第2話 例えばこんな日常
「──ちゃん、しゅんちゃん」
髪の毛がくすぐったい。まだ朝だってのに、誰かいるのか?
「……ちゃん、起きて。朝ごはん、できてるわよ」
……いや、誰がいるのかは明らかか。毎朝発生するイベントなんだし。
「俊ちゃん、学校に遅刻しちゃうわよ」
とか言いつつ、俺の髪の毛を撫でてくれる。そんなことされたら、余計に眠たくなってしまう。
「もう、俊ちゃんったら、甘えん坊さんなんだから。よしよし、よしよし……」
あぁ、心地よい……。このまま二度寝してしまおうか。
「このまま俊ちゃんが起きないというのなら……」
……ん? なんだかベッドがもぞもぞするような。それに全身があったかい。
あれ? 髪の毛だけじゃなくて、上半身もくすぐったくなってきたぞ。
「ん、くすぐったい……」
頭部を出発した快感は、上半身を経てさらに下へ下へと向かっていく。あっ、ダメだって、それ以上は……。くすぐったくて、変な気分になる、あああっ……!
「……お姉ちゃんが、俊ちゃんを食べちゃおうっと♪」
「覚醒!」
俺は覚醒した。目が覚めたという意味の覚醒だ。決して変な意味ではないぞ。
「葵ねぇ、朝からなにやってるの! ……って、ベッドに潜り込んでるし!」
「ナニって……もう、俊ちゃんったら朝からお盛んなんだから。俊ちゃんがその気なら、お姉ちゃん、今からでも準備万端だけど……」
顔を赤らめていらっしゃる。今日も葵ねぇは絶好調らしい。
こんな調子で葵ねぇが毎朝起こしてくれるので、俺はアラームをかけていない。おかげさまで気持ちのいい(いろんな意味で)目覚めである。
「よいしょ、っと」
俺はベッドから身体を起こすと、机のほうに視線をやる。
「やっぱりまりかはいないか……」
一晩明けてもしかしたらって思ったんだけど、さすがに棚ぼたとはいかないか。
朝から気分がへこみかけるが、いつまでもこのままでは学校に遅刻してしまう。さっさと着替えて朝食にしよう。
「……で、葵ねぇはいつまでそこにいるの」
「いつまでって、俊ちゃんの着替えが終わるまでよ」
「でも葵ねぇがいたら着替えられないよ」
「それじゃあこのまま永遠に二人きりね」
「にこにこ笑顔で怖いこと言わないで」
「じゃあじゃあ、お姉ちゃんがお着換え手伝ってあげる」
「いつも一人で着替えてるんだから、平気だよ」
「うぅ……。じゃあじゃあじゃあ、せめて脱ぎたてのパジャマの匂いを──」
「あ! あんなところで大量の俺が上裸で花札してるぞ!」
「え!? どこどこ、見たい見たい!」
シュパパパパッ!
「うーん? 俊ちゃん、どこにも見当たらないよ……って、あ! 俊ちゃん、もう着替え終わっちゃってる!」
もはや恒例行事となっている一連の流れ。葵ねぇは俺を起こしにくると、決まって着替えを手伝いたがる。俺はその対策として、こうして電光石火の早着替えを習得したというわけだ。ちなみにズボンから先に着替えるのがミソだ。
「んじゃ、先にリビング行ってるね」
「うぅ……今日も俊ちゃんのお着替え見られなかった」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はい俊ちゃん、ガーリック餃子よ」
「ちょっと待っていきなりなに」
「なにって、今日の朝ごはんよ」
「朝から餃子!?」
しかもガーリック餃子ってなんだよ。略してGGじゃん。え、餃子ってすでにガーリック入ってるよね。そこにガーリックで味付けしたの? 頭痛が痛い的な?
