蜻蛉は帰ってこなかった 九話

 テストフライト後の晩飯以来、かきもんは一切クラブに来なくなってしまった。何度連絡を入れても返事はないし、下宿に行ってインターホンを鳴らしても出てくれない。

 大会への準備はまりなんとOBに任せて、俺はかきもんを連れ戻す事を第一として動いていた。かきもんが受けているらしい授業に潜り込んだり、家の前で待ち伏せしたりもしたけれども、ただそれらは全部見通されていたみたいに外れた。今、同期でかきもんと同じ学科の人はいないので、退部してから全く連絡を取っていなかった渋川や田辺にも話をしたが、二人とも七月に入ってから授業でもかきもんを見ていないらしい。あまりにも会えないので、俺が逆に誰かにつけられていないか警戒もしたけれども何もなかった。

 もしかしたら、実家に帰っているのかもと思って電話したものの、「いない」と言われた。本当かどうかはわからないけれど、そう言われた以上どうしようもない。

 準備はかきもん抜きにしてもなんとかはなっている。ただ、不安なのが前日の機体検査と、本番の追走ボートからのフライト指示だった。さすがに大会ぐらいは来るだろうと思っていたけれども、それでも不安が残って仕方がない。もし、本当に琵琶湖にも来なかったら最悪、まりなんがボートに乗ることになった。

 大会前々日の木曜日の夕方、ついに出発前ミーティングだ。トラックの運転手さんなども含めて琵琶湖までのルートや休憩するサービスエリアと場所ごとの目安の到着時間を確認する。荷降ろしをスムーズにするためにトラックが少し遅れて会場に入る予定だ。

 「かきもんは来ていますか。誰か連絡を受けた人はいますか?」まりなんが最後、全員にきいた。

 このところ、集まる度に同じことを言っているが誰も何も反応はない。全員の顔を見た後にまりなんは俺を見るけども、もちろん首を横にふる。

 「仕方ない、出発しましょう」

 あとはかきもんが一人、現地にいる可能性を信じるしかなかった。去年の大会見学の時みたいに。


 琵琶湖についた。天気は晴れ、風も穏やかだった。既にいくつかのチームが設営を始めている。

 トラックがもうすぐ到着すると連絡があった。一斉に荷降ろし場所に人が集まって、着くやいなや慌ただしく機体やテント、工具を陣地まで運び出す。一通りの設営が終われば、今度は機体検査だ。息つく暇もない。かきもんはやはり、来ていないので、林さんと来年の設計、諸節が審査員の相手をした。その間、本番への意気込みインタビューを受けたり、エアロバイクを漕いでいたりした。

 審査はコックピットフレーム周りの突起を覆うように言われた程度で大きな問題はなかった。何かかきもんにしか分からないような質問が出てこなかった事に二人共安心している。

 全ての予定を終えて、ホテルに戻った時には疲れて直ぐにベッドに横になった。すぐに寝落ちするだろうと思っていたのだが、かきもんの事を考えていると目が冴えて眠れなかった。

 あいつは、今日は何をしているのだろう。どこにいるのだろう。

 琵琶湖にいるのなら来てくれたっていいじゃないか。

 そんな事ばかりずっと頭の中を回っていた。

 ──そこで電話が鳴る。かきもんからかと期待して自分の電話を見る。何もなかった。フロントから部屋の固定電話が鳴っていた。

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