#5 寝起きの獅子は空腹で


 目が覚めたらよくわからん機械の中だった。

 円筒形のガラスの覆いが静かにスライドしてゆき、清潔そうな装いの部屋が視界に飛び込んでくる。


「おはようございます、ワズ様。調子はいかがでしょうか」


 いきなり美人のおねえちゃんがこっちを覗き込んできた。口元のほくろが色っぽい、見覚えのない顔である。


「えーと、大丈夫そうだけど。これどういうこと?」

「簡単にご説明いたしますが、あなたは先ほど死亡されました。そのため傭兵支援組織ビーハイブとの契約により自動蘇生クローニングリスポーンプログラムを適用いたしました」


 ああ。つまりあたしは死亡して、リスポーンしたってことね。

 何となく合点がいったことを察したのだろう、おねえちゃんは傍らの紙束をパラパラとめくり話し出した。


「初回ですので手続きについてご説明いたします。蘇生費用は一回につき対象の傭兵ランクに応じた金額が設定されます。蘇生した時点で自動的に徴収され、拒否権はございませんので悪しからず。所持金が不足している場合、一時的に傭兵支援組織が肩代わりいたします。ただし借金として扱われますのでご注意ください。また蘇生自体はクローン技術を用いて行われますが、蘇生直後は馴染むまで能力の低下がみられます。これもご承知おきください」


