第3話 カスピ海
「俊センパイ、部活に行きましょう!!!!!!!」
教室中に響き渡る大音量のオファー。あまりの声の大きさに、クラスメイトたちは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で声のほうに目をやっている。
声の主は、彼らの視線なんてお構いなしに俺の元へ歩を進める。
「さあセンパイ、部活に行きますよ!」
やがて彼女は俺の元に至ると、腕をホールドして強引に連れ出そうとしてきた。
「ちょっ……おい、引っ張るなって」
「ダメですよセンパイ、このままじゃ遅刻しちゃいますから」
「まだまだ時間に余裕はあるだろ。そんなにして急がなくても……」
「ボクはセンパイと一秒でも長くいたいの! 他の人間にセンパイを拘束されちゃうなんて、絶対に嫌だもん!」
腕がより一層強く締めつけられる。
「わかった、わかった! 俺も一緒に行くから、腕を解放してくれないか?」
「わーい! それじゃあセンパイ、ボクがちゃんとリードしてあげますから、ついてきてくださいね!」
「ダメだ俺の話を聞いてないなこれ」
彼女は上目遣い×キラキラ笑顔で言うと、物理的に俺をリードしてきた。男女共同参画社会においてなんとも頼もしい女性像である。気が付けば俺は教室のドアまで移動していた(正しくは「移動させられていた」だが)。
「ちょっとアンタ、やめなさいよ。俊が嫌がってるでしょう」
するとそこで、見るに見かねた紅が口を開いた。
「アンタ、毎日のようにウチのクラスに来襲しては、俊を振り回してるじゃない。少しは他人の迷惑も考えなさいよ」
紅に説かれる我が後輩。しかしそれは逆効果だったようで。
「はぁ? なに言ってるんですか? ボクはただ、俊センパイが他の人間に汚されないように守っているだけですよ」
「アンタこそ、言ってることが意味不明だわ。『俊が汚される』なんて訳のわからないことを。第一、アンタは俊にとってただの後輩なんだから、わざわざアイツを守る必要なんてないのよ」
「ただの後輩なんかじゃない! 俊センパイはボクのもので、ボクは俊センパイのものなんだから! ボクたちの邪魔をするヤツは、誰であろうと許さない!」
ダメだ、完全にヒートアップしちまってる。このままじゃマズいことになるな。手遅れになる前に、俺が止めるしかない。
「紅、俺なら平気だ。今日はコイツと一緒に部活行くから」
「俊……。アンタ、本当にお人好しね」
「ほらー! やっぱりセンパイはボクと一緒にいたいんですよね?」
「あーはいはい、そういうことにしておくわ。さっさと行くぞ」
「はーい!」
俺は紅にそう告げると、教室を出て部活に向かった。
まだまだ長い一日になりそうだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……んで、そろそろ腕を離してほしいんだが」
「えー? なに言ってるんですかセンパイ。センパイはボクとずっと一緒がいいんですよね?」
「ううん、ソンナコトナイヨ」
「またまた、嘘ばっかり言っちゃってー。照れ隠しするセンパイもかわいいけど、今じゃツンデレなんて人気出ませんよ。ま、ボクとしてはセンパイが人気者じゃないほうが都合がいいんですけどね」
「いや照れ隠しとかではなく。さっきから道行く人の視線が痛いんだよ」
部活に向かう道すがら。俺はいまだに後輩に腕をホールドされていた。すれ違う人たちに白い目で見られて、おかげでこっちは赤面状態。まあコイツにとっては他人の視線なんて眼中にないんだろうけど。
「いいじゃないですかセンパイ。ボク、今日はまだ一度もセンパイとおしゃべりできてないんだから」
「んあ、そういえば
「そうなんですよ! なんか先生が『補習だ』ってうるさくて、センパイに会いにいけなかったんですよ!」
「いや待てまだ5月だぞ。しかもお前は一年生じゃないか。入学して1カ月でもう補習してんのか?」
「もう、ホントに意味わかんない! 一刻も早くセンパイのところに行きたいのに、先生がなかなか解放してくんないんだもん。ボク、危うく先生のこと壊しちゃうところだったよ」
「そうそう、誰しも束縛を嫌うものなんだよ。だからな香澄、俺のことも解放しておくれよ」
「だから会えなかったぶん、こうしてセンパイにたくさん甘えるんだー!」
「うん、聞いてないね」
さっきから俺をつかんで離さないコイツの名前は
「くんくん、くんくん……はぁー、センパイの匂い、久しぶりだなぁ」
そう言って俺の胸元に顔を
「ちょっ……おい、なにやってんだ。さすがにそれは恥ずかしいからやめてくれっ」
「やめませんよー。すりすり、すりすり……」
「こら、離れろ……!」
なおも密着してくる香澄を、俺は必死に制御しようとする。すると、それまでびくともしなかった香澄の動きが止まった。やっと言うことを聞いてくれたか……そう思っていると──
「……でもちょっぴり他の女の
突然、香澄の声のトーンが下がった。
「な、なにバカなこと言ってんだよ。俺が女の子と接触するようなこと、あるわけないだろう……」
言えない。言えるわけがない。「今朝、葵ねぇに抱きつかれちゃったんだ☆」なんて口が裂けても股が裂けても言えない……!
