#6 流々細工に仕上げを望み


 さてもワズに大見得を切った手前、きっちりとエクソシェル・ヴェントを再建せねばならないところだけど。

 材料はある。とはいえ言うは易しというのが正直なところ。なにせリンジャー氏の工房は砲撃で木端微塵なのであるからして。

 特に痛いのが大掛かりな設備類が全滅したこと。いかに腕の良い職人であっても正しく道具がなければ力を発揮しえない。


「ははは、駆け出しのころを思い出しますね。こういうのは工夫できるんですよ」


 などと悩んでいる私の横でリンジャー氏が動き出していた。

 材料として集めた機械生命の残骸を丁寧に検分すると必要な部分を取り外してゆく。


 まずは対人レーザー。続いてパワーソースを再起動させると、供給されたエネルギーでレーザーをぶん回す。

 そこからは留まるところを知らない。見ていて気持ちよくなるほどテキパキと解体は進み、あっという間に部品と道具が出そろっていった。

 手作業だというのに呆れるほどの速度だ。ノンプレイヤーキャラNPCといえど侮れない、というかこの人相当強く設定されているのでは?


「道具も現物で賄うの」

「ええ。機械生命の解体は駆け出しのころによくやったものですよ。何せ奴らとはひっきりなしに戦っていますからね、これを覚えておくと食いっぱぐれないというわけです」


 話しながらも淀みなく作業は進み、さほどの時を待たずに完了した。ここまでは良い。


「でも、設計には構築支援システムCSSが必要では。どうするつもり」


 初代AoTにおいて、エクソシェル及びタイタニックフィギュアは極めて自由度の高いカスタマイズが可能だった。

 それは機体の組み替えにとどまらず、部品を組み合わせてオリジナルのパーツを作ることすら可能。でもそのままだと難易度が高すぎて誰も挑戦しなくなる。それを補うのがこのCSSの存在だった。


 直感的で扱いやすいI/Fを備え、どれほど複雑な構造だって心行くまで練り込める。AoTというゲームにおける構築ビルド分野を支える、非常に重要な機能なのだ。

 しかし今ここには工房の残骸しかなく、それらしいものは影も形もない。もしかしたらNPCはそんなものなくとも設計できるのかもしれないが、少なくとも私は困る。


 悩んでいると、リンジャー氏が得意げに笑った。


「そう焦らないでください、ちゃんとありますとも。少し手伝っていただきますが……」

「もちろん」


 二人して工房の跡地を探す。くずれた屋根の瓦礫を苦労して押しのけると、すすけた大地の一画にそれはあった。


「重要な設備であるCSSは地下に本体があるのですよ。ちょっとやそっとの襲撃では壊れません」


 なるほど。伊達や酔狂でこの街に暮らしているわけではないということか。

 そうして機械生命からケーブルを引き抜いて地下へとつなぎ、処理系を組み合わせて即席の端末をでっちあげる。敵とはいえ余すところなく利用しすぎでは。


 低い唸りと共にホログラムが立ち上がったところで思わず唸ってしまった。

 このゲーム、2は初代に比べていろいろな点が変更されている。以前ならば自前のガレージでないと利用できなかったCSSが、まさか荒野のど真ん中で動こうとは。


 感心している間にも作業は進んでいた。システムに保管されていたヴェントの設計図を呼び出し、機構を展開。現在の材料を用いた場合の差異を反映してゆく。

 リンジャー氏はヴェントの設計を知り尽くしているだけあって鮮やかな手際である。


 次は私がシミュレーターを起動して、設計を変えたヴェントの動きを確かめた。

 悪くない。細かな操作感などは実際に動かさないとわからないが、今のところ以前と遜色ない動きに思える。


「残るは組み上げですね。ここからが製造の本番ともいえるところです」

「仕方がない。変わったパズルをプレイするとでも考える」


 設備の整ったプレイヤーガレージならばともかく今は廃墟である。CSSの力を借りれただけでも恩の字か。

 これからしばらくはログインするたびに建造の手伝いをすることになりそうである。


 ちょっとばっかし面倒なところもあるが、考えようによっては悪くない。

 なにしろリンジャー氏という高スぺNPCによるチュートリアルを受けられるわけである。しっかりと学ばせてもらおう。



「脚の組み上げには強力なシリンダーを使って。重心が変わるから電磁流体装甲EMFAの配置も考え直さないと……」


 ――はっ!? マズい、仕事中だというのに思考がVR世界へと飛んでいた。

 周囲の様子を窺うが不審を抱かれた様子はない。ソフトウェア開発の現場など誰かしらがどこかで何かを呟き続けているようなものなので、ちょっとやそっとじゃ気にされないのである。マジで。