「ほら、俊ちゃん昨日から元気なさそうだったから、精がつくものをと思って」
「なるほどね~」
なるほどじゃないわ! 朝から餃子はさすがに応えるぞ。
「俊ちゃん、はい、あーん」
「あーんじゃない。自分で食べるから」
「うぅ……最近俊ちゃんが冷たいよぅ」
「冷たくありません。第一、朝からあーんしてもらってたら学校に遅れちゃうよ」
そう言いながら俺はガーリック餃子なるものに箸を伸ばす。
「どう、おいしいかな?」
「……誠に美味でございます」
「よかった~。いっぱい食べて、元気になってね」
手を合わせて喜ぶ葵ねぇ。悔しいがやっぱり葵ねぇの料理は絶品だ。
「朝でもぺろりといけちゃいそうなくらい美味しいよ」
「えへへ、俊ちゃんに褒められた~♪」
「できれば夜に食べたかったけどね」
黙々と食す俺を、葵ねぇはにこにこしながら眺めている。動物園で飼育されている動物たちって、毎日のようにこんな気分を味わっているのだろうか。リスペクトである。
そうして俺がGGを食べ終わると、葵ねぇは思い出したように口を開く。
「っと、ごめんね俊ちゃん。お姉ちゃん、今日は早くに登校しなくちゃいけなくて」
「ん、そうなんだ。最近多いね」
「やらなきゃいけないことがたくさんあってね。俊ちゃんに歯磨きしてあげられないのは残念だけど、今日は我慢してね」
「いやいつも自分で磨いてるから」
ていうか、ニンニクの臭い取れるかな。
「じゃあお姉ちゃん、先に行くね。戸締りよろしくね」
「うん、後のことは任せてよ」
そう言って俺は、家を後にしようと扉に手をかける葵ねぇを見送る。すると葵ねぇは、なにかを思い出したかのようにこちらに振り返る。忘れ物かな? そう思っていると──
「俊ちゃん、ぎゅーっ」
「っと、葵ねぇ……」
葵ねぇがいきなり俺に抱きついてくる。……いや、いきなりってわけでもないか。
「とっても大切なことを忘れていたわ。今日も俊ちゃん成分を充電させてね……」
葵ねぇは俺の身体に顔を
この「充電」なる行為は毎日行われている。なんでも俺の成分を補給しているそうで。正直、実の姉とここまで密着するのもどうかと思うが、このときばかりは葵ねぇも真剣というか……なぜだか茶化す気分にはなれないんだ。それに、
「ぎゅー……っと。はい、充電完了! これでお姉ちゃん、今日も元気に過ごせるわ♪」
こうすると、葵ねぇは本当に元気になっているような気がして。俺としても邪険にすることができなかった。
「それじゃあ、俊ちゃん、いってきます」
「うん、いってらっしゃい」
笑顔で家を出る葵ねぇを見送る。扉が閉まり、訪れる束の間の沈黙。
こんな風に、穏やかな日々が続けば、それでいい。
「……さてと、俺も支度しなくちゃな」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
今日は平日。いつもは葵ねぇと一緒に登校することが多いから、一人で学園に行くのも久しぶりな気がする。たまにはそんな日があってもいい。なんて清々しい気分で家を出た瞬間のことだった。
「臭いっっっ!!!」
背後から俺に投げかけられた声。あぁ、よく聞き慣れた声だよ。開口一番、俺をイラつかせてくれるあいつの声だ。
「朝からずいぶんとご挨拶じゃねぇか、
「そんなわけないでしょ。これはそこに捨てるゴミよ。それともなに、アンタも一緒に捨ててあげようか?」
「残念でしたー。今日は燃えないゴミの日だから俺は捨てられませんー。けけけけけ」
「くさっ! ちょっとこっちに近寄らないでよ! アンタ、朝からGG食べたでしょ!?」
「ちょっと待てなんでお前がそれ知ってんだ!? ていうか、え? GGって流行ってんの? え、待って待って、俺そんなに臭いか? 超頑張って歯磨きしたんですけど」
「なんでJK口調なのよ! アンタからニンニクの臭いがプンプンするのよ。ほら、しっしっ」
「えー、つれないこと言うなよ。俺たちマブダチだろ、一緒に学校行こうぜ~」
「気安く触んなぁぁぁ!!!」
「痛い痛い! わかったから、ツインテールで攻撃すんな! 荒れた毛先が目に入るだろ」
「ちゃんとパソテーソしてるから大丈夫よ。見なさい、このキューティクルを」
「あーはいはい、キュートですね」
「は!? か、かかか、かわいいって……。急に変なこと言わないでよ」
「は? なに照れてるんだよ。俺は『乳頭』って言ったんだよ」
「死ねっっっ!!!」
「だからツインテールで攻撃すんな! そんなに怒って、カルシウム不足か? 『乳』だけに。だから身長伸びないんだよ」
「アンタを殺してアタシは生きるっっっ!!!」
「痛い痛い! ゴミ袋で叩くな! なんか突起物当たってるから!」
