#2 明日に着くには昨日を逃れなければならない
気付いてしまった。
最後にゲームというものに触ってから数年の月日が経ってしまったという事実に。
きっかけは昼休みにぼけっとWEB巡りをしていた時のこと。
何気なく目に入った『
――ああ。
学生時代、私はこのゲームをかなりやりこんでいた。大学の仲間とチームを作り、しばしば対戦会など催していたものだ。
それがすっかりご無沙汰となった原因は色々もない。ただただ仕事というものが忙しかったからであり、時間がなかったからである。
就職が決まり心機一転、これからは社会の一員として頑張ろう。
そんな風に張り切っていた私を待っていたのは、地獄だった。
配属先に居並ぶ死んだ目の先輩たち。
長年のツギハギが産み落としたスパゲッティコード。
悲鳴と鬱、短納期と仕様変更とをコンパイラにかけてリビルドした。
そこはねじれプロジェクトの爆心地。
あそこから生還することができたのは実力でもなんでもなく、ただ単に体力とわずかな運によるものだったと思う。
会社的にはいろいろあったらしいが、ともかく数年でプロジェクトは解散し生存者――もとい作業員たちはあちこちに配置換えとなった。
次の戦場はどこだ、苦いコーヒーを用意しろ。
そんな傭兵じみた思考に染まっていた私に与えられたのは、拍子抜けするほど普通の職場だった。
まずは週休二日制で、ちゃんと昼休みもあれば残業はそこそこ。
それだって日付を越えることはないし、驚くべきことに定時退社日などという制度まで存在した。
戦場にそんな単語はなかった。
いや、そもそもひたすら(キーを)打てという命令以外に、交わした言葉などあっただろうか――?
深く考えると怖いのでよそう。
ともかく余裕というものを得た私は、実に数年ぶりにまっとうな人間としての思考を取り戻したのである。
ひとたび思い出してしまえばまるで飢えや渇きのよう。気付けば私は
これで後には退けないが退くつもりもない。
仕事終えるや自宅へ急ぎ、片付けもそこそこにVR接続機器を立ち上げる。
すぐに
『おかえりなさいませ『
案内音声の言う通り、マイホームにはAoT2の仮想世界へとつながる
これに飛び込めばあの時と同じようにゲームを楽しめる。
しかし。一歩目を踏み出した私はすぐに立ち止まった。
大学時代、共に戦い腕を競い、荒野を駆けた戦友たち。そういえば彼らは今どうしているのだろうか。
今でも仮想世界で戦っているのか、それとも私のように現実を戦っているのだろうか。
就職して以降、彼らとは連絡を取っていない。そんな余裕はなかったからだ。なのに久しぶりの連絡が「昔みたいにゲームしようぜ!」というのはどうなのだろう。
なんとはなしに尻込みして、一度躊躇ってしまった私はもう進むことができなくて――。
◆
「……新規アカウントの作成を」
だってもしもこっちに昔馴染みがいたら。今までどうしていたかなんて説明したくないしむしろ憶えていたくな――うっ頭が。
そうした妥協の産物が、名を変え姿を変えた今の私。
姿だって思いっきり変えてみた。それこそキャラクタークリエイトの応対をした
現実では低めの身長を大きく伸ばし、髪型はおろか顔の造形そのものを変えて。
実際に出会ったらびっくりしそうな迫力美人が爆誕してしまった。
ちょっとやりすぎて気恥ずかしい部分もあるけどまぁいい。少なくとも出会い頭に私だと気付くものはいまい。
かくして新しい私――プレイヤーネーム『カウナカニ』は惑星ムリンへと降り立ったのである。
最初に訪れるのは始まりの街、名を『レトナーク』。
崩れかけた高層ビルを再利用した住居が並び、砂が舞う埃っぽい空気の向こうには半ばで折れたマスドライバーが屹立している。
AoT2の舞台となるムリンは植民惑星。かつては母星・
プレイヤーはいずれこのおんぼろ都市を飛び出し惑星の各地を目指すらしい。
人ごみをかき分けて雑然とした街を歩いてゆく。身長の分だけ視点の高さが違ってとても新鮮。
時に、しばしばゲーム内の身長を変えると動きづらいんじゃないかと言われる。だが問題はない、昨今の
感覚の差異を補完するこの機能を使えば、身長どころか人間とはまるで姿の異なる生物だって自由自在。
さてこの壊れかけの世界で、プレイヤーたる私たちは機械生命と戦う『
「このゲーム、メカアクションシューティングというジャンルなのに肝心のメカが最初からないというね」
実は初代AoTからそうなのだけど、プレイヤーはまず巨大ロボット兵器――タイタニックフィギュアを入手するところから始めないといけない。
初代の頃はまだ、プレイヤーたちによって構築された機体入手への最短経路レシピがあったからよかった。
でも全てが一新された2では、いちから
「ま、のんびりやっていけばいい」
何しろここは
◆
――カランカラン。
抑えたざわめきに満ちた空間。地球を離れた宇宙のどこかだというのに、いやに古びた椅子や机。だらしなく腰かけた野郎どもがカードゲームに興じている――いやよく見たらNPCではなくてプレイヤーだった。
なぜVRゲームの中でまでカードゲームをやっているのか。
「自分、雰囲気重視なんで」
さいで。
彼に教えてもらって、店の奥にあるカウンターに向かう。
「……ここが
「その通りだ。ついでに何か飲んでいくか」
どうみてもバーテンダーな感じのオッサンが面倒そうに答えてくれた。
傭兵業の任務斡旋のはずが、どうしてバーカウンターで受け付けているのか。
「雰囲気重視だ」
さよけ。
「で、
「そこに張り出してる依頼票を持ってきな」
恐る恐る振り返る。依頼票? 前作ではちゃんとモニターを使っていた気がしたがなぜ退化しているのだろうか。首をかしげながらも壁際の掲示板に向かう。
そこには様々な依頼が書かれた紙が張り出されていた。雑だ、アパートの掲示板だってもうちょっと丁寧。
依頼内容については様々。簡単な説明と期限、報酬――。
相場の感覚は前作からそう変わらないだろう、何よりも面白そうな内容を選んで手を伸ばす。
「じゃあこの任務で……」
「このミッションをお願い……」
横から伸びてきた手が、思いっきりぶつかった。
振り向けば隣には、同じくらい長身で真っ赤なロングヘアーをたなびかせた妙に目つきの悪……鋭い女性プレイヤーがいた。
お互いの手が伸びる先には同じ依頼票が。いわゆるブッキングというやつ。
彼女の目つきがさらに凶悪に細められる。
「あんた誰よ?」
それはこっちの台詞なんだけど。
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