064 学園祭2日目③

「え、劇に出てくれ?」


 星矢がハーレムズに連行された後、僕は1年生の世良さんと瓜原さんに電話で呼び出された。

 その内容が直前で劇の内容を変えるから劇に出てくれというものだ。


「僕に出ろって、無理だろ。喋れないし、演技もうまくないよ!」

「だいじょーぶだよ先輩、クライマックス、ほんと最後のシーンだけ私と入れ替わってほしいの」

「なんでまた……」

「その場所にあたしがいたら駄目なの。月夜が【振り向いて】と言った時に振り向いて立ってればいい。月夜も驚くけど小声で【練習通りで】って言えばいいから」


 もしかして月夜に言ってないの!? そんなの最後にやって失敗したら劇が台無しになるんじゃ……。

 その不安も瓜原さんは声に出して吹き飛ばす。


「脚本もそれが一番盛り上がるように昨日ちょっと変更したので大丈夫です。月夜が先輩の手を握って……それで幕は降りますので」


 今作の脚本を書いた文芸部の瓜原さんが言うなら間違いないのだろう。

 この件は絶対内密ということで僕は直前までセットの近くに旅人の恰好をして隠れさせられた。

 おかげで至近距離で劇が見れたのは内心喜んでいる。月の姫の恰好した月夜はかわいすぎるし、王子の恰好をした星矢や天はやっぱりかっこいい。

 これぞ役得というわけだ。


 最後のクライマックスシーン。タイミングで世良さんと入れ替わって僕が月夜の前に立つ。僕は後ろを向いているので月夜は気づいていない。


「良いのです旅人様……【振り向いて】わたくしの想いを受け取ってくださいませ!」


 僕は振り向いた。旅人の恰好は深い帽子をかぶっているのでまわりからは僕が出ているとはバレない。

 分かるのは至近距離にいる月夜ぐらいなものだ。


「え……ちょ……え、何で……」


 月夜は振り向いた顔が世良さんではなく僕であることに気づく。

 アドリブは得意な方だとは思うがさすがに月夜でも混乱している。

 事前に世良さんに言われた台詞を月夜にだけ聞こえるように小さく伝えた。


「練習通りで」


 月夜は顔を引き締めて、ゆっくりと近づいてきた。

 これで月夜が僕の手を握れば幕が下がって終わりだ。正直僕が出演する意味はあったのか疑問だが……何か理由があるのだろう。

 十二単じゅうにひとえっぽい衣装、学生が作ったと思えないほど出来栄えが良い。この学園の家庭科部は被服の部分で賞をとったこともあるそうだ。

 月夜の体にしっかりフィットしてるし、是非ともあとで写真を撮らせて頂きたい。

 月夜が旅人に扮した僕の目の前まで来た。


「あなたを……心より愛しております」


 二重の瞳はとても優しげで、栗色の髪がふわりとゆれる。そんな柔和な笑みで愛してるなんて言われたら演技と分かっていながらも惚れこんでしまいそうだ。

 僕は手を握られて終了と言われたので、月夜に手を差し伸べた。

 しかし月夜はそんな僕の手には目もくれず、僕の両肩を掴み……、観客がいる方向から月夜の誰よりもかわいらしい小顔が僕に近づいた。

 あの……ちょ、月夜さん何をされるつもりで……。目を瞑り、顔を紅らめて……頬に吐息がかかる近さで月夜は呟いた。


「練習通りです……」

「えっ?」


 今度は間違いなかった。

 月夜の柔らかい唇が僕の頬へと触れる。その初めての……いや2回目の感触が僕の脳髄へと刺激が走る。

 幕は下りて、未だ両肩を掴む月夜は頬を紅く染めたまま気まずそうに下を向いている。

 頬への口づけ……それは練習通りだったのだろうか。


「おわっ!」


 後ろから誰かに引っ張られ、着ていた旅人の服をひっぺがされた。世良さんだ。


「先輩おつかれ~。バレると面倒なんでセットの中にいてね」


 口づけの感触が忘れられず、呆然となってる僕はそのままセットの中に押し込まれた。

 そして間もなく、劇の演者が現れて、横一列に並ぶ。そして幕が開き……、大声援の観客に向かってお礼を述べていた。

 旅人役の世良さんは帽子を外していた。そうか……口づけをされたのが男子だとまずいと判断したのかも。いい判断って……これ僕が出演する意味ないだろーっ!


 ◇◇◇



 屋外でちょうど僕の知り合いだけが集まっていた。


 月夜が月のドレスを着たまま、目を手で隠し座りこんで唸っている。


「太陽が混ざり込んでいたのには驚いたな」

「その時、舞台袖にいたのが僕達だけでほんとよかったです」


 幸いにあのキスシーンを見られたのは主演で舞台袖にいた星矢、天だけだったようだ。月夜のクラスの人達にも僕の存在は知られていない。


「ま、あたしが人避けをしたからね」


 やはりあのシーンは世良さんの仕込みだったようだ。


「失敗したらどうするつもりだったの」

「結果オーライだがら考える必要ないっしょ」


 軽いな! まぁ……あの感じであれば失敗のしようもないか。


「海ちゃんが旅人だからキスシーンだって了承したのに……何で太陽さんに変わってるの!?」


 月夜は真っ赤になりながら後ろを向いて訴える。恥ずかしさでたまらないようだがその姿も実にかわいらしい。


「嫌だった?」

「そ、それは……」


 世良さんのいじわるな質問に再び月夜の顔が熱を帯び顔を手で隠してしまった。


「でも劇がうまくいってよかったです。星矢さん、山田先輩ありがとうございました」


 統括して瓜原さんはゲストである僕と星の王子役の星矢に礼を言う


「存外楽しかった。いい話を書くじゃないか木乃莉」

「えへへ、ありがとうございます……」

「くっ、まだ星矢先輩の方に分が……」


 おいおい、月の姫が瓜原さんになってるじゃないか。褒められて赤くなる瓜原さんに悔しそうな顔をする天の王子服の天。

 劇がよかったのは間違いない。


 運動場で歓声が上がる。キャンプファイヤーが始まったのかも。

 学園祭も終わりだ。さぁみんなで行こう!

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