今日も愉快な一日が始まるみたいです。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……ったく、お前のせいで朝から疲れたぜ」
「それはこっちのセリフよ。しかもアンタと一緒に登校することになるとは」
「昔はよく一緒に学校行ってただろ。たまにはいいじゃねぇか」
「うっ、臭い……」
「まだ言うか!?」
朝から俺に噛み付いてきた金髪ツインテールと、隣を歩きながら会話を交わす。彼女の名前は
「そういえばアンタ、今日は葵さんと一緒じゃないのね」
「ああ、葵ねぇは先に家を出たよ。最近は忙しいみたいだからな」
「ふーん。アンタ、葵さんばっかりに家事やらせるんじゃないわよ。そんなんじゃ、いつまで経っても自立できないんだから」
「うっ……胸が痛む」
紅は、もちろん葵ねぇのことも知っている。そして俺が葵ねぇにいろいろと任せっきりなのも知っている。だから口を酸っぱくして「自立しろ」と言ってくるのだが、俺たちの過去を知る幼馴染として心配してくれているのだろうから、無下にできない。まあ自立もできてないんだけど。
「ったく……。まあ、葵さんも葵さんで過保護であることは否定できなけどね。昨日もやけに騒がしかったじゃない」
「ぎくっ! 聞こえてたのか!?」
「隣の家なんだし、窓を開けてたらなんとなくわかるわよ」
「そうか……俺の断末魔は届いていたか」
「……アンタ、死にかけでもしたの?」
なんて他愛もない会話をしているうちに学園に到着。下駄箱で靴を履き替え、クラスに向かう。
「ちょいちょい紅さん、いつまで俺に付きまとうつもりですか。はっ、まさかお前、俺のストーカーだったりして……?」
「ば、バカ言うんじゃないわよ!? ストーカーなんかじゃないわよ! 同じクラスなんだから、一緒になるのは当然でしょ」
「じゃあなんで俺の席まで付いてくる」
「アンタの隣がアタシの席だからでしょうがっ」
そう、紅とは家だけでなくクラスの席までお隣さん同士なのだ。しかもさらにびっくりなことに、紅とは幼稚園以来、毎年必ず同じクラスになっているのだ。これはもう運命を通り越して呪いの域である。
「誰が呪いですって?」
「呪いなんて滅相もない、俺は祝いって言ったんどすえ」
「ふーん」
紅は特に反応することもなく、諸々の準備を始める。え、なにその反応。なんか俺が一方的にフられたみたいで悲しいじゃないか。うえーん、うえーん。
なんて我ながらくだらないことを考えていると、背後からこれまた聞き慣れた声がした。
「相変わらずお二人は仲がよろしいですね」
「どなたですか?」
「どなたですかって! いきなりヒドいじゃないですか! 僕ですよ、僕!」
「えーっと、ボクボク詐欺ですか?」
「違いますよ! なんですかその若干謙虚な詐欺は!」
「ちょっと俊、知らない人と話しちゃダメって、お母さんに言われたでしょう」
「紅さんまで!? こんなヒドい仕打ちないですよ。週末会わなかっただけで、お二人は僕のことを忘れてしまったんですか……?」
「わかったわかった、思い出してみるから。えーっと……」
俺たちに声をかけてきたのは、黒髪にメガネといういかにも冴えない感じの男だった。彼の名は
「いやいやもっとあるでしょう! 僕たちの関係性とか」
「うーん、そうか? じゃあちょっとやってみるか」
コイツの名前は
「それただの俊君の主観じゃないですか! もっとちゃんと説明してくださいよ~」
「あぁ? ごちゃごちゃうるせぇぞ。文句があんなら自分でやれ」
「なんで急に
「いんじゃね? 自分のことは自分がよく知ってるんだし」
「そうですか……? それなら、やってみます……」
コホンと咳払いすると、茶助は口を開いた。
「僕は
キーンコーンカーンコーン
「ほら、チャイムが鳴ったぞ。小田原へお帰り」
「僕の紹介はぁぁぁっっっ!!!???」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
問題です。休み時間にすることといえばなんでしょう? 正解はソシャゲです。異論は認めん。
俺は早速ゲームをやろうと、ポケットからスマホを取り出し、ロックを解除した。すると、驚愕の光景を目の当たりにすることとなった。
「またか……」
「通知:210件」──スマホの液晶に映し出されたのは、メッセージアプリの通知件数。まだ午前中だってのに、尋常じゃない数のメッセージがあった。
「いったい誰がこんな大量のメッセージを?」なんて考えるのはナンセンスだ。だって送り主は、十中八九彼女なのだから──
葵ねぇ:俊ちゃん、今日は一緒に学校行けなくてごめんね
葵ねぇ:俊ちゃん、一人で歯磨きできた?
