#4 ここに導火線がある、そこに火種がある


 風になる。比喩ではなく今、私は一陣の風と化していた。

 ここはレトナーク城壁外にあるエクソシェル用のテストコース。リンジャー氏より依頼を受けた私たちはまず試し乗りに繰り出したわけだけど。


 リンジャー外殻工房謹製レース仕様エクソシェル・ヴェントは、その銘に恥じぬ力を秘めていた。

 シンプルに速い。やや過剰ともいえる大出力を余さず速力に変換する。それでいて曲がるときに暴れることもなく、操縦性も極めて高い。優勝候補も納得の完成度だ。


「いい仕事……。このゲームの華はタイタニックフィギュアだけど、エクソシェルもどうしてなかなか」


 性能の良いマシンを動かすのは楽しい。機械との一体感――いや、共鳴や相乗効果のようなものがさらに気分を高揚させる。

 なによりもそれを可能とするヴェントの出来栄えに感嘆を禁じ得ない。


 初代AoTを遊んでいた頃、タイタニックフィギュアを操ることはもちろん面白かったが、私を真に魅了したのは組み立て工程ビルドのほうだった。

 様々な部品を組み合わせて自分が望む存在を作り上げる。

 方法は千差万別、出来上がるのはこの世に一つしかない自分のためだけの力。それで面白くないはずがない。

 当時はのめり込むあまり、しばしば徹夜に及んでいたものだが――さすがに今は仮にも会社勤めの身、自重するつもりではある。


 テストコースにはちらほらと他の工房チームの姿も見えた。どこの機体も技術の粋を凝らしているが、ヴェントの美しさにはかなわない。

 私は上機嫌でそれらをぶっちぎると周回を終えてピットへと戻っていった。記録を取っていたワズが出迎える。


「ねぇ

「……それは、なに?」

「あんたのことよ。いちいち五文字も呼ぶの面倒だし」

「そこを略……ううん、別にいいけど」


 略したい気持ちはわかるが、それにしてもカニはないだろうと思う。

 彼女のほうはといえば『ワズ』の二文字でほぼ省略する必要性がないという。仕返しは違う形で考えよう。


「他のチームも見てたけどてんで雑魚ばっかね。乗り心地のほうはどうだった?」

「余裕。すごい」

「わかりやすさしかない説明をありがとう。もうちょっと詳しく」

「すごい速い」

「……そう」


 彼女はどうやら天を仰ぐのが好きなようだ、しょっちゅうやっているし。


「まいっか。後で自分で乗って確かめるわ」

は練習してかないの」


 ささやかな抵抗として呼び捨てにしてみる。特に反応がなくて悔しい。


「うーん。まぁゼロ練習とはいかないだろうけど。この様子だとわりと勝てるでしょ」

「自信あるのね」

「くさってもプレイヤーよ?」


 確かにこの世界はゲーム。ノンプレイヤーキャラNPCの性能は一枚落ちるし、イベントごとでは補正がつくことも多い。

 だがそれも有利なばかりとは限らない。


「気になっていることがある。リンジャー工房がプレイヤー……傭兵マシーナリーを雇うことが出来るとすれば、それは他も同じということ」

「待ってよ。それって他所から傭兵による嫌がらせが来るってこと?」

「想定はすべき」

「面倒すぎねー。そうならないことを祈るわ」


 最新の仮想世界VRゲームともなればNPCの思考能力は高く、人間と見紛うような行動もする。それでもプレイヤーが時に繰り出す、えげつない動きには及ばないのだ。



「……ねぇ、さっきの台詞。知ってたの? これ」

「まさか。予想はしょせん予想だった」


 ワズと二人して渋い表情。私たちがヴェントの整備をしていた時、そいつはやってきた。


「ははは、リンジャーさんところは操者ルーラーが怪我したってね、心配してたところだったよ。まさか傭兵を雇ってまでレースに出るとは思わなかったけどねぇ」


 たっぷりと余裕のある腹を揺らし、顔にはにやけた表情を浮かべたいやに脂っこいオッサンである。見ているだけで胃もたれがしそう。


「あんた何?」

「おっと失礼。わたしゃあデルバート外殻工房ってトコを構えているモンでね。そう、リンジャーさんとはライバルってぇ間柄かな」


 愛想がよさそうに見えて、目つきだけが妙にぎらついている。リンジャー氏の雇った戦力を値踏みしているというところだろうか。

 しかし聞いてもいないことをべらべらと喋って、嫌がらせにしては低次元。


「そう、私たちは雇われ。雇い主と話したければ直接どうぞ」

「ははっ、まぁそう邪険にしなさんな。今日はお近づきの印に、商売上のアドバイスってやつをしてやろうかとね」


 ワズとアイコンタクト。ワレコイツ殴りたしドウゾ――同意だが待て、後ろに注意せよ。


 デルバート氏から視線を外し、後ろに控える人物を探る。

 個人用防弾装甲服パーソナルパック対装甲用拳銃APレイピア、おそらく情報拡張したヘルメット――間違いない、傭兵プレイヤーだ。


「リンジャーさんはいい仕事をされる。しかし最近困っているらしいじゃないか。もしかしたら金銭的にもなんじゃないかい? 君たちだって商売だろう、払いの悪い雇い主は困るだろうねぇ」


 危惧した通り他にも傭兵を雇ったチームがあるということ。これは浮かれ気味だった気分を引き締める必要がある。


「回りくどい。それで?」

「不安を解消するために優良な雇い主を紹介しようかと思ったのさ。どうだい、ウチに雇われないか? 報酬は今の倍だそう。それにウチは優勝候補の一角、勝利の暁にはさらに報酬をはずもうじゃないか」


 わかりやすい引き抜き、それも金にものを言わせたゴリ押しだ。聞いているのかいないのか後ろの傭兵は無反応。

 ワズが少し考えてから聞き返した。


「で? あんたんとこが優勝候補だって根拠はなによ」

「くふふ、見たまえ。あれが我が最高傑作、シュテルマヴォイだ!」


 彼が大仰に指し示した先には一機のエクソシェル。

 大出力の動力部と強力な骨格を有する、見るからにパワフルな機体。パワフルすぎてエンジンが機体からはみ出し上半身を肥大化させ、まるで類人猿のようなシルエットをしている。

