホームに繋がる桟橋に横付けされたボートにまりなんは乗り込んだ。佐田さんは先に乗って待っている。

 「帰ってきてね!」まりなんがメガホンで叫んできた。

 「俺の分も飛んでくれよ!」佐田さんも言ってくる。

 「戻ってきます!」俺は手を振って応えた。

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