蜻蛉は帰ってこなかった 二話
このミーティング以降、部室に来る人が減った。俺はトレーニングのためにほぼ毎日顔を出していたのに、かきもんや渋川は全く見かけなかった。かきもんとは話がしたかったので、結局、ご飯に誘う事にした。
断られる事は考えていたが、そんな事はなかった。ただ、何をどう話したらいいか迷っている。かきもんはとんこつラーメンの大盛り、俺は野菜炒め定食を頼んで待っていたが、料理の名前を出したっきり何も喋っていない。
「あのアイデアノートの中身は茉莉奈には見せた事ある?」
思いついた話題はこれだった。アイデアノートはかきもんが機体の設計にために色々とメモや閃きを書き留めてあるメモ帳。初めて人力エアーレースに行った時に書き始めたらしく、ほぼ今では常に持ち歩いてる。
「あいつに中身を見せた事はない」
「そうかあ」
「あれがあったからってあいつの気が変わるとは思わんな」
「はは。でも少しぐらい冷静に話を聞いてみたらどう?」
言いたかったのはこれだ。タイムアタック部門に出る、というだけであれだけヒートアップされると見てるこちらも焦る。
「……」
「気持ちは分かるけど。ベストな機体作るためにあれだけ色々書き溜めていたんだし」
「……ざっきーはどっちなんだ」
「迷ってる。長く飛びたいけれども、琵琶湖を飛べる確率があがるならタイムアタックもありだと思ってる」
「タイムアタックなんてあんな勢いで出ても旋回で着水するだけだぞ」
「でも、ロングフライト部門でも折り返しはあるし」
「あれは旋回途中で着水しても記録残るだろ。タイムアタックは完走しないと記録にならないんだぞ」
「知ってる」
「それに今まで飛んだチームの半分も戻って来ないんだぞ。初出場で旋回成功させたチームなんて数チームしかないし」
そこから長々とかきもんのタイムアタック部門の話が続いた。旋回できてもそこからゴールするまでが大変な事。部門設立から三連覇をした「なにわ公立大学」やそこの四連覇を阻止したOBチーム「ライトファントムズ」の事など。昔は完走したら入賞も同然だったのが今では違うとも言っていた。
料理が来た事も気にせずかきもんは話し続けた。一息ついたところで、タイムアタック部門のいいところを聞いてみたけども、そもそもあまり興味がないようで二、三個言っただけで何も言わなくなった。そこでようやくご飯を食べ始めた。
かきもんはパイロットである俺がロングフライト部門で行きたいと言えばまりなんの意見も変わると思っているみたいだった。そんな簡単に彼女の気が変わるとは思えない。まりなんだってかきもんに負けず劣らず譲らないタイプだ。
次のミーティング。大会まで二週間だった。観戦の時のスケジュール確認や現地で詳しく見たり訊きたりしたいチームや内容のリストアップをした。前のミーティングでタイムアタックへの出場に反対したメンバーも一応来てはいたが重い空気を出していた。渋川は終始無言、かきもんはどこのチームはどう言う事を聞くのが良いかを少し口を出しただけ。
いつもなら何だかんだ長引くミーティングも今回はあっという間に解散となった。
それだけでも、かきもんがいて良かったとは思う。部内で一番、他のチームの事情に詳しいのだ。
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