1-8 月夜と卓球勝負
花火大会を終え、半端に盛り上がって何もできなかった僕と月夜はどっと疲れたように帰路につく。
今回の旅行は海水浴、花火大会、そして温泉旅館への宿泊が目的だ。
海水浴、花火大会に参加して、恐らく体力的に無理だろうということでお風呂……2人で入る貸し切り風呂は明日の朝にまわした。
その予想通り、僕と月夜は疲れきっており、各自男子風呂、女子風呂ですませる。
有名な温泉旅館だけあって風呂は見事だった。大浴場も露天風呂も綺麗で明日の貸し切り風呂が楽しみだ。
浴衣に着替えてのんびり旅館の休憩所でフルーツ牛乳を飲んでいると同じく浴衣を着た月夜と片山さんがやってきた。
「遅かったね~」
「ごめんなさい、のんびり入っちゃった」
温泉って1人で入るのもいいけど複数人で駄弁りながら入るのもいいもんなぁ。
こういう所だからこそ話も盛り上がる。
「ここ来たってことはやるんですか?」
やる? 月夜の視線を先には卓球台が置いてあった。
なるほど、温泉入った後の卓球とはセオリー。いっちょ、やってやろう。
他に使っている客もいないので使わせてもらう。
僕と月夜は互いに向かい合い、ラケットを構える。先行は僕だ。
「勝ったら定番の何でも言うこと聞く……かな」
「いいですよ。本気で行かせてもらいます」
悪いね、月夜。エアホッケーでは惨敗だったけど、卓球は得意なんだ!
鋭いサーブを打ち込み、月夜の陣地にボールがうまく入る。月夜は運動神経も抜群。おそらく長期戦は不利。
しかし、所詮は女。男の本気のサーブには敵わないのさ!
「きゃっ!」
早速2点先取。このまま押し切らせてもらう。
「力任せなんてずるい!」
「悪いね。筋トレで鍛えたこの力、存分にふるわせてもらう」
何でもいうことを聞くか。帰ったらまたメイド服着てもらってえっちなお願いを聞いてもらおう。
次のプレイが楽しみだ。
「そっちが男の手で来るなら」
「ん?」
「こっちは女の手を使います」
月夜は浴衣の帯を緩めて、浴衣が少し開いた。ブルーのブラと一緒に豊満な胸の谷間が露わになる。
「ちょ、ちょ……え!?」
「まわりには誰もいないから問題ないです」
なぜシャツを着ていない!?
困惑しつつもサーブを打つ。動揺して勢いが弱い、それは月夜にボールを返されてしまった。
気を取り直して、本気のサーブを打つためにボールに目を向ける……はずが目線はいつしか揺れる月夜の胸元に行っていた。
「わーい、空ぶり!」
「それが視線誘導……なんて恐ろしい!」
「次いきますよ~!」
月夜はラケットを振るがその勢いでめくれた浴衣からこぼれ落ちそうなそれに目が行き、気づいた時にはボールは床に落ちていた。
こんなやりとりをあと数回行われ、僕は敗北した。
「旅行から帰ったら何してもらおうかなー」
月夜は浴衣の紐をきつくしめ、浴衣を正す。
付き合う前は恥ずかしがってこんなこと絶対しなかったのに、付き合って一線を越えてしまったからもう僕に見られることには何の抵抗もないんだよなぁ。
むしろ月夜の体が大好きな僕を翻弄しようとさえしている。
残念だがお預けをくらいまくってこっちは気になって仕方ないんだよ。海の時にもうちょっと揉んでおけばよかった。
くそっ! 揉みたい!
「片山さんも卓球しませんか? せっかく浴衣着てるんですし」
椅子に座ってのんびり牛乳を飲んでいた片山さんは立ち上がった。
「お仕事も落ち着きましたし、いいでしょう」
片山さんにラケットを渡して、月夜と対峙させる。
どんな戦いになるんだろう……。
月夜と片山さんの卓球勝負が始まった。
端的に話すと……すごかった。お互い熟練者かと思うくらいラリーが続いたのだ。
これさ……いつまで続くんだろうか。コーヒー牛乳でも飲もうかな。
月夜が強烈なアタックを打ち込む。
「片山さんはハネムーンに行くって言ってましたけど、旦那さんといつからお付き合いされてるんですか?」
「あなた方と同じ高校からの付き合いですよ。ふふっ、神凪さんと同じで1つ上の先輩と付き合ってました」
「へぇ~、そうなんですか! 何か嬉しい」
2人は微笑ましく会話を続ける。
言葉だけだとかわいいけど、すごーくラリーを続けている。よく喋りながらラケットを振れるよな。
「ってことは10年くらい付き合ってるんですか?」
「いえ、彼とは2年ほどで別れてしまいました」
「え……そうなんですか」
「些細なことでケンカしましたね。今思えば本当に些細なことです。それまではあなた達と同じように世界で一番幸せなカップルだったんですよ」
高校で付き合ったカップルがそのまま結婚ってのは決して多くはない。
ウチの両親だって、就職してから付き合ったらしいし、妹の彗香だってとっかえひっかえだ。
僕と月夜が今のまま……大学、社会人と交際したままでいられるどうかは正直分からない。
「でも……よりを戻したんですよね」
「そうですね。2年前に地元で偶然出会いました。やっぱり高校の時の好きだった気持ちが再燃したのでまた交際を始めたんです」
「そうだったんですか……」
「彩花お嬢様からあなた達のことは聞いています」
彩花お嬢様。九土さんのことか。確か片山さんは九土さんの護衛の1人って聞いたな。
そんな護衛を僕達の監視に持ってくるのはどうか思ったけど……。
「男女性格が違うのは当たり前です。ケンカもするし、別れたくもなるでしょう。だから私から言えることは1つしかありません」
片山さんはラケットをテーブルの上に置いた。ボールは片山さんの横を通っていく。
「もしケンカして別れたくなった時は……、お互いの気持ちを伝え合った時のことを思い出してください。その時少しでもひっかかりがあるのであれば……きっとまだ相手が好きなんだと思います」
僕と月夜はその言葉に何も言えなかった。でもいつか……仲違いし、別れる寸前になった時は思い出せ。そう思える言葉だった。
「それでは私は汗をかいたのでもう一度お風呂に入ります」
片山さんはクールに再び浴室の方へ向かったのであった。
月夜が僕の側に寄る。
「アドバイス、忠告……どっちだろ」
「今日一日一緒にいて思うことがあったのかもしれないね」
お互いの気持ちを伝え合った時のことか……忘れもしない2月16日の放課後。
1年以上溜め続けて隠し通してきた月夜への想いを吐き出したこと。忘れるわけがない忘れてたまるものか。
「月夜」
「はい?」
きょとんとする月夜の両肩に触れ、思いっきり抱きしめた。
強く、強く……両手を背中を通して月夜の両腕の裏を掴み、力の限り抱きしめる。
「ふぐ……苦しいよ」
「思えば、最近……強く抱きしめてなかった気がする」
「うん……」
「月夜」
もう一度名を呼ぶ。
「好きだ、好きだ、大好きだ」
その想いを何度でも声に出そう。
愛しい月夜に何回だって伝えたい。
「はい……、これからもお願いします……」
真っ赤な顔をした月夜は何度も頷いた。
小さな声で……応えるように。
その言葉が嬉しくて僕はずっと強く月夜を抱きしめ続けたのであった。
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