#3 古い土では飯のタネも育ちが悪い


 植民惑星ムリンの廃棄宇宙港、レトナーク。

 この街はエイジオブタイタン2におけるプレイヤーたちの玄関口でもある。


 このゲームを進めるためにはとにもかくにもお金が必要! しかし前作アカウントの引き継ぎをしなかった、今のあたしは紛うことなき素寒貧である。

 強力高額な巨大ロボット兵器タイタニックフィギュアを買うなんて夢のまた夢で――それじゃあメカアクションシューティングとしての醍醐味は味わえないまま。


傭兵マシーナリーの稼ぎ口といえば依頼任務ミッションっていうのが定石。それはいいんだけど」


 並んで歩く人物を盗み見る。

 安い酒場みたいな任務受付ミッションカウンターでいきなりブッキングをかましてくれて、なぜか一緒に依頼元に向かっている。


 『カウナカニ』と名乗ったこの女性プレイヤーは、ぱっと見の印象を言うならばとてつもなく派手な女だった。

 セミロングの髪は薄めの色合いで、対照的に肌の色は濃いめ。背丈はあたしと並ぶくらいで、スタイルの良さがとんでもないけどこれはたぶん相当いじったんだろう。かなり遊んでるよねコレ。


「で、なんであんたと一緒なわけ? あたしが先に目を付けた依頼なんだけど」

「手を付けたのは同時だった」


 どっちが早いかなんて不毛な話。これだから紙を手に取るなんてやり方はまだるっこしい。


「素直に譲ってよ。別に他の依頼でもよかったでしょ」

「ダメ。あれが一番面白そうだった」

「そうね。わかってるじゃない」


 目の付け所が似ている。あたしと同じで駆け出し向けの依頼を見ていたけど、もしかしたらこの人も経験者なのかもしれない。

 だとすれば説得するだけ無駄というもの。つまんない依頼ばかりの中で、この依頼は目を引くものがあった。


 これでもしも受けるのが早い者勝ちならば――ちょっとばかし手段に打って出るしかない。

 そんなことを考えながら、二人して依頼者の元へたどり着いた。


 レトナーク市街外縁部、防護城壁を越えたあたりにリンジャー外殻工房はある。

 普く生物の天敵たる『機械生命マシンモータル』が闊歩するこの惑星において防衛の要である城壁の外にあるなんて、いい具合に危険な香りが芳しいこと。


「はー。しっかしこの依頼、現地集合で場所は街を横断! 移動距離がやばいんだけど。お金ないから自分で歩くしかないし」

「おかげでレトナークを見て回れた」

「そうかもしれないけど!」


 見た目によらずマイペースねこの人。確かにゲーム内では足も痛くならないし疲労も少ないけど、時間はそれなりにかかるんだよね。



 たどり着いたリンジャー外殻工房は、雑に装甲材を並べて作られた雑な壁に囲まれていた。

 敷地のほうは大半が積み上げられたスクラップに占められて、隅のほうに申し訳ていどの粗末な建物があるくらい。


「いっかにもな胡散臭さね。そりゃ傭兵に頼ろうなんて人だしね」

「私はこういうのけっこう好き」


 あたしもどちらかというと嫌いではない。気が合うね。


「いや~傭兵さん! ようこそリンジャー外殻工房へ、よくお越しくださいました! どうぞどうぞこちらです……!」


 工房の本体(?)を覗き込んだあたしたちを早速、依頼主らしき人物が出迎えてくれた。

 さっぱりとハゲあがった頭、小太りの身体をさらに丸めてペコペコとお辞儀をする姿。工房の主リンジャー氏は、町工場の経営者かな? といった印象のオッチャンであった。


「レトナークは下町だった?」

「古い町って意味ではそう変わらないかもね」


 招きに応じて工房へと踏み入り。少しも行かないうちにそれはあった。


「……拡張外殻エクソシェル

「ふーん。これが依頼の?」

「はい。当工房で仕上げた一品もの、銘をヴェントと申します」


 『拡張外殻――エクソシェル』とは人間が着用する装甲強化服で、いわゆるパワードスーツというやつ。

 性能は千差万別なので何とも言えないけど、ものによっては普通に主力戦車くらいの戦闘能力がある。らしい。

 余談だけど初代では戦車と殴り合うミッションがあったりもした。


 整備台に腰掛けるように置かれたヴェントという銘の機体は、兵器という言葉に似つかわしくないほど美しかった。

 滑らかな曲面を描いた装甲は磨き上げられているし、細身の筐体には無駄というものがまったくない。武器といっても銃とかよりも研ぎ澄まされた刀剣をイメージさせるような、そんな機体だ。


 あたしが感心していると横からカウナカニがずいっと身を乗り出してくる。


「細さの割にモーターパワーが強い。それに装甲は電磁流体装甲EMFA、パワーソースは蓄電池ではなく自己発電型。これ、少なくとも戦闘用クラス3ね?」

「一目でそこまで見抜くとは。さすが傭兵の方はお詳しいですね」


 え。見ただけでそこまでわかるものなの?