 率直に言って――。


「だっさ」

「…………ッ」


 しまったおもわずほんねがー。


「かっ、感想は人それぞれだろう。しかし大事なのは性能で……」

「さっきテストランの時に見た。走り出そうとしてずっこけてたの」

「……! あ、あれは操者がまだ慣れてなかっただけだ!!」


 それも原因の一つかもしれないが、私はまず設計を疑っている。

 速度を出すためには確かにエンジンパワーが重要。しかし適切な設計が為されなければ、自慢の出力も生かせないまま終わる。

 簡単にすっこけるほどバランスが悪いなんて問題外。リンジャー氏の爪の垢でも煎じて飲むべきである。

 ワズも首を横に振っている。


「じゃあ慣れたころにまた声をかけて。さっさと追い抜いてあげる」

「わお、言うじゃん」


 デルバート氏の顔色が朱に染まり、しかし取り繕おうとするものだから奇怪な表情になっていた。


「……せっかくの素晴らしいアドバイスだというのに。傭兵というのは勘定もできないものかねぇ」

「そうね、皮算用は得意じゃない。私たちに必要なのは勝利に至る確信だから。それじゃ」


 ワズを促してさっさと撤収の準備を始める。これ以上の邪魔はごめんだ。

 そうして去ってゆく背後で、デルバート氏が控えていた傭兵に何事か怒鳴りつけているのがちらりと見えた。



 リンジャー外殻工房へと戻った私たちは、どっとため息を漏らした。

 工房に搬入したヴェントを整備台へと設置していると、リンジャー氏が汗をふきふきやって来る。


「どうでしたか皆さん」

「走りは最高だった。でも少し邪魔が入って」


 私たちがデルバート氏の登場につい話すと、リンジャー氏が顔を俯かせる。


「彼は……昔からレースで競ってきた相手です。こちらは個人経営ですが向こうは規模があって。今回のレースにも結構な資金をつぎ込んでいると聞きます」

「確かに金に物を言わせる感じ。でも肝心のエクソシェルがねー」

「乱暴な部分はありますが侮れない相手ですよ。レースでは格闘戦による攻撃は許可されていますから、出力の高さが脅威になることもあります」

「設計思想の違い。でも私はヴェントのほうがいい」


 何でも力で解決するのは好みじゃない。

 それに少なくとも私に、ひょいほい雇い主を変えるつもりはない。駆け出しの依頼としてはハードな感じもあるが、乗り掛かった舟である。


「ねー、ちょっとヴェント借りていい?」

「どうするの」

「あたしの慣らし。どうあれ傭兵が相手になるんでしょ。じゃあうかうかしてらんないし」


 少なくともデルバート陣営は傭兵を雇っている。他にどれくらい参加しているかは不明。だんだん大ごとになってきた。

 リンジャー氏が快く許可を出し、ワズは工房へと取って返した。


 彼女の背を見送り、リンジャー氏との雑談に戻ろうかとした、その瞬間。


 それはまったくの偶然だった。

 振り返った拍子に視線が壁の外を向いた。荒野にそびえる小高い丘、そこに奇妙に突き出た影があって。

 疑問に目を凝らすだけの余裕はない。眩い光。覚えがある、あれは――。


発射炎マズルフラッシュ!」


 音を置き去りにが工房に突き刺さり、爆裂。

 身を護る暇も有らばこそ、視界が真っ赤な炎に覆いつくされる。


「ッ!?」


 衝撃、爆風。

 濃密な大気に張り飛ばされる。物理法則エンジンは今日も絶好調。もみくちゃにされながら錐もみ状態で宙を舞う。


 だが経験を積んだVRゲームプレイヤーを舐めないで欲しい。