「本当に?」
香澄は「ぎろり」という文字が浮かんで見えるんじゃないかってくらい、俺を
「ほ……本当だって。匂いなんて、いつもと変わらないだろ?」
睨む香澄とひるむ俺──さしずめ蛇と蛙と言ったところか。対面する香澄を相手に、俺は必死にごまかすことしかできない。
もはやここまでか……そう諦めかけていると。
「ですよねー。センパイはボク以外の女に興味ないですもんね! ふふん……すりすり、すりすり」
俺の思いが届いたのか、香澄は一転してぱっと笑顔を咲かせた。
「そ、そうだぜー。香澄ってば、疑い深いんだぜー。あはははは」
安堵から、俺はアホみたいな口調で乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
「くんくん、くんくん……あれ? でもセンパイ、ちょっとGG臭いですよ」
「それはもういいからっ」
そうこうしているうちに更衣室の前に到着。運動部の部員は、ここで着替えてから練習場に向かうのが原則となっている。俺も更衣室で着替えることにしているから、香澄とはここでいったんお別れだ。ようやく香澄から解放されるぜ……。
「んじゃ、また後でな」
俺はそう告げ、香澄から離れると更衣室に向かった。向かったのだが、
「センパイ、どこ行くんですか! 俊センパイはボクと一緒に着替えるんですよ!」
声がしたかと思うと、俺の腕はまたしても香澄に引っ張られていた。
「はぁ!? 一緒に着替えるって、そんなわけないだろっ!」
俺は意地でも一緒に着替えまいと、負けじと男子更衣室へと歩んだ。
「ほらセンパイ、早く着替えないと遅刻しちゃいますよ」
しかし、俺は抵抗するどころか一歩を踏み出すことすらできない。香澄にとって、俺のパワーなんて微々たるものなんだろう。俺がどれだけ全力で前に進もうとも、香澄がそれ以上の力で俺をつかんでくるから、足が空を切る状態なのだ。
「くっそ……なんちゅう怪力だよ」
必死にもがく俺に対して、香澄は楽しそうにしている。まるでお母さんと手をつないで散歩する女の子のようだ。
「……ってそっち女子更衣室じゃねぇか! 無理だぞ、俺は絶対に入らないからな!」
「えー? でもそれじゃあ一緒に着替えられないですよ」
さも当然のように女子更衣室に連行しようとしているよこの娘。それだけはなんとしてでも阻止せねば……!
「ほ、ほら、俺が女子更衣室に入ると、他の女の子の着替え見ることになっちゃうぞ……?」
「大丈夫です。センパイには目隠ししてもらいますから」
それって一緒に着替える意味あるのか?
