4章 3学期

088 餅つき①

 1月の三が日が終わり、新しい年が始まった。

 冬休みもこの土日で終了となり、それから3学期が始まってしまう。

 もうちょっとのんびりしたかったけど、仕方ないよなぁ。

 この土日をどうやって過ごしたものか……。


「ん?」


 スマホに着信が入る。

 神凪月夜……、絶対に出る。すぐさま通話モードに変えた。


「もしもし」

『おはようございます。今、大丈夫ですか?』

「大丈夫だよ」


 やっぱ月夜は澄んだ川のように綺麗な声だなぁ。耳心地が良い。ずっと聞いていられるよ。


『太陽さん、聞いてますか?』

「あ、ごめん。電話が遠かったみたい」


 初詣が終わってからずっと会えてなかったから声が聞けた感動で頭がいっぱいになっていたようだ。

 僕は月夜のお願いを了承し、さっそく準備をして家を飛び出した。


 県立ひまわり幼稚園。

 月夜のバイト先でもある。この幼稚園の中で地域で有名な餅つき大会が行われるらしい。

 人手が足りないということで僕は呼び出された。


「太陽さん!」


 餅つき大会の会場である幼稚園へ到着すると月夜がさっそく出迎えてくれた。

 料理や運動をするため体操着を着ている。笑顔で僕に近づいてくれて、そんな様子がとてもかわいい。


「初詣以来だね」

「来てくれてありがとうございます。こっちですよ!」


 月夜は僕の腕を掴んで引っ張っていく。

 随分とテンションが高いなぁ。僕は流れに任せて、餅つき場まで到着した。

 地域の大人達や幼稚園の子供達が数多くおり、下準備が大変そうだ。

 黒髪の先生がやってくる。


「久しぶりね山田くん」

「満里奈先生、お久しぶりです」

「今日はしっかり餅つきを楽しんでいきなさい。休日出勤で食べるお餅は美味しいわよ」

「先生は相変わらず歪んでますね」


 美人さんなのに相変わらず彼氏はいないままなんだろうか。


「僕は何をすればいいですか?」

「餅つきは大人達がやるから、子供達の遊び相手と……」


 満里奈先生は月夜を見る。さっそく月夜は何人かの男性に囲まれていた。


「女子高校生に飢えたおっさんが多いから助けてあげなさい」


 月夜の容姿は目を惹くからなぁ。ってかあの人達結婚してるんじゃないのかよ。

 僕はここから月夜を呼びつけた。


「太陽さん、ありがとうございます」

「学校でもここでも大変だね」

「月夜ちゃんは山田くんを彼氏ってことにしておきなさい。そうすればまだマシでしょ」


 彼氏、彼女か。初詣の時に現状維持みたいな話をしたけど……実際の所、両想いなんだよな。

 付き合ってはいないだけで、いつでも彼氏、彼女の関係になれる。

 僕と月夜はお互いに見合って意識し、顔を背けてしまう。ちらっと月夜の顔を見ると向こうもちらっと見てきたようで目が合ってしまった。

 照れる。そしてすぐ目をさらに背けてしまった。


「は? なにこれ」


 満里奈先生の表情が歪む。


「月夜ちゃん、付き合ってないって言ってなかったけ」

「つ、付き合ってはないです。その……なんて言うか……想い合ってるというか、説明しづらいです」


 満里奈先生は今度は僕の方を向く。


「月夜は悪くないです。悪いのは僕なんです。受け取めきれない僕のせいで」

「太陽さんは悪くないですよ。今のままだって私は構わないですし、こうやって一緒にいられることがとても嬉しい」

「月夜……」

「太陽さん……」

「滅びよ……」


 何しれっと悪意のある言葉を紛れ込ませているのか。満里奈先生は上の空だ。


「こーこーせいは若くていいよなぁ。そーよねぇ、4ヶ月もあったら進むわよね。え、私? 4ヶ月の成果って健康診断で尿酸値が引っかかったくらいしかイベントなかったわよ」


 さらに暴走する先生の言葉に僕と月夜は苦笑いするしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る