蜻蛉は帰ってこなかった 一話
「今年の人力エアーレース選手権はタイムアタック部門に出場を考えたいと思います」リーダーのまりなんこと室 茉莉奈はミーティングを始めるやいなや言った。
人力飛行機で琵琶湖を飛ぶ人力エアーレース選手権。俺らのチーム、城立大学スカイランナーズは今まで飛んでから着水するまでの距離を競う「ロングフライト部門」に出場してきた。それをまりなんは一キロのコースの速さを競う部門に出場しようというのだ。
彼女は続ける。「三年連続で書類審査に通っておらず、今年こそ出場する為に、出場枠に対してエントリーが少ないと言われるタイムアタック部門に転向し、『チーム歴代最強の飛行機とパイロットで初の部門転向で初完走、優勝』をネタにして出場権獲得を目指します」
人力エアーレースへの出場への道は厳しい。機体を完成させるだけでは出場できず、事前に書類審査がある。これは機体設計の他、どんなチームなのか、どんな思いを持って飛ぶのかといった具合にテレビ映えするかどうかも問われる。ようするにバラエティ番組ネタになるかどうかを見られている。そのためにネタをでっちあげるチームもあるという。
ミーティングにいたメンバーは皆、唖然としてリーダーを見上げる。あまりに唐突な発言にしんとしていたが、設計のかきもんがいきなり立ち上がって激しく反対した。
「俺は絶対に反対だ。強豪に負けないような長距離機体を作るためにここまで他のチームの人にも聞いて勉強してきたんだ! 今更高速機なんて設計出来るか!」
そこからまりなんとかきもんはかなり言い合った。まだ一年以上先だから高速機を設計し直せるだろうとか、機体じゃなくてテストフライトの運用まで変えないと成功できないとか。
「今年の大会行って決めたら。今年は代替わりが早くなったわけだし、そこで話聞いたりして本当に僕らがタイムアタック部門に出れるかどうか決めればいい」少し落ち着いた瞬間に院生の林さんが口を挟んでミーティングを終わらせた。
「そうですね。そうします」まりなんはそこで落ち着いた。「今年の大会観戦でタイムアタックのチームにどんな事聞くかまとめましょう」
「俺は絶対に長距離機しか作らないからな」かきもんはヒートアップしたまま言い残してさっさと教室を出て行った。
それに何人か続いて出ていった。
「……じゃあ今日のミーティングはここまでで」
微妙な空気の中、部員たちは次々と帰っていく。俺はまりなんと話したかったので少し残っていた。林さんも同じ事を考えたみたいで話しかけている。
「いくら何でも同期ぐらいには言っておかないとこうなるよ」
「言っていたら、今日のミーティング開く事すら出来なくなっていたと思ったので」
「それは、まあ、うん……その可能性は否定できない」
「それでも」ここで俺が口を挟んだ。「こういう事をこのミーティングで言う事ぐらいは……」
「そうだけど、それで先に潰されるのが怖かったから。かきもんとか渋川とかに」
林さんがこちらを見た。
「同期なんだからもっと気さくにこんな事話せないとこれから一年持たないよ」
「はい……すみません」
「こういうのはむしろ柿本に言わんと駄目なんだろうけど」
林さんが窓を見る。水滴がついていた。雨だ。教室から見下ろせる通りには傘をささずに走って行くかきもんがいた。部屋を見渡すとあいつが座っていた席に傘が残っていた。
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