葵ねぇ:はぁ……早く俊ちゃんのお顔が見たいな
葵ねぇ:……俊ちゃん、既読が付かないみたいだけど、忙しいのかな?
葵ねぇ:俊ちゃん、どうして返信してくれないの?
葵ねぇ:はっ……もしかして、俊ちゃんの身になにかあったの!?
葵ねぇ:俊ちゃんお願い、返事をして! じゃないとお姉ちゃん、心配でおかしくなっちゃう……
葵ねぇ:俊ちゃん、俊ちゃん俊ちゃん俊ちゃん……
「葵ねぇ、今日はいつになく多いな……」
そう、メッセージの主は葵ねぇだ。これは今に始まったことではない。葵ねぇはその過保護さが災いしてか、俺と離れているときはこうやって大量のメッセージを送ってくる。今日は一緒に登校できなかったからだろうか、いつもよりメッセージの量も内容もおぞましいことになっている。
「まったく……こっちの身にもなってほしいもんだ」
とはいえ、無視なんてしたら後でどうなるかわかったもんじゃない。葵ねぇ、発狂でもしてしまうんじゃないか? とりあえず生存報告だけでもしとくか……。
俊:ごめん葵ねぇ。ちょっと忙しくてスマホ見れなかった。俺はなんともないから
葵ねぇ:俊ちゃん!!! よかった、無事だったのね。悪い女に振り回されてるんじゃないかって、とっても心配だったわ。俊ちゃんにはお姉ちゃんがついてるから、いつでも呼んでね♪
「相変わらず返信速いな……」
送ったと同時に返信が来たぞ。しかもこんな長文、よくもまあ瞬時に打てるもんだ。JKってすごい。
そうこうしているうちに休み時間が終わった。結局ログインすらできなかったよ『マジかレコード』。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
さーて、待ちに待った昼休み! 午前中はとっても頑張ったから、もうお腹ペコペコだお(#^^#) 今日はどんなお弁当だろぅ? すっごく楽しみだな☆彡
──みたいなテンションで昼休みを迎えられたら、どんなに幸せだろうか。残念ながら俺はそうはいかない。いや、昼休みが嫌いというわけではない。むしろみんなとおしゃべりしながらの昼食はにぎやかで好きだ。しかし俺には、昼休みを迎えるにあたり懸念材料があった。
「今日はどんな弁当だろう……」
俺は唾を呑む。皆さんもお気づきかもしれないが、毎日俺の弁当を作ってくれているのは葵ねぇだ。ということは──タダでは済まされないかもしれない。「かもしれない」というのは、常識的な弁当の日もあれば、そうでない日もあるということだ。
「今朝のGGの件があるからな……」
俺はつぶやきつつ、綺麗に
「これは……!」
目の前に広がるのはいわゆる三色丼。鶏そぼろ、玉子、鮭が均等に敷き詰められていて、美しい見栄えを呈している。しかし、そんなバエる三色丼を尻目に、問答無用で見る者の視線を盗んでいくパワーワードがあった。
「結婚しようね♪」
三色丼の上でこれでもかと主張する海苔文字。葵ねぇの愛情過多が如実に表れた、いかにも葵ねぇらしい弁当である。いや愛情過多で済ませていいのかこれ? どう考えてもそれ以上の本意を感じるな。これはどうやら今日はアウトの日っぽい。ていうか、よくもまあ「結婚」なんて画数の多い漢字を、海苔で造形できるもんだ。
「相変わらず、愛されてますね、俊君……」
「ああ、そうだな……」
俺の弁当を覗いて言う茶助に、間が抜けた返事しかできない。
「そういえば、今日はあの二人来ないですね」
「ん……、たしかにそうだな」
そう、俺が昼休みを懸念している原因は、弁当だけではない。毎日、昼休みになると、葵ねぇとアイツがウチのクラスにやって来るのだ。それはそれは気が気でないイベントで……想像するだけで疲れてきた。
「この時間になってもいないってことは、今日はもう来ないかもな。葵ねぇは忙しそうだし」
「そうですか……なら今日は三人で食べましょうよ!」
「(-_-)」