 リンジャー氏が目を見開いているけどあたしもびっくりだ。初代からそこそこプレイしてきてるけど、ぱっと見じゃ厳しいんだけど。

 彼女思ったよりもやりこんでる。これは競争相手として敵に回すにはちょっと手ごわいかもしれない。


「で、依頼内容を詳しく教えて欲しいんだけど? 募集にはレースやれって書いてあったけど」


 そう、あたしたちが受けた依頼任務ミッションはなんとレースドライバーの募集だ。

 それも戦闘用クラス3エクソシェルを使ったものとなれば見逃せない。


「はい。そうですね……まずは経緯からご説明いたしましょうか」


 リンジャー氏が改まった様子で話し出す。


「この街では以前より、放棄された宇宙港の一部を利用してエクソシェルを使ったレースを開催していたのです。そいつは耄碌したこの街の唯一最大の娯楽というやつでして」

「派手なことをするものね」

「はは。街にある外殻工房がこぞって参加しておりまして。普段からそりゃあ盛り上がっているもんですが……今回は特にでかい話になりましてね。どうしたことか、レースのスポンサーに基幹企業プライマリのひとつ、セドニアム重工が名乗りを上げたのです」

「わお、ヤバ」


 『基幹企業プライマリ』とは、事実上この星を支配している巨大企業群のことだ。

 機械生命の脅威によって分断されたこの星は国家という形を保てなかった。代わりに都市インフラを維持しているのがこの基幹企業なのだ――という設定。


 当然、支配下の都市に対する発言権は強いなんてものではなく。たかだか地方都市の名物レースにしゃしゃり出るには大物すぎるわけだ。


「しかもセドニアムはレースの商品としてある条件を出してきました。優勝した外殻工房はセドニアム重工と専属契約を結び、技術的な提携をおこなうと」


 あたしたちは思わず顔を見合わせた。


「なにそれ。商店街の百円くじにスポンサーついて一等一億円になりました、みたいな」

「本当、それだけ聞けばとてつもない好機チャンスです。基幹企業の御用達ともなればどれほどの利益があがるか想像もつきません。この街でレースに興じ飲んだくれて老いてゆくか、一発逆転に全てを賭けるか……もちろんあらゆる工房が奮い立ちました」

「でもあなたは賭けをするタイプには見えない」


 カウナカニが言うと、リンジャー氏は力なく笑った。


「ええ、私は今のままでよかったんです。趣味の機械いじりに没頭できて、少しばかり腕を披露できる場所があれば満足でした。しかし問題はその腕ってやつでして。自分で言うのもなんですが、うちはレースの優勝経験もある強豪というやつでした」

「あ、なんかもうわかっちゃった」

「お察しの通りです。うちの存在が邪魔だったのでしょうね……欲に目がくらんだ一部の工房が盤外戦術を使ってきたんです」

「つまらない。自力でつかまない勝利に何の価値が?」

「そうですね……しかし皆が皆そんなに潔くはなかった。最初は小さな嫌がらせから始まって、次第に露骨な妨害になりました。部品の調達が困難になるなんて序の口で、ついに工房の作業員たちを狙った暴行事件が頻発するようになって。先日とうとうエクソシェルの操者ルーラーを巻き込む事故が起きてしまいました」


 わぁひどい。そういえばさっきからリンジャー氏以外の人影を見かけない。想像以上に詰んだ状態で依頼を出したようだ。

 正直、このまま依頼を受けてもではあるけれど、手間に見合うかというと疑問が残る。

 ここはひとつ熟練の傭兵による交渉術で、報酬を吊り上げるとしよう。


「依頼票って最低限の情報しか書いてないからね。よくもまぁそんな地雷原に紙切れひとつで呼び出してくれたものよ」

「……申し訳ないとは思っています。私としても藁にも縋るような思いでした」


 あたしがすごむと、リンジャー氏は小さく縮こまった。

 優しい人が損をするひどい世界だ。しかしこちとら金欠マンである、プレイに容赦はしない。


「あたしたちは傭兵とはいえ駆け出しよ。そんな難易度ヘルの状態で……」

「この依頼を受ける」

「ってぇー! カウナカニさん、あたしの話聞いてましたかー!?」

「じゃああなたは手を引いて、ワズさん。私が一人でこの依頼を受ける」


 言い返そうと振り向いたあたしは、そこに恐ろしいものを見た。

 カウナカニが笑っている。作りこまれた美貌は凶悪に歪み、今にも食らいつかんとする肉食獣みたいな獰猛さを湛えていた。

 なにこれこわい。えっ、どこが地雷だったの?


「仕事を……職人が仕上げた仕事を妨害するなんて万死に値する。そいつらは私が一人残らず吊す」


 完全に切れてるじゃん。よし、これはもう無理だ。


「……エホン! こらこら勝手に決めんな、あたしも止めるとは言ってない。ねぇリンジャーさん、この依頼二人で受ける場合は?」


 ぽかんとした表情を浮かべたリンジャー氏が慌てて気を取り直す。


「は、はい! 規定によりレースに出ることができるエクソシェルは一つの工房に一機だけです。しかし操者はその限りではありませんし、見てのとおり今うちは人手不足ですので……」

「やることにキリはないってわけね」

「もちろん、それぞれに見合った報酬をお支払いいたします。いかがでしょうか」

「操者以外にも仕事がある。つまりこの機体を私の手で整備してもいいってこと」

「えっ。いやその……何しろ作業員たちもいないですし、お手伝いいただけるなら歓迎いたします?」

「ちょいちょい、依頼主が首傾げてるから」


 しかしカウナカニは迫力のある笑みを浮かべると勝手に頷いていた。


「契約成立。リンジャーさん任せて。このヴェントは最高に仕上げて見せるし、優勝も掴んでくるから」


 いやそれ、いつの間にか依頼内容変わってない?

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