「あー、でもさ、他の女の子が俺のあられもない姿を見るんだぜ。香澄はそれ許せるのか?」
「うーん……そう言われてみると、絶対に嫌です」
「だろ? ということで俺は男子更衣室で着替えるから!」
「じゃあ女子トイレの個室で着替えましょう!」
「お願いだから言うこと聞いてっ」
「バトルしようぜ!」みたいなノリで言ってきたよこの娘。メガトンパンチ級のフットワークだな。
そうしている間にもずるずると身体は引きずられていく。ちくしょう……このままでは俺の学園生活が強制シャットダウンだ。しょうがない、かくなる上はさほど禁断でもないあの手を使おう。
「あ! 見ろ、香澄! あんなところで俺が知らない女の子とラップバトルしてるぞ!」
「殺すっっっっっっっ!!!!!!!」
瞬間、香澄は血眼になって俺が指差したほうへ走っていった。いや、正確には「走っていったんだろう」としか言えない。気づいた瞬間には轟音とともに姿を消していたからだ。あの一瞬であれだけの音とスピードを生み出すんだ、彼女はもしかしたら新時代の兵器なのかもしれない。
「とりあえず、なんとか解放されたな……」
俺はため息交じりに更衣室に入る。なんかもう疲れちゃったよ。これから部活だってのに。
これが俺と久我 香澄の日常だ。嵐のようにやって来ては、災害級の怪力で俺を振り回す。これじゃあ命がいくつあっても足りないぜ。
……頼むからそんな羨ましそうな目で見ないでくれ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「アップ始めます!」
「はい!」
部長のかけ声を皮切りに、俺たちはグラウンドをジョギングする。ウォーミングアップに始まりクールダウンに終わる、これがウチの部のしきたりだ。
「体操します! いーち、にー、さーん、しー」
「ごー、ろく、しーち、はーち」
そうやってグラウンドを3周ほど流したら、次は準備体操だ。このへんをサボって手を抜くと、ケガに繋がり痛い目を見ることになる。小事は大事というわけだ。
「次、ウインドスプリント!」
「はい!」
ここまでくると、俺が何部に所属しているのか予想がつく人もいるのではないだろうか。何を隠そう、八十崎 俊 a.k.a. 俺は陸上部に所属しているのだ!
……え? 「オタクのくせに運動部なんて生意気だ」?
笑止。現代のオタクの中には運動部に所属してバリバリにスポーツしている者も多い。俺もその一人だ。普段はアニメやらゲームやらにお熱だが、部活は真面目にやっている。こう見えても俺はそこそこ優秀な選手で(自分で言うな)、都内でもちょっっっっっぴり名の知れた存在でもある。
……まあ、この部にはそれ以上の怪物がいるんだが。
「香澄ちゃん、本当に速いね~」
「あれで本気の70%くらいっていうんだから恐ろしいわー」
「しかもフォームも綺麗だ。身体がまったくブレてない」
「さすがは全国区の選手だね」
部員の口々から発せられる香澄を称賛する声。それも同級生だけでなく、3年生の先輩も口を揃えるほどに。入部してたった1カ月で、すでに部員全員から実力を認められているという異例の事態。それもそのはずで、香澄は中学生時代から全国大会で優勝している正真正銘の天才。陸上界でその名を知らない者はいないほどの麒麟児で、すでに国からお呼びがかかっている神童だ。だからそんな「約束された勝利の剣」みたいなヤツがこんな中堅校に入るとなったときはいろいろと波乱を呼んだ。
「まったく、どうしてこんな学校に入ったんだろうな」
香澄の練習姿を見て俺は声を漏らす。まあ、なんとなく理由はわかっているし、それで俺もお偉いさんからずいぶんと釘を刺されている。中学卒業のとき、部を後にする俺に「絶対に後を追う」と言っていた香澄の顔が思い出される。
「それじゃあ、ここで休憩。その後はスタートダッシュやるよ!」
「はい!」
ここでいったん休憩のようだ。俺も練習をストップして身体を休める。
水分を
「センパイセンパイセンパイー! 大好きですよセンパイー!」
猛スピードでこっちに向かってくる神童に公然と愛の告白をされた。
「センパイ、休憩ですか? ならボクも一緒に休みます!」
一番休ませてくれなさそうな存在が言った。
「あ、ジャグ飲むんですね。じゃあボクが注いできますよ!」
「いやいいよ。そんなの後輩にやらせることじゃないだろ」
「遠慮しないでくださいっ。ちょっと待っててくださいね」
そう言うと香澄は持ち前のスピードで駆けていった。
「お待たせしました!」
「早っ! 居酒屋かよ」
居酒屋行ったことないけど。
ふと、香澄の手元を見ると手にしていたコップは一つだけだった。
「あれ? 香澄は飲まないのか?」
「一緒に休む」って言ってたから、てっきり香澄も飲むのかと思った。なんだか悪いことをしてしまった。
「いや、ボクも飲みますよ」
「? でもコップひとつしかないじゃないか」
「ひとつで十分ですもん」
おや……? なんだか嫌な予感がするぞ。ここは面倒なことになる前に先手で阻止する……!