 つまりレベル相応の所持金の没収と、一定時間のステータス低下と。良くあるデスペナルティの範疇だ。


 説明はまだ続いたが、あたしは適当に頷いて適当に礼を言うと、さっさと外に出た。

 レトナーク市街の中心にある病院。ここがリスポーン地点になるわけね。なるほどなるほど、またひとつ賢くなった。


 このゲームでのリスポーンは初めてだ。まずは動きを確かめる。

 うーん。ステータスがそこまで重要なゲームではないけど行動するたびちまちまと影響するので地味に煩わしい。デスペナが抜けるまでは大人しくしておいたほうが無難かな。

 それはそれとして――。


「よし、ぶっ殺す」


 やりやがったな。どいつかは知らないが、はやりやがった。

 おそらく工房にどでかい砲弾を撃ち込んだのだろう。まず間違いなくタイタニックフィギュアを持ち出したはず。

 それで機体も工房もまとめて木っ端みじん。お手軽簡単楽ちん、勝利一丁お手のもの。


 ――そんなわけがない。


 レースだ? 優勝だ? もう知ったことか。奴らはやりやがった。残念ながら依頼あそびはここでおしまい、ここからは戦争マジの時間。

 砲弾の礼には砲弾しかない。武器だ、まず武器がいる。エクソシェル――いや、タイタニックフィギュアと戦えるのはタイタニックフィギュアだけ。


 素寒貧だなんて言っている場合ではない、目にもの見せてやる。あたしは怒りに任せて足音荒く歩き出した。



 いちおうの状況を確認しにリンジャー外殻工房へと戻ったあたしを待ち構えていたかのように、が告げた。


「待っていた。ワズ、手伝って」

「オーライ。さっそくお礼参り行く?」

「いいえ。機械生命マシンモータルを狩りにいく」


 期待していた言葉と違って首をかしげる。感じから言って機械生命による攻撃ではなかったはずだ。

 そうして続くカウナカニの言葉は、それこそ意外なものだった。


「ヴェントを作り直す。そしてレースに勝利する」

「はぁ!? あんたまだそんなこと言ってんの。どいつもこいつもレースなんてする気がない。まともにやるだけ無駄だろ!」

「わかってる。だからこそ最高に勝利するために、レースで勝つ」


 苛立ち交じりに開いた口を思わずつぐむ。

 カウナカニの瞳が業と燃えている。あたしもたいがい機嫌が悪いけど、気圧されるほどだ。

 どうやら日和って出した結論ではなさそうである。


「……説明して」

「このレースの勝利を私たちで独占する。敵の誰にも、ひとかけらの権利も渡さない。いかなる例外も発生させない。そのためには盤外の勝利ではダメ」

「ここまでされて、なお正面突破しようって?」

「逆。敵がここまでしてきたからこそ正面から勝つことが最も効果的」


 しゃべっているうちに少し頭から血が下がった。

 確かに、敵はあたしたちに相当な脅威を感じている。だからこそタイタニックフィギュアを持ち出すなんて真似までしてのけた。

 プレイヤーはともかく、工房ごと吹っ飛ばせばNPCはまず再起不能だ。おそらく敵はもう、あたしたちがレースに現れるとは思っていない――。


「それが一番、奴らの嫌がることね……なんか誤魔化された感じもあるけど。いいよ、あんたの案に乗ったげる。それで? 何もかも吹っ飛んだんだけどどうすんの」

「その通り。レースに出るためには最低でもヴェントを作り直す必要がある。でもまず材料がない」

「ははぁ。それで機械生命を材料に使うって?」

「制御部を切り離せば残りはただの機械部品。再利用は可能なはず」


 あたしが病院送りリスポーンになってる間にいろいろと考えたらしい。


「レトナーク周辺の出現マップは調査済み。狙うのは特に高速戦闘タイプの『ドロメデス』」

「機械生命を狩って、エクソシェルを作り直して、戦いに向かうって? まるで傭兵マシーナリーみたいな戦い方ね」

「そう。ついでに本命レースでは対タイタニックフィギュア戦が前提」

「ますますね」


 ――ため息はクールダウンにちょうどいい。


「オッケ、。こうなりゃとことんまで付き合ったげる。昔から依頼任務ミッションは制覇するのが信条なの」

「さっき放り投げかけてた」

「気のせいよ」


 そうと決まれば善は急げ。あたしたちは狩りに向かうための算段をつけ始めた。



 城壁を出てレトナーク市街地を離れる。

 元宇宙港だけあって周囲には遮蔽物が少ない。森林に時折混じる都市の残骸を通り過ぎ、あたしたちを乗せたオフロード車が高らかにエンジンを唸らせた。


「えーと。そりゃあたしたちはすっからかんで銃の一丁も持ってませんけど。何もリンジャーさん自ら来なくとも……」


 しかもこの車を運転しているのは依頼主であるリンジャー氏だ。というか車も彼の持ち物である。


「壊れた工房の横で嘆き続けるのも、性に合いませんので」

「だとしても知っているはず。私たち傭兵は自動蘇生プログラムに入ってるけど、あなたは違う。危険」


 つい先ほどお世話になったリスポーンであるが、ひとつ重大な問題がある。それはサービスを提供しているのが傭兵支援組織ビーハイブってこと。

 蘇生対象となるのはあくまでも傭兵のみ、一般市民への自動蘇生プログラムの提供は都市法によって禁じられているのだ。


 死んでもよいのはプレイヤーだけ。万が一リンジャー氏が死んでも復活することはない。この差は果てしなく大きい。

 思わず睨むと、リンジャー氏は福々しい顔を申し訳程度に縮こまらせて。


「これでも昔とった杵柄がありまして。足手まといにはならないよう努めますので」

「護衛もあたしらの仕事かもしれないけど……」

「待って。パッシブが拾ってる」


 レーダーと睨めっこをしていたカニっちが言い争いを制した。


「とにかく! リンジャーさんは危険があったら真っ先に逃げて。貸してカニっち、あたしがやる」

「あなたデスペナあるでしょう」

「これくらいリアルスキルでカバーよ」


 面倒そうに投げてよこされた対物ライフルを構え、スコープ越しに獲物を睨む。

 乗用車ほどの大きさの蜘蛛を模した多脚歩行機械が二機、一定の速度で荒野を歩いている。


駆逐歩行戦車ドロメデスは非アクティブ、巡回中……」


 AoT2においてメインの敵となる、機械生命マシンモータル

 それは人類の天敵としてこの星にはびこる無人機械群である。そもそもは人が作り出した戦闘機械だったが、ある時生み出されたマシンウイルスによって暴走。独立した機械生命へと変貌した――という設定がある。


 機械生命、という呼び名には意味がある。奴らは微細機械であるマシンウイルスを生産・散布し電子機器に感染させることでするのだ。

 人類の作る兵器は大半が電子機器に依存していたのだからたまったものではない。惑星ムリンが荒廃した原因であり、また現用兵器であるエクソシェルやタイタニックフィギュアが有人兵器である理由でもある。


