蜻蛉は帰ってこなかった 四話

 大会が終わって一週間後、ついに出場部門を決めるミーティングが開かれた。

 かきもんは相変わらずロングフライト部門に出場するべきだと息巻き、一方で旋回に使うエルロンやフラップに興味を持った江森のようにタイムアタック部門に移ってもいいのではないかと言う人も増えていた。

 前よりはまともな話し合いになったと思っていたが、ミーティングはまた茉莉奈と柿本の激論になっている。

 「ノウハウのあるライトファントムズやなにわに敵うのか!?」

 「なら、長距離飛ぶって三強に勝てるの!?」

 「俺は勝てる機体作るぞ! タイムアタックなんて強豪でも旋回失敗し

たらあのなにわのスパイラルだぞ!?」

 「むしろ初参戦のチームにもチャンスがあるってことじゃん! ちょっと遅くても旋回成功すれば入賞できるかもしれないじゃん!」

 「それでも書類審査に合格出来る可能性はどこにある?」

 「それは部門がどっちでも同じ! でもタイムアタック部門の方が落選率が低い!」

 「出した書類が駄目だったら変わらんだろ! そんなの。駄目で記録飛行をやればいい!」

 二人はあれやこれやと言ってお互いの意見を潰そうとしていた。納得させるというよりは、茉莉奈とかきもんのどっちが先に折れるのかの我慢勝負になっている。どちらも頑固だから永遠に終わらない気がした。

 「あの! ちょっといいですか!」二人を遮ったのは後輩のキヨだった。「島崎先輩が出たいのはどっちなんですか?」

 みんなが俺を見る。いつか誰かに言われる気はしたが、まさかキヨから言われるとは思っていなかった。

 どちらが良いか、というのはずっと考えていたけど、答えは出ていない。林さんの言うとおり、琵琶湖で飛べる可能性を上げるにはタイムアタック部門の方がいいとは思う一方、飛べるなら長く飛んでいたいという思いもあった。

 或いはタイムアタックで歴代最遅で飛んでやればいいんじゃないか、とさえも考えた。そうすれば、かきもんの作りたい機体で琵琶湖を飛ぶ事ができるかもしれない。

 ただ──。

 「俺はみんなが納得して作ってくれた飛行機じゃないと乗りたくはない……。どっちの部門にしても。だから、多数決で決めるのはどう? 俺はそれで決まった方で文句は言わない」

 「分かった、いいだろう」かきもんはここでようやく落ち着いた。

 「ちょっと……」今まで自信を見せてきた茉莉奈はここにきて急に不安げだった。

 多数決だと二人共ロングフライト部門になると思っているのだろう。

 「林さんはどちらが出やすいと思いますか」俺は気になって訊いた。

 「少なくとも今年、機体に自信があるならタイムアタック。旋回は難しいかもしれないけれど琵琶湖を飛ぶ、大会に出る、という事に目標にするのなら一度ぐらい挑戦しても良いとは思う」

 何人かがその声にハッとする。俺も正直驚いた。

 「その一度の時が俺なんて……」そう呟いたかきもんの声が聞こえた。

 「分かりました、ありがとうございます。じゃあ、俺が数えるので顔伏せて下さい……。今年、ロングフライト部門に出場したい人は手を挙げて下さい。……はい、大丈夫です。次、タイムアタック部門に出場したい人は手を上げてください」

 結果は同数。一つ下の九期はみんなタイムアタックだった。逆に同期は茉莉奈以外はみんなロングフライト部門。OBは半々ぐらいで、自分の一票でどちらになるかを決めないといけない状況だった。

 「──数え終わりました、顔を上げて下さい」

 みんなの真剣な顔がこちらを向く。こんなに真面目な視線が集中すると少し怖くも感じた。

 「結果は……」

 息を飲む音と空調の音が大きくなる。

 「タイムアタック部門が多かったです」

 一瞬の静けさ。

 「あああああ! 畜生!!」そう声を上げたのはもちろんかきもんだった。逆に茉莉奈は安心したのか、放心したみたいだ。

 少し間をおいてから俺はこう言った。

 「もし、タイムアタック部門になって、作業の手を抜きそうとか思う人がいるなら、辞めて欲しいです。そんな飛行機に俺は乗りたくないので」 

 「俺は辞める」渋川がそう言って教室を去っていった。「今までお世話にになりました」

 誰も解散とも言わなかったけれど、彼に続いて何人か帰りだし、流れでミーティングは終わりとなった。俺と茉莉奈と林さんが最後まで残って戸締まりをしていた。

 「数の差はどうだったの?」茉莉奈がきいてくる。

 「タイムアタック部門が一票だけ多かった」

 「そう……じゃあ私も今日は帰るわ。また明日からよろしく。お疲れ様」

 「おつかれ」

 教室の鍵を締めた後、駆け足で茉莉奈は帰っていった。それを見送りながら林さんが声をかけてきた。「最後、よく言った」

 「変なことされないか、少し不安だったんで」

 「大したものだよ。でも、これからもっと大変になるぞ」

 「分かってます」

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