スラップスティックトルーパーズ

天酒之瓢

#1 始まりは別れと共に


 かくしてあたしは戦いに勝って彼氏にフラれた。


 彼氏というのは足元に転がる鉄屑の主のことだ。

 これはぜひ勘違いしないで欲しいのだが、まさか殺しちゃいないから。


 ここは仮想VR空間。ここはゲーム。

 あたしたちはメカアクションシューティングゲーム『エイジオブタイタンAoT』の対戦モードをプレイし、今まさにあたしが彼氏をフルボッコに処したところなのである。

 おかげで彼は絶賛逆ギレ100%で、ついでに一方的な別れを告げて仮想VR空間から消えやがった。

 勝利とは斯くも空しいものなのか。いや断じて違う。


 そもそもこのゲームを始めたきっかけは彼があたしを誘ったことにある。

 恋人をメカアクションゲーに誘うというのだから色気もへったくれもありゃしないけど、一緒にゲームをするのは楽しそうだと思ったから参加した。


 最初はもちろん彼のほうが上手くて、そりゃあ丁寧に教えてくれたものだ。

 メカアクションであるからしてプレイヤーは『タイタニックフィギュア』なる巨大ロボットに乗って戦うのだけど。

 彼が自分の機体を見せびらかして得意げになっていたことは今でも良く覚えている。


 そんな彼にとって誤算だったのは、あたしが付き合いを超えてAoTにハマってしまったことだろう。

 昔から熱中すると止まらない性質たちなのである。それにほら、銃火器をぶっ放すのって楽しいじゃん?

 てなわけでガンガンいっちゃった結果、気づけばあたしは彼よりも強くなっていた。


 最初は彼のサポートから、そのうちに隣で一緒に戦いはじめて、やがて彼を置いて前に出た。

 実際そのほうが勝率も良かったしね。立ち位置は変わったけど、今度は彼がサポートしてくれると思っていた。

 ――あたしだけがそう思っていた。


 「でしゃばるな!」


 彼が怒り出した時、あたしは何を言われているのか良くわからなかった。

 他にもあれこれと言っていたけど、つまるところあたしのほうが強くなったのがお気に召さなかったらしい。


「だったらあんたもちゃんと腕を磨けば良いのに」


 結果的にその言葉が宣戦布告になってしまったけれど後悔はしていない。

 そこからは売り言葉に買い言葉。ついにサシの戦いで決着することになって――。

 冒頭に戻る。


 空しい。

 それから一日たった今、あたしは襲い来る空しさを噛み締める作業に忙しい。

 この際、元彼のことはどうでもいい。奴との思い出は秒単位で記憶から削除中だ。


 悩みの種なのがあたしの手元に残ったAoTへの接続権だった。

 まだあたしの中には熱がある。何なら今だって気分転換にサバイバルモードで暴れるのも良いかな、なんて思うのだけれど。


 問題はここに元彼――もといあの鉄屑野郎がいるだろうことだ。

 さすがに昨日の今日で顔を合わせたくなんかない。

 遊びたいけど遊べない。なんとも言いがたいジレンマがあたしの足を止めて、よりいっそう気が滅入ってしまう。


 でも、転機はすぐ近くまで来ていた。


「エイジオブタイタン……2!?」


 続編である『エイジオブタイタンAoT2』が発売されたのである。


 前作から対戦要素を受け継ぎつつ、最新の創世関数ワールドジェネレイトエンジンを導入。舞台となる惑星、丸々ひとつを再現したなどというとんでもない意欲作である。

 るしかない。でも鉄屑野郎とは顔を合わせたくない。だったら取るべき道はひとつだった。



接続権ワールドチケットを確認しました。これよりAoT2の世界に転送します』


 ――暗闇を抜けると仮想VR世界であった。


 見回すと目に飛び込んでくる、無機質なコンクリ打ちの部屋。

 真ん中にはいかにも事務的な机があって、これまたいかにも事務的なオッサンが座っている。


 ゲームワールドにつないで最初に出会う『人物』は、案内用のノンプレイヤーキャラクターNPCと相場が決まっている。

 彼も例に漏れないのだろうが、あたしは勝手に事務員と呼ぶことにした。


 事務員は手元の端末を一瞥すると、顔を上げて笑いかけてくる。胡散臭さに満ちたいい笑みである。


「お待ちしておりました『武末タケスエ 初夏ハツカ』様。ようこそAoT2の世界へ、そしてようこそ傭兵支援組織『ビーハイブ』へ。我々はあなたの参加を歓迎いたします」


 向かい側の椅子へとジェスチャー。素直に従って腰掛ける。


「これより惑星ムリンで過ごすにあたっての諸注意と、あなたが傭兵マシーナリーとして活動される際の仮想躯体アバターを作成いたします……が」


 端末の表面を滑っていた彼の視線が、片隅に引っかかって持ち上がった。


「ふむ。あなたには既に傭兵としての戦歴がおありのようだ」


 ぴんと端末の表面を弾くジェスチャーに続いて、あたしの目の前にウインドウが浮かび上がる。


『前作AoTのプレイヤーは、アカウントの一部資産を引き継ぐことができます。引き継ぎを行いますか?』

イア『はい』

 『いいえ』


 ――まともに考えれば当然、百人が百人『はい』を選ぶところだろう。前作のプレイ時間を無駄にする理由など何一つとしてない。

 でも、だからこそあたしは決めていたのだ。


「『いいえ』。これから新しい仮想躯体アカウントを作ります」


 前作ごと過去と決別し、新しい体験ゲームを始めるのだと。

 あたしの返答を聞いた事務員は明らかに驚いた様子で目を見開いた。心外なと眉をひそめると、すぐに表情を取り繕っていたけれど。


「……失礼、承知いたしました。我々があなたに求めることは依頼の確実な遂行とその能力のみ。過去も、信条も、その一切を問いません」


 まぁ正直、すこうしばっかし前作の資産がもったいない気もしなくもないけれど。少なからず労力をつぎ込んで作り上げた愛機だってあるし。

 でも、大事なことは楽しむこと。

 もう誰のためでもない。これからはあたしが、あたしのためだけにゲームを楽しむ番。そのために必要な儀式なのだ。


「それでは仮想躯体を設定いたします。外見に関するご希望はおありでしょうか」

「ありまくりね。徹底的にやるから」


 さあて、ここで現実リアルと同じ姿にしようものなら新アカの意味がない。作りこんでやりますとも。


 ――こんなところかな。


 そこにあるのはあたしとは似ても似つかない姿となった仮想躯体。

 顔立ちは根本から別人をベースにして年齢設定を引き上げて、相当に大人っぽくなったはず。憧れのモデル体型! ……別に悲しくなったりしない。しないったらしない。

 さらに普段は面倒くさがって短めにしている髪形をがっつりロングに。色は情熱的な赤にした。

 結果は単なる別人だ。

 あたしだと気づく者はまずいまい。これで心置きなくゲームに打ち込めるというもの。


 外見を作り終えると、事務員が用紙を差し出してくる。紙面に残された空白は名前のみ。


「プレイヤーネームは……じゃあ『ワズ』でお願い」


 準備は整った。それじゃあゲームを始めましょうか。

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