「露骨に嫌そうな顔しなでくださいよ! 紅さんも、今日は一緒に食べましょうよ」
「(^。^)」
「あれ、なんかちょっと嬉しそう?」
ということで、俺たちは昼食を共にすることになった。といっても、紅は俺の隣の席、茶助が紅の後ろの席なのでわざわざ移動する必要はない。俺たちは互いの席をくっつけ、卓を囲んだ。
「いや~、この感じ、なんだか久しぶりですね」
「そうね。いつもは
「なんか、スンマセン……」
会話を交わしながらも、俺は箸を進める。とりあえず海苔文字の「結婚」の部分は速攻で仕留めた。これでひとまず誰に見られても平気だ。
「おや……紅さん、またコンビニのパンですか? もっと栄養価の高い食べ物を食べられたほうが──」
「心配ないわよ。アンタはアタシのおかんか。最近のコンビニ食品は
「まったく……そんなんだから身長伸びないんだぞ。ほら、これやるから」
「いや海苔文字の『♪』の部分なんていらないわよっ」
「え~、マジでショックなんですけど」
「アンタはギャルか」
「はっ、そうでした……!」
突然、茶助が血相を変えて俺のほうに向き直った。
「なに、俊ってホントにギャルなわけ?」
「違いますよ! 先程の『マジ』で思い出したんです。俊君、まりか嬢はどうなったんですか! たしか昨日届くと言ってましたよね!?」
「あぁ……」
そういえば昨日、茶助にまりかの写真送るの忘れてたな。でもどうしよう。「まりかは消えた」なんて言ったら、コイツ発狂するぞ。オタクは怖いからな。
「まりかは消えたよ」
めんどいから真実を明かすことにした。コイツが発狂しようがどうでもいいしな。
「なん……だと……?」
「茶助の霊圧が……消えた……?」
茶助はもぬけの
「あんなモノの、どこがいいのかしらね。無駄にデカいし、痛いし、捨てにくいし……」
「おい紅! お前、フィギュアを否定したな! いいか、フィギュアというのはな、本来ならば二次元にしか存在しえない事物を、三次元に召喚するという超常的な営みなんだぞ! しかもそれらは実体を持っている! 『そこにいる』という幸福感を我々に与えてくださるんだぞ!!!」
「いきなり語りだしたんだけど!? オタク怖っ!」
「まりか嬢がいない世界なんて、意味がない……」
「こっちは人格歪みかけてるしっ」
この金髪ツインテールには、オタクの心がわからんだろうな。こうやって互いに理解し合えず、相手を否定してしまうから、いつまでたっても戦争がなくならないんだ。
「まあ、いいじゃない。フィギュアに
「抜かせてくれ……現を抜かせてくれ」
「ヌキたいです……」
「『現を抜かせてくれ』ってはじめて聞いたんだけど。あとなんかわからないけどキモい」
そんなこんなしてるうちに、昼休みは終了。葵ねぇ曰く愛妻弁当ならぬ「
「ごちそうさまでしたっと……」
俺がそうつぶやくと、スマホにメッセージが。
葵ねぇ:お粗末様でした♪
……俺の行動、筒抜けなのか?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
キーンコーンカーンコーン
「くぁ~、やっと終わった~」
6時間目終了を知らせるチャイム。長かった一日と決別を告げるかのようなそれは、まさに福音だ。といっても、放課後は部活が控えているから、これで終わりじゃない。
「さて、今日も頑張っちゃいますか」
荷物をまとめ、部活に向かおうかという頃だった。
ゴゴゴゴゴゴゴ──
音だ。音がする。それもすごい轟音。気のせいなんかじゃない。その轟音は、俺たちのクラスに向かって、どんどんと近づいてくる。
アイツだ。その音の正体はわかっている。これだって日常茶飯の範疇なのだから。
轟音が教室の前で止まり、勢いよくドアが開かれた瞬間──
「俊センパイ、部活に行きましょう!!!!!!!」
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