 さて。AoTはプレイヤーの能力というのがわりと蔑ろになりがちなゲームなのだけど、一つ常に有用な能力がある。

 それは狙撃に関するものだ。


「あんたの大事なトコロを教えなさいな……」


 機械生命にとって弱点となる制御部は、たいていが最も頑強な胴体中央部にある。

 そこで蜘蛛のような姿の多脚型は、どうしても足の付け根が脆弱になりがちで――。


 対物ライフルが火を噴いた。狙い過たず装甲の隙間に飛び込んだ銃弾が制御部を射抜く。制御を失ったドロメデスは、一瞬痙攣するようにでたらめに動いた後沈黙した。


 一機が破壊されたことで残りが警戒状態に移行する。触角のようなアクティブセンサーを伸ばし、おそらくこちらの姿を捉えて。

 だが遅い。すでに次弾は装填済み、撃ち込んだ銃弾はまたも装甲の隙間を射抜いた。


 リンジャー氏の感嘆が風に流れる。


「お見事です。さすがは傭兵ですね」

「こんくらい基本だしね」


 そう、AoTというゲームにおいてこれくらいはなのだ。

 以前にも言った通り、このゲームを開始直後のプレイヤーは素寒貧である。もちろんロクな装備がない。

 それで生身の何が辛いかというと、とかく防御力がないという一点に尽きる。


 ゲームの都合上、銃火器は比較的安価に手に入る。火力はあれど防御力がない、駆け出しの戦い方は反撃を受けない距離から一方的に攻撃するのというが鉄則になる。

 特に初代AoTなんて接敵即死のオンパレードで、プレイヤーはいやおうなく狙撃の腕を鍛えられることになる。ひどい話だ。


 あたしも鉄屑野郎の茶々入れを聞き流しながらずいぶん必死こいて――いやよそう、立ち直った機嫌がまた悪くなる。


「この調子で狩り集める。予備もいるからけっこう必要」

「あーなんかこういう地道な作業してるとAoTやってるって実感わいてくるー。楽しくなってきた、勝利に向けてじゃんじゃんやってきましょ」


 幸いにも八つ当たりの先には困らない。

 リンジャー氏が車を走らせる。カニっちが進路を確認する。

 そうして目標を達成するまでひたすらに敵を倒して走る――いわゆるマラソンが始まったのである。



「傭兵の狩りというものに同行したのは初めてですが、なんとも凄まじいものですね」


 リンジャー外殻工房にて、あたしたちは積み上げた戦果を吟味していた。

 ちょっと張り切りすぎたか。いいんだよ、大は小を兼ねる。


「弾代は大丈夫、要らない部位を先に売りさばいて相殺した」


 カニっち手際いい。


「これだけあれば材料は十分です。皆さんの協力を無駄にはしません、必ずヴェントを再建して見せます!」

「私も手伝う。けどヴェントはあなたの作品。コアな部分は触れない」

「もちろんです。工房持ちの意地をお見せしますよ」


 昨日までの失意はどこへやら、今日のリンジャー氏は熱意に燃え盛っている。

 カニっちもビルド得意みたいだし、機体のほうは任せておけば仕上がるだろう。


 実のところあたしはそれほどビルドに強くはない。最低限はやっていたけどね。着て慣れるタイプなのだ。


「んじゃこっちは任せるね。あたしはちょっと別行動するから」

「レースには来る?」

「もちろん。その前に済ませておくことがあるってだけ」

「そう。じゃあ……」


 視界にぽん、とウインドウが出てくる。

 『プレイヤー・カウナカニからフレンド登録依頼が来ました』

 はん。そういえばアレコレ一緒にやっているわりに連絡手段の一つもなかった。『はい』っと。


「必要になったら連絡する」

「お願い」


 さあて、あたしにもレースまでに済ませなければならないことがある。

 それは工場への砲撃、あれの犯人を確かめること。もちろん叩きのめすためではあるが、同時に用心もしないといけない。

 何しろレースに奴が混じっているのだ。いつどこで何を仕掛けてくるかわかったもんじゃない。

 力と情報、手札をそろえておかないと戦いはおぼつかない。


 さてこの手の情報の取り扱いだけど。

 創世関数ワールドジェネレイトエンジンによって生み出された仮想世界では、NPCたちが人間並みの思考能力を持っている。

 まさしく仮想的な世界。NPCは惑星ムリンの住人としてそれぞれの暮らしを送っているというわけ。

 ということは、人間がやるような仕事をしているNPCもいるということだ。


 てなわけで情報屋か探偵がいると嬉しいんだけどなー。

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