蜻蛉は帰ってこなかった 三話

 チームがこんな状態なので琵琶湖には集まっていくことにはならず、琵琶湖に現地集合となった。まりなんは林さんや他のOBと、俺は渋川などかきもん以外のロングフライト派の同期と、そしてかきもんは他のチームの知り合いと行く事になった。九期の後輩たちはみんな揃って車で向かったらしい。仲の良い感じを見ているとちょっと羨ましかった。


 本番の前日、機体審査をしている頃に俺たちは琵琶湖に集まった。

 審査が終わって落ち着いたところから話しかけようと、最初に審査を受けていた科学東京大学が落ち着くのを待っていたのだが、最後に審査を受けていたなにわ公立大学がさっさと解体していたので先に話しかけることにした。

 「すみません、多田さんっていますか?」かきもんが先を切った。「城立大学スカイランナーズの柿本です」

 かきもんはだいたいの学生チームにはSNSを通した知り合いがいるのでこういう時に助かる。

 「今いないですね。どうしました?」

 「彼とSNSで何度か話した事があるので挨拶と、出来ればエルロンとか見せて貰いたいですがいいですか」

 「あー、今年のエルロンなら俺が担当したので分かりますよ。大澤っていいます」

 「改めてスカイランナーズ全体設計の柿本です」

 大澤さんは主翼のしまっている箱を見せてくれた。エルロンのある箇所は箱の外からよく見えたのでありがたかった。

 「ワイヤーリンケージで動かしてて、ライトファントムズのを参考にしてます。でも、ファントムズがリカンベントで俺らがアップライトなのでだいぶ苦労したと原型作った先輩は言ってました」

 「ライトファントムズさんは繋がりがなくて。あそこ、今、見学とか厳しいじゃないですか」

 「当時、記録飛行やるとかで手伝いに行って見せてもらったとは聞いてます」

 ワイヤーリンケージのエルロン操舵は難しく、大体のチームはサーボを使って電気制御で動かしているという話は事前にかきもんから聞いていた。俺らがやるならきっとサーボで動かすことになると思う。

 「俺は本当はサーボにしたいんですけど、うちは電装系苦手なのと、ワイヤーリンケージ信仰みたいなのがあって」

 そこから大澤さん、かきもん、俺で色々と話をした。ついてきた後輩の江森はエルロンの構造に張り付いて写真をとっている。話はあまり聞いていないみたいだけど、あれだけ写真撮っていれば俺らが撮る必要はなかった。

 他にも首都立大学がサーボでエルロンを動かしているとの事で詳しく見せてもらったり、尾張大学のパイロットにトレーニング方法を聞いたりした。更に、ライトファントムズが再来年あたりに新機体で出場予定らしいという話も聞くことが出来た。


 翌日。タイムアタック部門の本番。俺らは観客席から離れたコース全体が見える場所で見ていた。隣では田辺がカメラを構えている。

 一番期の尾張大学が主翼をS字にしならせ、旋回を決めて一分五八秒で戻ってきた。その後は首都立大学と科学東京大学が完走したが、尾張大学の記録には敵わなかった。最後に飛んだなにわ公立大学が衝撃的なフライトで、旋回を攻めようとしたのか、回り切る直前にスパイラルに入って急転直下で着水、しかもその瞬間と同時に旋回成功のホーンが鳴った。最初はその落ち方とタイミングで状況が飲み込めなかったが、着水したところがぎりぎり旋回完了ラインだったらしい。

 「こんな事もあるんか……」思わず口からそんな言葉が漏れる。

 田辺が撮った動画をみたが、ラダーもエルロンも打てるぎりぎりというぐらいまで打って回復しようとしていたものの、間に合わずという感じだった。

 「よく思い切ってあんなにラダーとエルロン打てるな」

 「去年優勝してるから、いけるとも思ったんじゃない?」

 今まで何回も優勝してるチームであればそうかもしれない。ただ俺にはさっきの尾張大学やなにわ大ほどに旋回を攻めろと言われても、そこまで舵を打つ勇気は出そうにない。

 二日目のロングフライト部門は表彰台が十キロから二十キロ台の争いになっていた。チームの最高記録がまだ五百メートル台の俺たちからするとまだまだ遠い記録に思えて仕方がないが、かきもんからすればここの争いに割って入ろうとしているんだろう。俺としてはあまり実感はわかない。

 昨日のタイムアタック部門が終わった後にロングフライト部門のチームを見学して回ったけれども、俺たちと同じように「この機体で三強に並ぶ」と気合いを入れているチームが沢山があった。かきもんから言わせるとそういうチームのほとんどはそれぞれに足りないものがある、という事だった。製作精度なり、設計のレベルだったり。

 「俺らに足りないものは何だと思う?」俺はかきもんにきいてみる。

 「言いたくは無いけれども、チームの統一性。俺も含めて」

 これに俺は乾いた苦笑いするしか出来なかった。

 「むしろかきもんは何があればタイムアタック転向に賛成できるの?」

 「賛成はどうしたって出来ない。ただ、俺以外全員がタイムアタック派になれば諦めるかもしれない。そうなれば仕方ないだろ?」

 最後の一人になってもかきもんはロングフライト部門に出るために徹底抗戦をするものかと思っていた。

 「ちょっと意外」

 「さすがに一人で人力飛行機作るのは大変すぎるからな」

 でもこの時、かきもんがいつも持ち歩いているアイデアノートを、大会中に持っていない事に気がついた。

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