130 月夜と遊園地③

 僕と月夜は遊園地のフードコートに足を運ぶ。

 この遊園地にはたくさん食べる所があるんだけど、やっぱり金銭面だね。テーマパークの飯は基本的に高い。

 大食いの月夜もほどほどの量……うどんセット?


「足りる? 大丈夫?」

「だって今日は50回はキスしたいからあまりにおいのある料理が……」

「唇って筋肉痛とかしないよね」


 そんなこと言われるとカレーとか頼みにくいじゃないか。僕はサンドイッチセットにしてしまった。

 あとは2人でつまめるクッキーを購入。

 デートってのはこういうことも意識しないといけないのか。

 ちょっと考え物だな。


「50回ってあと何回するの」

「39回です」

「さすが学年1位……記憶力は見事だね」


 あの朝に11回もキスしてたのか。思い出すとちょっと恥ずかしくなる。

 それにしても……。


「月夜ってキス上手だよね。勉強してたの?」

「ぶほっ!」


 月夜はうどんを吹いた。

 本当に申し訳ない。食べている時に聞く話じゃなかった。

 むせた月夜はハンカチを口に当てる。


「いきなり何を聞くんですか」

「ちょっと……その気になって」

「そ、そりゃ調べますよ。私から求めてるんですから……太陽さんには気持ちよくなってほしいし、呼吸とかその……」


 言いづらくなったのか声量が落ち、頬を赤らめて、コップの水を一気に飲み込んだ。


「太陽さん、クッキーもらいますね」


 2人で食べる用のクッキーを月夜が掴む、それを僕の唇につきつけた。


「はい、あ~ん」

「あーん」


 交際を始めるとあーんの照れもなくなってしまうものだ。

 食べ合いの恥ずかしさって付き合う前の特権だよね。


「そのままクッキーを咥えてくださいね」

「え?」


 クッキーを半分咥えたままでいると月夜は体を乗り出して、そのクッキーを咥え始めた。

 そのまま僕の唇に吸い付くように唇をあて、クッキーを奪いとられてしまった。

 そのいきなりの行動にあっ気に取られてしまう。月夜は椅子に座りなおして、咥えたクッキーをそのまま食べきってしまう。


「これで12回目ですね~」


 はぁ……。とんだキス魔だよ。ほんと。

 これは付き合ってからの特権だな。月夜のどや顔が何とも言えない。まったく……。

 食事を食べ終えて、受付でもらったパンフレットを開く。


「この占いの館がすごく有名らしいですよ。よく当たるって噂です」

「女の子は好きだね、占い。あとはホラーだね。ここって物凄く怖いって有名だっけ。……地域1サイズを誇る観覧車もいいよね」

「えー、怖いかもしれません。泣いちゃうかも……。泣いたら慰めてくれますか」

「今度はちゃんと怖がってよ」


 でも月夜って暗いとこ平気だもんな。

 演技で怖がってる月夜を精一杯慰めてあげよう。

 ……。お互い下心しかないのがいかんな。


 ホラーに占いの館、あとはちょろっと周って最後に観覧車かな。

 今日は星矢もバイトが無いらしいからあまり遅くまで連れ出すわけにもいかない。

 いや、その先も考えたけどまだ付き合って1週間だからね。今日は大人しく帰します。



 ◇◇◇



「太陽さんしっかりしてください」

「もう、無理無理……死ぬ」

「何で私が怖がるはずなのに太陽さんが恐がってるんですか……」


 ここの遊園地のホラーハウス。死ぬほど怖かった件。

 今までお化け屋敷とか子供の遊びと思ってたんだけどマジでレベルが違った。

 叫び声あげまくり、怖がりまくり、ずっと月夜にしがみついていた。

 ……でもちょっと月夜が呆れた顔をしている……男らしくはなかったか。


「幻滅したかな……ごめん」


 月夜は小首をかしげた。


「え? かわいかったですよ。私がどうにかしてあげないと……って思うとやる気が上がります。太陽さんに何があっても私が養ってあげますからね」

「ダメ男みたいに言うのやめて!」


 まだ足がガクガクしている僕に月夜は頭を撫でて優しくしてくれる、

 これが年下に対して、バブみを感じオギャるというわけか。悪くないけど、認めてはいけない気がする。


「月夜はホラー、本当に大丈夫なんだね」

「私は平気ですね。ホラーよく見るんですよ。海ちゃんが怖がりなのにホラー映画を見たがるんですよね。木乃莉はメモ出して、参考資料にしてるし」

「君達3人は全然性格違うよな」

「あくまでアトラクションですからね。正直、現実の方が怖いです」


 月夜が膝をついている僕と同じ目線まで屈んだ。少し真面目で凛々しい二重の瞳がきゅっと来る。


「あの7月下旬のあの事故のようなこと、太陽さんが大けがをしたら私は相当に錯乱すると思います。そっちの方が怖い」


 そっちの怖いか……。月夜からしたら虚構はあくまで虚構。現実には到底及ばないと強く感じているのかもしれない。


「太陽さんはきっと……変わらず今後も人助けをするんだと思います。だけど……そのたび私が怖がることだけ忘れないでください」


 それだけ言って月夜は再び、僕にキスをする。

 柔らかくて小さな唇は怯えた僕の恐怖を取り除く。こんなに小さな体なのに強いな、月夜は。


「ん……っ……」


 月夜の呼吸音が聞こえる。

 その想いを唇から送り込むように長い時間をかけて……じっくりとキスをした。


「ふぅ……」


 月夜は立ち上がって……僕に手を差し出す。


「まだまだ、デートはこれからです。楽しみましょう」

「ああ、そうだね」


 すっかりホラーの恐怖が消えた僕はその手を掴んで起き上がり、その手を掴んだまま……次のアトラクションへと向かう。


「ホラーハウスで10回はキスするつもりだったのに……。どこかで挽回しないと」

「十分してると思うよ!?」

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