114 月夜の誕生日⑨
満天の星空を2人で楽しんでいた。
月夜は僕の隣に立っており……僕の肩に月夜は寄せてくる。
月夜の吐息が肩に触れるようでとても愛しく感じる。この時がいつまでもと……思いたい。
「くしゅん」
「寒い?」
「そ、そうですね」
お互い浴衣のままだ。あまり長居はできないな。それに渡すなら今しかない。
僕は懐から紙袋を取り出し、包装を破いた。中に入ってたそれを広げて、月夜の肩へと巻いてあげた。
「マフラーだ……」
「寒いだろうと思ってね。僕からの誕生日プレゼント。手作りはさすがに無理だから申し訳ないんだけど……」
「嬉しい……」
月夜はさっきの険しい表情とは違う、穏やかで慈しむような表情を浮かべる。とても大事そうに、温かさを深くかみしめているような仕草を見せた。
その慈愛に満ちた月夜の笑顔に僕はまた魅せられてしまう。 ああ、本当に綺麗だ。夜空と月夜……どちらも綺麗で素敵だ。
月夜に送った黄緑色のマフラーが風でなびく。さっそく僕は首にかけていたカメラを取り出し、ファインダーに月夜の姿を収めて、シャッターを切った。
月夜はさっきからずっと手に持っていた紙袋から箱を取り出した。
箱を開けるとさっき星矢が作ったケーキが入っている。一緒に使い捨てのフォークが2つ入っていた。
こっちに持ってきたんだ。
「まだ今日のお願いを聞いてもらってません」
ああ、スキー場で最後に競争した時に負けてしまったっけ。
あの約束はやっぱりありなのか。
月夜は僕にフォークを渡した。
「食べさせてください」
仕方ない。僕はケーキにフォークを刺して、持ち上げる。
開いた月夜の口の中に放り込んだ。
「誕生日おめでと」
「おいし~!」
さっきあれだけ食べたのにな。月夜は美味しそうに顔を綻ばせた。
本当に美味しそうに食べるよなぁ。月夜の嬉しそうな顔を眺めていると、今度は月夜がフォークをケーキに刺した。
「誕生日おめでとうございます」
「あ、ありがとう」
食べさせてくれるということだろうか。ちょっと照れるな。
月夜はぐっとケーキを持ち上げた。ちょっと待って。
「大きくない!? さすがにその大きさは口に入らないよ」
「男の子だから大丈夫です!」
そういうものじゃない。顎が外れるくらい大きく口を開けて、巨大なケーキを口に放り込まれた。
さすがにはみ出てしまう。何とか咀嚼して飲み込んだ。
ごふっ、ちょっときつい。
「美味しいけど……さすがに大きいよ」
「あ、太陽さん、口元にケーキがついてますよ」
「え、どこ」
僕が手で口元に触るよりも先に、月夜は持っていた袋を落として、僕の肩を掴む。
そのまま……月夜の綺麗な顔が極限まで近づき、僕の唇のわずか数センチ左横へ月夜の唇が触れ……肌と一緒にケーキの欠片を拭われた。
「えっ、アレ?」
ほっぺでも唇でもない……その中間点。
僕はその柔らかい感触に動揺する。
月夜はなおも僕の肩を掴んだまま……紅くなった表情で声を上げる。
「ケーキ美味しいですよね!」
もう無理だった。
今までの友達以上恋人以下の関係。交際まであと一歩に待ったをかけた関係。
もういいじゃないか。
これだけのことを月夜がしてくれて、何も返せない自分が歯がゆかった。
グループのみんなが、赤の他人が、僕と月夜を祝福し、カップルと見てくれているんだ。
些細なことで悩んでいることそれ自体が間違っている。
今、ここで……想いを伝えてやる。
「月夜!」
僕はたまらず大声を上げた。
「僕は君のことをす」
「駄目!!」
月夜の大声に僕の言葉はそこで止まる。
「流れに任せちゃ駄目。太陽さんの中にあるわだかまりは解消されたんですか?」
「そ、それは」
「それじゃ駄目です。このまま先へ進んでも太陽さんはまた遠慮してしまう。私はそんなの嫌です」
僕はそこで黙ってしまう。
クリスマス、初詣で話したこと……未だに僕の心の中でくすぶっている。そこを月夜に指摘されてしまった。
自分の想いを殺して相手に同調していまうこの性格が変えられない。
でも月夜を想う気持ちもまた事実なんだ。
月夜は二重の瞳でまっすぐ僕を見る。
「太陽さんへのプレゼントを用意できてません」
「え?」
月夜は大きく息を吸って吐いた。
「だから来週の2月14日。バレンタインデーで……チョコを用意します。私ができる1番最後の手です」
1番最後の手。月夜は覚悟を決めたような目をする。
「無理に返事が欲しいとは言いません。今までの関係のままでも構いません。私の想いは変わらないので……聞いてくれるだけでいいです」
月夜は表情を和らげた。
「だからあなたにこの気持ち、全部口にして伝えます」
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