061 学園祭1日目③
「はぁ……」
「ため息をつくな、山田」
時刻は16時30分。
美少年執事、美少女メイド喫茶は大好評で何とか利益を出す所まで持っていくことができた。
ここまでいったらもういいので表の看板の美を消して、普通の執事・メイド喫茶となっている。本来執事服やメイド服を着る予定だったクラスメイト達がそれを着て接客をしていた。
一応美少年代表で北条さんがいて、美少女代表で弓崎さんが残っているので何の問題もない。
「だって……ミスコン見たかったなぁ」
参加者として星矢と水里さん、天と月夜。世良さんも助っ人だからコンテスト見にいっちゃったし、九土さんやひーちゃんは審査員だしね。
「九土がプロ使ってビデオ撮ってるっていってたからそれを見せてもらえばいいんじゃない?」
「生で見るよりそっちを見た方がいいかもしれませんね」
北条さん、弓崎さんとそんな話をする。
「私達は今ある仕事をやればいいさ」
「でもミスコンの事前投票北条さんは4位だったと聞きましたよ。来年出場の可能性ありますし、見に行った方がいいんじゃないですか」
「そうなんだ」
「はい、九土さんが言っていました。5位が世良さんらしいです」
北条さんは恥ずかしがって絶対行かないと言ってたけど、来年は3位以内になりそうだよね。
来年は1年生ですごい子がこなきゃ完全に身内でショーなりそうだな。
「おーい!」
クラスメイトが教室に入ってきた。
「ミスタはやっぱり神凪で、ミスコンは加賀谷に決まったぞーー!」
星矢はともかく、ミスコンは水里さんが勝ったのか。じゃあ月夜は……。
もし……最終1位だったら……お願いを聞いてもらってもいいですか?
あの時のお願いが叶わなくなっちゃったな……。
◇◇◇
自分のクラスの喫茶店の片付けも終わり、明日は観覧でずっと学園祭を楽しむことができそうだ。
しかし、クラスはまだまだ沸いていた。
喫茶店の大繁盛に合わせてコンテストでミスター・ミス制覇だからな。沸かないはずがない。
星矢も水里さんも主役の扱いで今、中心にいる。審査員の九土さんやひーちゃん、北条さんや弓崎さんも一緒になって騒いでいるだろう。
僕も一緒に騒ぐ予定だったんだけど……走っていた。
もう一度スマホに着信をかける。……出た!
『あ、太陽さん?』
「月夜、今どこにいる? 世良さんや瓜原さんと一緒か?」
『今から帰る所です。海ちゃんも木乃莉も最後の仕上げをやるって残ってて。でも主役は帰って休めって言われてるので』
「そうか。じゃあ一緒に帰ろうか。下駄箱で待っててくれるか?」
『え、でもクラスで騒いでるんじゃ……お兄ちゃんから遅くなるってメールあったし、水里ちゃんも……』
「そうだね。でもいいや。今会いに行く」
通学カバンを背負い、階段を降り、昇降口へと出る。
月夜がいた。栗色の髪は夜になっても美しい。
僕の姿を見て月夜はゆっくりと手を振る。
「太陽さん、お疲れ様でした。喫茶店はどうでした?」
「何とか売り上げ達成できたよ。本当に月夜達みんなのおかげだ」
「お役に立ててよかったです」
10月も下旬にさしかかり、夕方になると気温も下がり冷え込んでくる。
薄いコートが必要かどうか悩む時期だ。
月夜の様子に変わった所はない。でも喫茶店での仕事やミスコンで疲れているのは間違いないと思う。
「ミスコンは惜しかったね。僅差とは聞いたけど」
「もう水里ちゃんがずるいですよ。先にミスターになったお兄ちゃんと2人で催しみたいなのするし……」
「そうだったんだ。それはそっちに入ってもおかしくないな。月夜は何をやったんだ?」
「明日の劇のデモですね。私としてはクラスの劇の方が大事だったので……」
確か月夜のクラスは演劇でお姫様役だったっけ。月夜がお姫様の国だったら是非とも住んでみたいものだね。
そうなったらこうやって隣で帰ることはできないんだろうけど。
神凪家まではまだ距離がある。月夜は時々、まぶたが重そうな場面が見られた。
「疲れているよな。今日はいろいろあったし」
「ははは、そうかもしれません」
「喫茶店で無理させすぎたな。ごめん」
「楽しかったですよ。来年は喫茶店をやるのもありですね。その時は太陽さんがお客様で来てほしいな」
「当たり前だ。何回も通うよ」
「その時はオムライスを私が作って食べさせて……」
「月夜!」
足がもつれて倒れそうな所を何とか支え上げた。やっぱり予想以上に疲れてるんだな。
あ、ちょうどいい。確かちっちゃな公園にベンチがあったはずだ。
「ご、ごめんなさい。もつれちゃいました」
「気にすんな。僕が責任をもって連れてくから」
「太陽さんは優しいです……本当に」
「優しいとかじゃない。普通だよ、そんなこと」
月夜を支えて、公園のベンチへと座らせた、これで少しは回復できればいいんだけど……。
月夜の顔が持ち上がる。
「1位になれなくてごめんなさい」
「え」
「太陽さんが応援してくれたのに」
「べ、別に1位になれなくたって僕は……」
「そうですね。私もそう思ってました。水里ちゃんが勝ったのも嬉しかったですし」
月夜はとろんとした瞳でゆっくりとした口調で話を続ける。
僕は月夜の肩を支え、聞き続けた。
「1位になったらお願いを聞いてもらっておうって思っていたのに」
やっぱりそれか……。月夜の奥底にあったもの。
ミスコンも、明日の劇も、水里さんの勝ちもみんな嬉しいのに……そのお願いだけがしこりとなって残っていたんだな。
「そのお願い……今聞くよ」
「じゃあ……私を抱いてください」
月夜は起き上がり、僕の膝の上にどしんと乗って背中を預けた。
栗色の髪が顎にあたって、思わず息が荒くなる。
寝ているのか? それともちゃんと起きてる? 分からない。
「抱いてくれないんですか?」
「っ!」
二重の瞳がとろんしているのは間違いない。
頬をうっすら紅く染め、見上げるような月夜の顔は本当に綺麗でかわいい。
言われるがままではなく……僕は本当に月夜を両手で包み込んでしまった。
華奢な体だ。力を強くすると折れてしまいそうなほどだ。それでも僕は構わず力いっぱい月夜を抱きしめた。
「私が1位になったら……太陽さんに言うんです」
月夜はゆっくりした口調で言葉を繋いだ。
「太陽さんが好きだって……」
「知ってるよ……」
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