「あ、同じコップで飲むのは却下で。ウチの事務所、間接キスNGなんで」
「大丈夫です! 間接キスなんかしないので」
お、悪い予感が外れてくれたかな? 俺は内心ほっとする。
「口移しで直接飲ませてあげるので!」
「待て待て待てい!!!」
それは間接キスよりアカンやつや! 直接キスや! ただの接吻や!
「口移しなんてするわけないだろ! お前はアホか!」
「えー! ボクはセンパイとキスしたいよー!」
「声がデカい! ていうか水を飲ませてくれるんじゃなかったのか? キスがメインになってるじゃねーか!」
「細かいことはいいじゃないですかー。ボクとセンパイがキスするだけですよぉ」
「それが一番問題なんだろ!!」
日本陸上界のホープ、足りてんのか糖分?
「ほは、へんはいほふひをあへへ(ほら、センパイも口を開けて)」
「なんで準備万端なんだよ!」
口に水を含んでしゃべる香澄。どうやらあちらは本気らしい。有言実行というのも考えものである。
「はいへんはい、あーん(はいセンパイ、あーん)」
「結構ですー。それは自分で飲みなさい」
俺はそう言って香澄の口を無理やり閉じた。俺が反撃するとは思わなかったのだろう、
「げほっ、げほっ。センパイ、いきなり口を閉じるなんて……」
「あ……すまん、少しやりすぎたか?」
むせる香澄を見て、さすがに今のはよくなかったかなと思慮する。
「せ、センパイに無理やりごっくんさせられちゃった……えへ、えへへ、えへへへへへ」
なんか
「センパイに
ヤバい、完全にイっちゃってるよ香澄はん。さっきからうっとりしちゃって一歩も動かないし、俺の声も聞こえてないっぽい。うーん、どうしよう。こうなったら……。
「とりあえず放置で」
俺は
「センパイ……俊センパイ、もっとボクを犯してくだひゃい」
……放置して正解だったかな?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「それじゃあストレッチ! それが終わったら片付けして今日の練習は終了!」
「はい!」
最後のメニューはストレッチ。練習でいじめぬいた身体をケアしてやるのだ。
「俊センパイ、ボクとストレッチやりましょう!」
「お、いいぞ。今日も一緒にやるか」
「やったー! とことん追い詰めてあげますからね」
「なんでだよこれストレッチだから」
ストレッチは二人一組で行う。去年はタメの部員と組むことが多かったが、香澄が入部してからは毎回お誘いがくるので一緒にやることにしている。普段は怪獣のように俺の平穏を荒らす香澄だが、部活は真面目に取り組んでいるので邪険にすることもないだろう。
「それじゃあ押すぞ」
「ばっちこいですっ。遠慮なく押しちゃってくださいね」
「では遠慮なく」
前屈する香澄の背中を後ろから押して補助してやる。俺は日頃の恨みつらみを込めてわりと容赦なく背中を押すが、香澄の柔軟性の前では無駄な抵抗だった。頭は固いくせに。
「センパイ、ボクのカラダに触れて欲情しちゃってるんじゃないですか?」
「急になんの根拠もないことを言うな」
「えー? こうやって後輩女子の身体に触れられる機会なんて、一生にあるかないかなんですよ? なのにセンパイ、ムラムラってしないんですか?」
「お前とはもう長いからな、今更そんな目で見とらんよ」
「そんなぁー。それってボクをオンナとして見てないってこと? むぅ……俊センパイのアンポンタン。ぶーぶー」
「怒り方が古いな」
──ってクールに流してるけど、香澄がそんなこと言うから意識しちまってるのが本音だ。鍛え抜かれたスレンダーボディ。練習で火照ったその肌に触れるたび、変な気を起こしそうになる。加えて二人一組で行うストレッチだ、自然と香澄との距離も近くなる。そうするとだ、感じちゃうんだよ、女の子の匂いを。練習後だってのに全然汗臭くなくて、むしろフレグランスなんだよ。ありえない? ありえるんだよ。
「センパイ? なんか押す力弱くなってません? もっと強くしちゃっていいんですよ?」
「あぁ、すまん。ちょっとボーっとしてた」
「ははん、さてはボクのグラマラスボディに悩殺されちゃったんですね!」
「それはない」
