002 散歩

 僕の家は犬を飼っている。といっても由緒正しい血統書があるわけでもない。親戚からもらった雑種である。世話は母と妹がやっているが散歩はもっぱら僕の当番だ。

 入院で最近できていなかったからちょうどいい。

 動きが活発な小型犬である太郎のリードを操作する。夏はやっぱり暑いなぁ。でも風が来ると気持ちいい。


「太郎、今日はいい天気だな」

「アン!」

「こんな日は綺麗な女性と出会いそうだなぁ」

「あ、太陽さーん!」


 本当に出たよ。

 川沿いを歩いていると道路側から神凪月夜かみなぎつきよが手を振って走ってきた。

 背中まで伸びた栗色の髪が揺れ、美麗な顔立ちはじっと見るだけで顔が赤くなってしまいそうだ。


「アン!」

「お、おい太郎!」


 太郎は反応して妹ちゃんに向かって走り出してしまう。突如現れた彼女の可愛さに見惚れてリードを外してしまった。

 太郎は妹ちゃんの胸に飛び込みペロリと顔を舐める。大きい犬ではないから大丈夫だと思うけど。彼女は太郎を抱え込んだ。

 くそっ、何と羨ましい。


「もう、甘えん坊だなぁ。かわいい!」


 犬とじゃれ合う妹ちゃんの方が可愛いよ!

 なんてことは絶対言えない僕。見ているだけで眼福です。


 ひとしきり甘えた後、リードを妹ちゃんに持ってもらい僕達は川沿いの道を歩く。


「この子が太郎ちゃんなんですね。お兄ちゃんから聞きました」

「あいつにも飛びかかってたなぁ。神凪兄妹が好きなのかな」

「太陽さんと一緒ですね」

「そうだね。僕も兄妹が好き………って何言わすんだ」

「ふふっ」


 年下にからかわれるとは不覚。でも間違いではないから否定はしない。

 妹ちゃんは小首をかしげて僕の方を見る。本当にどの角度から見てもかわいいよなぁ。


「妹ちゃんは犬、好きなの?」

「好きですよ。やっぱり可愛いですよね。」

「そうだね、太郎を抱えている妹ちゃんはすごく可愛く見えたよ」

「えっ!? そ、そんなに可愛く……み、見えま……したか」

「あわわわわわ、い、言い方間違えた」


 発言にぞっとし僕の顔は熱を持つ。真っ赤になっているかも。

 そういう意味だけどそういう意味じゃない。

 妹ちゃんも顔を緩ませ、頰を赤くさせていた。

 確かにめちゃくちゃ可愛かったけど言葉に出してはいけなかった。


「ずっと持ってもらったら悪いね!」


 僕は思わず、妹ちゃんからリードを奪い取ってしまう。

 その時……柔らかな手の感触で思わず時が止まった。


「「あっ」」


 妹ちゃんと僕の手のひらが触れ合って人肌の温かさを感じる。思わず両者手を取り外してしまった。


「ご、ごめん!」

「い、いえ」


 妹ちゃんは顔を背けている。

 女の子って柔らかいのな……ってかちっちゃかった。

 手に触れたくらいでこんなになっちゃうなんて……本当に恋愛経験ないのがつらい。16年間……ってか最近まで彼女どころかまともな女友達もいなかったからなぁ。

 リードはまだ妹ちゃんが掴んだままだ。構わず取ればよかった。


「リード渡しますね」


 熱が冷め、呼吸も落ち着いてきた。妹ちゃんの表情も安定している。

 僕は手に触れないようにリードを指で掴もうとする。


「なんですかそれ」

「え?」

「ちゃんと掴まないとダメですよ。て、手を握ってください!」


 え、ええ? リードをもらうだけなら指でいいじゃないか!

 妹ちゃんは頑なにそれを断った。

 何を言っても首をふってちゃんと手を握ってくださいという。

 どうしてそんなに……。僕はあの時のことを思い出す。


 私ね……太陽さんのこと好きになったかもしれない。


 まさかね。僕は気を取り直して妹ちゃんの右手を掴んだ。

 リードを渡して……くれない!?


「あ、あのー」

「もうちょっと、もうちょっと……」


 何がもうちょっとなの!?

 妹ちゃん、何かすごく顔赤くなってるよ! ちっちゃな手によって僕の手のひらが強い力で握られている。そして一瞬緩んだ、その時。


「アン!」

「おい、太郎!」


 その隙をついてリードはするりと抜け太郎は先へ走っていってしまった。僕は必死に追いかける。

 そして追いかける最中……妹ちゃんが僕の握った右手を頰に当て、何か噛み締めているような表情が一瞬見えたのだった。


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