蜻蛉は帰ってこなかった 八話
二週間後、六月最後の土曜日。今日が最後のテストフライトだ。いつもどおり、問題なく滑走から飛び切りまでをこなしてからC字飛行に挑戦する事になっていた。
「五本目! C字飛行行きます!」コクピットから叫ぶ。
「はーい!」メンバーの返信の
「ペラ、回します! 三、二、一、スタート!」
押してもらってすぐに浮き上がる。
定常に入ったあたりでかきもんから声が入った。
「そろそろやろう。ラダー右打って! 右!」
操縦桿のスティックを僅かに右に倒す。
左を見ると自転車でついてきている誰かが見えた。
「左に打て!」
指示に従って滑走路の中心に戻す。少し行き過ぎて、わずかに右に打った。
「無理に戻そうとするなよ!」
「大丈夫!」
中心からは少しずれているが機体と滑走路が平行にはなる。
「よし、いけ、いけ! ゆっくり高度落とせ!」
回転数をゆっくりと落としながら高度を下げる。
滑走路に走る振動が伝わってきた。これだけはどれだけ回数をこなしても気持ちが悪い。
我ながらきれいに着陸出来たと思う。
「ストーップー!」
全員で機体を止めてくる。一年生の山留がドアを外してくれた。一息つきながらかきもんとハイタッチした。これでテストフライトが終わった。自分で言うのもなんだが、大成功だったと思う。
「よし、解体しましょう!」まりなんの掛け声が響く。
フライト後の片付けやミーティングでも誰もが「後は琵琶湖を飛ぶだけだな」と言った感じで笑顔が絶えなかった。そんな中、まりなんが最後に締めに入った。
「じゃあ、皆さん、私が一言言うので、それに続いて『おーっ!』と続けて下さい」
全員がうなずく。
「いきます……、待ってろ琵琶湖! 飛ぶぞ! スカイランナーズ!」
「おーっ!」
拍手が起こる。最後のテストフライトが終わってこんな爽やかなのは入部して三回目、初めてだ。本当に今年の大会は思う存分に行ける気がする。
その夜、かきもんに誘われて晩御飯を食べた。俺もかきもんも炒飯だった。
「お疲れ、パイロット」
「そっちも設計お疲れ」
そう言って水で乾杯をする。
「かきもん、ありがとうな」
「何が?」
「いい飛行機作ってくれて」
「ああ、当然だ。長距離機でないのは不満だがな」
「それは悪いとは思っている」
「仕方がないさ、多数決で決まったんだから」
一票差でタイムアタック部門に決まった事が気まずくなった。その一票差を決めたのが俺だという事も。
「そうだな」
かきもんはそこから話題を変えて、本番のフライト戦略の話を始めた。特に、背風の時にどう飛ぶかを作戦を練った。弱い向かい風であれば理想だが、本番はそうとも限らない。かきもんが理想的な飛び方やルートを示し、それに対して俺が対応出来るかどうか、厳しそうな場合、どう回避するかというのを繰り返す。二時間ぐらいご飯そっちのけで話したあと、すっかり冷めた炒飯を食べた。
「今日の晩飯代は俺が出すよ」会計の時にかきもんが急に言った。
「どうした、急に?」
「気にすんな、俺のおごりだ。大丈夫だろうが、島崎にはしっかり飛んでもらわないといけないからな」
そう言い残して、顔馴染みの店員さんに俺の分まで払ってかきもんは出ていった。
この時に俺は察するべきだったのかもしれないと、後から本当に思う。
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