 爆風を喰らおうが地面で擦りおろされようが、すべてはダメージ管理でしかない。死んでなければすなわち生きているということ!


 地面にキスをする瞬間、この上ないタイミングで受け身を取る。衝撃を軽減、それにより被ダメージも減り――生命力バイタルはミリ残っている!

 すぐさま振り返り丘を確かめる。先ほど見たものがなら、まだいるはず。


 ――いた。

 長大な砲身を構えた巨大なヒトガタが、ゆっくりとした動きで立ち上がる。


「タイタニックフィギュア!! そこまでする……」


 甘かった。

 そもそも人類最強の兵器であるタイタニックフィギュアは都市近辺での使用に制限がある。

 機械生命の襲撃を受けているわけでもない状況で繰り出すなど、下手をしなくとも都市運営府から睨まれ追放されかねないはず。


 だが敵はそれだけ必死ということ。聞きかじりの設定を真に受けて安穏としていた、油断があった。

 これはもうレースの妨害といった範疇にはない。明確な宣戦布告だ。


 いや、今は考えに耽っている場合ではなかった。


「リンジャーさん!」


 慌てて探せば、そばに同じように爆風に飛ばされたリンジャー氏を見つけた。

 駆け寄り具合を確かめる。あちこちを怪我しているが幸いにも意識はあるし、命の危険はないようである。


 胸をなでおろしていると、やにわにリンジャー氏に腕を掴まれた。

 普段の様子からは想像もつかないことに、骨が軋むほどの力がこもっている。


「私は……私のことなんていい、それよりヴェントは……!!」


 瞳の奥に炎が燃える。自らの命よりも機体の安全を心配する執着と狂気。ああ、彼は確かに職人だ。


 だが、私には首を横に振ることしかできなかった。

 見るまでもない。ヴェントは工房(と、ワズ)ごと粉微塵に吹っ飛んでいる。


 威力から見てタイタニックフィギュア搭載の対機械生命用爆裂榴弾だ。工房だろうとエクソシェルだろうと紙細工と同じである。

 リンジャー氏が息を呑む。すがりつく手から力が抜け落ちた。


「……そうですか。ああ。ここまで。ここまでして……! そんなまでに勝利が欲しいのか!!」


 膝をついたリンジャー氏が何度も地面をたたく。これまでも繰り返された妨害に耐え抜いてきた彼の精神も、ついに限界を迎えていた。

 彼の職人としての魂が工房と共に燃え尽きてゆく。


 許せない。心血を注ぎ込んだ結果がこんな終わり方をしていいはずがない。

 考えるより先に口を開いていた。


「……リンジャーさん、契約を忘れてもらっては困る」

「いったい何を。忘れるはずなどありません、しかし……肝心のヴェントが、もう」


 あらゆるものが灰塵と帰した。だが一つだけ残っているものがある。

 私たち自身だ。


「契約時に確認した、私もヴェントの整備に関わってよいと。つまり……今から作り直すのも契約に含まれる」


 リンジャー氏がおそるおそると顔を上げた。浮かんでいるのは強い困惑。


「そ、それはそうかもしれませんが。待ってください、ヴェントは私の傑作ですよ。簡単には作れないし、そもそも材料が……」

「何とかする。任せて」


 半ば無理やりにリンジャー氏を説き伏せる。

 ここまで来たら依頼も彼の意思も関係ない、ここからは私自身の意地の問題。受けた砲撃の借りを返すまで、とことんやってやる。

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