060 学園祭1日目②

「おい、俺の休憩はいつになるんだ」

「休憩はない」

「まさかブラック企業を超える横暴な世界がここにあったとはな」


 執事のエース、神凪星矢に休憩など不要。

 トイレとか飲み物とかはいつでもOKだからそれで何とかしてもらおう。

 大丈夫、君なら何とでもなるよ!

 星矢にペットボトルのお茶を渡す。


「客入りは多いのか?」

「美少年、美少女ってのが効いたみたいだな。客入りが半端ない」


 接客はみんなイケメン、美少女だもんな。少なくとも星矢と月夜を見れば誰もが納得するだろう。

 あ、そうだ。


「写真撮るからはいぴーす」

「ぴーす」


 嫌そうな顔するなぁ。こっちの方が星矢らしいんだけどね。


 星矢に料理を渡し、再度戦場へ行ってもらう。

 星矢がオムライスセットを持ち上げると同時に教室からこちらの部屋に入ってきたのは月夜だった。

 背中まで伸びた栗色でサラサラの髪が印象的なのに月夜の表情は重い。

 いつもニコニコしている印象だったが、気疲れをしたように目を沈ませている。


「大丈夫か?」

「ん」


 星矢の声に月夜は気だるそうに返事をする。そのまま僕の方へ視線を向ける。

 するとどうだろう。沈んでいた目が大きく開き、閉じていた口も開き、背筋も頭も全部が立ち上がった。


「太陽さん!」


 僕の知っているいつもの月夜であった。

 僕の側に月夜は寄ってきた。


「太陽さんはずっとここにいるんですか?」

「うん、しばらくこっちの担当だよ」

「月夜、体はいいのか?」

「うん! なんか疲れが取れた!!」


 それは僕の顔を見たおかげなんだろうか……いや、でもあの表情の変化は……さすがに嬉しい。いや、照れる。

 星矢は料理を僕の前に置いてしまった。


「太陽、腹減ってるだろ」

「え?」

「月夜、美味しくなる魔法ってやつをやってやれ。練習台」

「え、お兄ちゃん!?」


 星矢は大きく伸びをし、こちらに背を向けた。


「客には俺が話しておく。もう一回オムライスを頼めばいいさ。……ただ金はお前が払えよ」


 それだけ言って星矢は教室の中に入っていってしまった。


「あの……これは」

「じゃ、じゃあ太陽さん。どうしますか!」


 月夜さんがすでにケチャップを持って準備している。

 はえーなぁ。美味しくなる魔法って……確か文字を書いてもらうんだよね。


「定番は何になるのかな?」

「絵は時間かかるので文字ですね。ラ……LOVEとか」

「お、おお」


 結構重たいんだね……。是非とも……お願いしようかな。


「じゃあ、頼むよ」

「はい!」


 月夜はオムライスの上へケチャップを使って文字を書いていく。

 しかし、栗色の髪にヘッドドレス。胸の膨らみが分かるほどボディラインが見えやすいメイドドレス。白のエプロン……。完璧だなぁ。

 潤った二重の瞳に鼻柱も少し紅くさせ、愛情を持ってオムライスにケチャップを書いていく。

 本当に……かわいいな。


「……おいしくなーれ」

「もっと大きな声で言ってよ」

「それはサービスに入ってません!」


 完成したLOVEの文字。僕はカメラではなくスマホの方のカメラで撮った。何となくこっちに残したくなかった。

 スプーンをっと思ったらそれは月夜に奪われる。


「え?」

「これはサービスです……」


 月夜はオムライスをスプーンで崩して、卵とライスをスプーンですくい……僕に差し出す。

 つまり……食べさせてくれるというわけか。

 月夜もかなり顔が赤いが……僕の方が赤くなってると思う。しかし魅力に抗えず……口を開けた。

 月夜の差し出したスプーンが僕の口内に入り、ケチャップの味がした。


「もう……口にケチャップついてますよ」


 そのまま、紙ナフキンで僕の口元を拭い去った。

 このサービスはやばすぎだ……。


「じゃあ、私は戻りますね。ゆっくり食べてください」

「え、休憩は!?」

「もう休憩できました。エネルギー満タンです!」


 月夜は満面の笑みでそのまま教室の方へ戻っていった。


「は……はぁ……」


 大きなため息をついてしまう。破壊力強すぎだろ。あんなのされたら誰もが好きになってしまうじゃないか。

 まだ心臓が痛い。くそ……僕はどうしたらいいんだろう。抑えつけた感情が芽生えてくる。

 今度は教室から北条さんと九土さんがやってきた。


「私がそんなメイド服、似合うわけないでしょ!」

「そんなことはないぞ火澄くん。さぁ私のメイド服と交換するのだ」

「もうー! って山田何してんの!」


 2人が気付いて僕の方に近づいてくる。この状況を見られたらよくないのかもしれない。

 ……しかしうまく頭が回らない。


「あんたね!」

「……あのさ、メイドのサービスに料理を食べさせてもらうとか汚れた口を拭いてもらうとかあるの?」

「あ、あるわけないじゃん」


 北条さんは口調を強めに言う。そうだよね……あるわけないよね。


「ふむ、さっき月夜くんが通りがかったが……あれだな太陽くん、これは深く聞かねばならんようだ」

「洞察力高すぎでしょ……。勘弁してよ」


 それから九土さんに根掘り葉掘り聞かれて大変な目にあった。


 そして舞台は夕方へと進む。

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