115 運命のバレンタインデー①

 2月14日土曜日。

 世間はバレンタインデーとして賑わっている。

 僕も最近まではまったく無縁だったけど、去年の1月から女の子の知り合いが急に増えたため義理チョコは手に入っている。本命である星矢へのチョコの練習台なんだろうけど。


 あの2月7日からあっという間だった。

 翌日も温泉にスノボをしっかり楽しんで夜帰ってきた。

 翌日のスノボは月夜とは分かれて、別々に滑ったからあれから深く話せてないんだよな。

 部活動もまったく来なかったし、今日まで登校以外で月夜と話すことはなかった。


 あなたに……この気持ち、全部伝えます。


 月夜はそのように言っていた。

 告白なんてされたこともしたことない僕はどんな顔をして月夜に会えばいいんだろう。

 聞くだけでいいと言われたが……そういうわけにもいかない。


 今日の13時に駅前に集合だ。

 昨日の夜、月夜から確認のメッセージが来た。この1週間できっと準備をしていたのだと思う。

 彼女の覚悟から逃げるわけにはいかない。なるようになるしかないかな、


「太陽!」


 母さんがいきなり部屋へ入ってきた。

 随分と慌てた様子だ。


「田舎のおじいちゃんが倒れたって!」

「えっ」


 こんな時こそ不吉なことがよく起こるものだ。



 ◇◇◇



 結果で言うと大したことはなかった。

 県外に住む祖父母の家に急遽行くことになり、慌てて家族一同駆け付けたが、大きな病気ではなく、親戚一同皆一安心だ。

 まったく人騒がせな爺さんだ。

 このまま泊まっていくことも考えたが父さんが明日仕事のため、僕達の家族は今日中に戻ることになった。

 月夜には詫びの連絡は入れている。さすがにこの事態は予測できなかったからね。


「星矢からだ……」


 星矢からメッセージが来ていた。


 今日帰ってくるのか? 


 日はギリギリ跨がないと思うけど、かなり遅くなるのは間違いない。

 あと、もしよければ月夜に1日過ぎてしまうが明日……やり直す形にして欲しいと言付けも頼んでおいた。

 これでいいだろう。

 帰りの車の中で僕は思う。

 月夜は今日のためにずっと準備をしていたのだろうか。とてもじゃないが聞けないな。


 23時30分。

 実家に到着。慌ただしい1日だったな。運転できる父さんが休みで本当によかったと思う。

 来年、18歳になったら免許を取ろう。

 車を駐車スペースに入れて、父さん、母さん、妹は家の中へ入っていく。

 駐車スペースの入口を伸縮レールで塞いで、僕は1度道路に出た。


「今日も寒いな」


 クリスマスに月夜からもらった手袋をダウンコートのポケットから取り出して手を入れる。

 このまま家に入るから手袋なんて不要なんだけど……。せっかくだし、ちょっと散歩でもしようかな。


「へっくち」


 え……。

 聞き覚えのあるくしゃみ。

 僕は走った。家の側面……角を曲がったすぐ先へ行く。

 いた!


 栗色の髪と整った顔立ち……先日僕が送ったマフラーを首に巻いて寒そうに息を吐いている女の子。

 なんで、どうして……そんな気持ちと一緒に会いたい、嬉しい気持ちが同居していた。

 僕はたまらず声を出す。


「月夜!」

「あっ……」


 月夜は僕に気づいてにこりと笑みを浮かべた。

 いつもはすぐ赤くなる顔が今日に限っては真っ白な顔をしていた。


「どうしてここに?」

「お兄ちゃんから今日遅くに帰ってくるって聞いたのでいてもたってもいられなくて」


 それでやってきたというのか。

 でも実際帰ってくる時間を伝えてはいない。この姿だ……この2月の寒空でかなりの時間待っていたということになる。


「何時から待っていたんだ」

「その……20時ぐらいですね」

「3時間半も待っていたのか」

「途中でトイレ行ったりとかコンビニいったりしたので実際はそんなにですよ!」


 だからと行ってこんな寒い日に待つだなんて……。僕は手袋を外して、月夜の頬に手をあてた。


「ひゃあっ!」

「こんなに冷えてるじゃないか」

「もう!」


 その頬は氷のように冷たかった。何とか温まってほしくて僕は月夜の頬に触れる。

 それは功を奏し月夜は頬を紅く染めた。


「それより……おじいさんが倒れたって聞いたんですが大丈夫だったんですか?」

「あ、ああ。大したことなかったよ。大げさに連絡してきてさ……。こっちはいい迷惑だよ」

「そうですか、良かった」


 本当にいい子だ。見ず知らずの僕の祖父まで心配してくれるというのか。

 3時間もこの冬空の下で待たせた申し訳なさでいっぱいになる。

 何かしてあげられることはないのか。


「迷ってたんです」


 月夜は声をあげる。


「ずっと待ってて……車の音とかも聞こえて帰ってきたことは分かってたんですけど、私……一歩が踏み出せなくて、でも太陽さんが見つけてくれました」


 予感があったのかも。月夜が待っているかもしれない……。だから僕はすぐ家に入らず、外を出ていた。

 待っているかもしれないではない、待ってて欲しかったんだ。

 何てわがままな考えをしてしまったんだ。でも……月夜の姿を見て……本当に嬉しかった。

 月夜は持っている紙袋を持ち上げた。


「貰ってくれますか……私のチョコレート。まだ14日ですから」

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