香澄の胸元はいたって普通の更地だ。高層ビルもなければ大きなお山さんがあるわけでもない。グラマラスとは対極ということだ。
とはいえ、普段なら感じることのない香澄のフェミニンな部分に、クラっときたのは本当だ。絶対言わないけど。
「じゃあ今度はボクが押してあげますね!」
「お手柔らかによろしく」
「せいやーっ!」
「痛ぇーよ! 強く押しすぎだバカ。あと大乱闘に参戦する剣士みたいな野太いかけ声やめい」
「もー、センパイ
「お前の結婚相手のハードル高いな」
そんなこんなでいつも通りストレッチをこなしていく。まわりの部員たちにニヤニヤされながらも、当たり前みたいに部活をしている。そんな光景を思ったのか否か、香澄が口を開いた。
「センパイ……ボク、部活が楽しいです。センパイとこうして話せるのも楽しいし、みんなと一緒に練習するのも楽しい。きっとあのとき、センパイに出会って部活に入ってなかったら、ボク一生笑えてなかったと思います。だからセンパイ……ボクは本当に幸せ者ですよ」
「……そうか」
いつになく神妙な、それでいて穏やかな口調で言う香澄。俺は視線だけ香澄のほうにやるけど、いまいち表情はうかがえない。
「なあ香澄……」
「なんですか、センパイ」
「……いたい」
「へ?」
「痛いっ! 押しすぎ押しすぎっ」
「あ、すみません、ボーっとしてました」
「早く戻して! じゃないと俺の脚が折れちゃう」
「そしたらボクが一生面倒見てあげますね!」
「楽しそうな顔すんなー!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「よっしゃー、片付けも終わったし、着替えて帰るとするかー」
俺は一日の疲れを発散するように伸びをして、更衣室に向かう。
「センパイー! 今度こそ一緒に着替えましょう!」
「きみは もうすこし がくしゅうしようね」
俺は香澄を軽くあしらって更衣室に入った。
今こそ、俺の電光石火の早着替えが光る場面だ。速攻で着替えれば香澄につきまとわれずに済むだろう。俺はものの数分で帰り支度を済ませると、部活仲間に挨拶して更衣室を後にした。
「あ、センパイ! 思いの外早かったですね」
「的確にフラグ回収すな」
やっぱりと言うべきか、更衣室を出た先には香澄がいた。まあいつもこんな感じだから、半ば諦め気味だったんだけど。
「さあセンパイ、帰りますよ!」
「基地に帰投するのか? それとも星に
「ボクたちの愛の巣に決まってるじゃないですかー!」
「そんなものはありません。暗黒大陸みたいなこと言うんじゃないよ」
とか言いつつも、部活がある日は結局香澄と帰るハメになることが多い。今日もなんだかんだ途中まで一緒に帰ることになるんだろうな……これまた諦め気味で俺は思った。
「それじゃあ、出発進行! 目的地は愛の巣でーすっ」
香澄は俺の腕をしっかりホールドすると、元気よく歩き出す。「特急 愛の巣行き」とかいう暴走列車に乗り合わせた俺は、おとなしく連行されていくことにした。すると──
「あ、俊ちゃん、部活動お疲れ様」
声がした。
「今日は一緒に登校できなかったから、迎えに来ちゃった」
姿が見えた。
「さあ、お姉ちゃんと一緒に帰りましょう♪」
葵ねぇが、そこにいた。
普段ならとっくに家に帰っているはずの葵ねぇが、俺を待っていた。
──ぞくっと、背筋が凍った。なぜか、この状況で葵ねぇと
「お前、どうしてここに……」
明らかに攻撃性を露わにする香澄。その目は鋭利で、爪は俺の腕に食い込んでしまっている。
「どうしてって……俊ちゃんを迎えに来ただけよ」
対する葵ねぇも、いつもの穏やかさはどこへやら、その声に温度が感じられない。
「黙れ……」
「……おい、香澄?」
まるで別人のような香澄に、俺は声をかける。しかし、それは届いていないようで──
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ」
殺伐とした帰り道で
「今すぐボクの視界から消えろっっっっっっっ!!!!!!!」
火蓋は切られた──
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