 とはいえ油断が過ぎた。昨晩はちょっとばかり――ほんのちょっぴりだけ夜更かししてしまったからか、頭の中が上手くかみ合っていない気がする。

 その証拠に気を抜くとすぐにAoTのことが頭に浮かんで思考がそれてしまう。ここがデスマーチなら死んでもおかしくないほどの油断だ。


 まずは珈琲を買いに行くとしよう。気分転換したら、一気に今日の仕事を終わらせてしまう。要は進捗さえ満たしていればよいのだ。

 お楽しみはそれからで。



「お待たせー。待った?」

「ん、ワズ。久しぶり」


 結局、ヴェントの組み上げにはあれからリアルで数日の時間を要した。

 もちろんゲームに入りっぱなしなわけはなく、仕事終わりにログインしてを繰り返しての作業だ。


 設計まではとんとん拍子だったが、さすがに組み上げにはてこずった。

 リンジャー氏は有能な人物だが物理エンジン下における重量物の取り扱いまでは解決できなかった。

 なにせ重機も機材もなくほぼ手作業なのだ。

 むしろ完成しただけ奇跡の範疇では? そんな気すらしている。


 組み上げが終わろうかという頃になって、ワズが久しぶりにやってきた。

 正直、彼女の存在をあまり気にしていなかった。ここしばらくとんと顔を見せなかったけれど何をしていたのだろうか。

 妙に自信ありげな笑みを見るに、良い話をもって来たのだと信じたいところである。


「そんなしかめっ面しないでよ、別に遊んでいたわけじゃないし。いや、ゲームだから遊んでるんだけど遊んでなくてね?」

「はいはい。こっちは見てのとおりヴェントの再建が終わったところ。慣らし運転をしたいのだけど……」

「あー。さすがにもう一回吹っ飛びたくはないわね」


 ワズの表情が硬い。そりゃあ共用コースに行けばもう一回砲撃が飛んでくること請け合いだからだ。

 私だって同じ轍を踏む気はさらさらない。


「少し条件が悪くなるけど、荒野オフロードで試すとしましょうか。それで、あなたは」

「まぁ聞きなさいって。襲撃犯のことが知りたくてさー、情報屋ってやつを当たってみたんだけどね……」


 いわく、情報屋を探すのに街中すみずみまで歩き回ったこと。

 まず見つけるのにイベントが発生して、依頼するまでにイベントが発生して、情報を得るのにさらにイベントが……と連鎖に巻き込まれたこと。

 という苦労のほどをこんこんと語ってくれた。


 こいつ何やってるんだ。


「しょうがないでしょこっちは素寒貧なんだから! 依頼費を抑えながら情報を得ようと思ったらイベントをこなせって……」

「はいはい。わかってるから」


 いちおう駆け出しでも手間を払えば情報を得ることはできるのだから、親切の範疇ではある。


「そもそも街中がレースの話題で持ちきりって感じ。襲撃に関する話もあったんだけど、正直ね……」

「犯人は判明して?」

「いすぎる」

「……どういうこと」

「言葉のまんま。正直、参加者の中で妨害工作してないのってリンジャーさんだけなんじゃない? ってくらい皆やってる。犯人が誰かなんてレベルじゃないわけ」

「……もうレースじゃなくてバトルロイヤルにすればいい」

「そりゃ名案ね!」


 ワズはケラケラと笑っているが、こちらはまったくもって気分ではない。


「そもそもこんな惨状でレースが開催されるの? とうに中止になっていてもおかしくない」

「そこはだって、基幹企業プライマリの一存ってやつ。止める気まったくなし」


 なんともロクでもない状況である。溜め息も漏れようというものだ。


「ということは、私たちは嵐のような妨害をかいくぐりながら一位を取らないといけないってこと。さすがにちょっと面倒」

「いまからでも妨害に走ってみる?」

「個人的に論外。それに依頼人クライアントも頷かないはず」

「でしょーねー」


 ワズが投げやりに肩をすくめ、ソファーに身体を沈ませた。

 ちょうどそこに、リンジャー氏がグラスを乗せた盆を手に現れる。


「調査には骨が折れたことでしょう。これで一息ついてください」

「ありがと。ねぇリンジャーさん。知ってたの? この状況」

「……はい。基幹企業プライマリの参加が決まってこちら、街の外殻工房とは目も合わせられません」


 そりゃあ血で血を洗うような抗争をしながら日常の雑談が出来たらびっくりである。


「一応聞くけど、しないのね?」

「しません。私どもはあくまでも外殻工房、これまでだってエクソシェルの腕前を競ってきたものです。だったら最後まで意地を通したい」


 彼は小さく、おそらくは街での仕事はこれで最後になるでしょうが、とつぶやいた。

 勝敗に関係なくこの街に彼の居場所は残らないだろう。それは確かにそうだろうが。


「別の街で仕事を始めたら、連絡をちょうだい。エクソシェルだけじゃなく、タイタニックフィギュアも注文したいから」


 リンジャー氏は驚いた様子で顔を上げた。

 たとえ街を移ったからとて仕事まで廃業してもらっては困る。腕の良いNPCは今後とも利用させてもらいたいのだ。


「……わかりました。その時は全身全霊で当たらせてもらいます」


 悲壮な雰囲気を漂わせていたリンジャー氏だったが、ちょっと和らいだように思う。

 技術に誇りをもつ人物は作ることを求められてこそ熱意を起こす。彼は大丈夫だ、残る問題は。


「ワズ。レースはもうめちゃくちゃかもしれない。でも私たちは勝利する。ここで負けるのは

「……くく。そうね、じゃあ作戦会議」


 なんて不気味な笑顔。どれだけ顔の造形を頑張っても滲み出るものは隠せないらしい。

 ひとまずワズがやる気十分なのは幸い。ただでさえ少ない味方がさらに減らないのはありがたい。


 まともなレースにならない以上、どれだけ速いエクソシェルがあったところで勝てない。

 私たちにも備えが必要だ。


「ちなみに妨害を止めるってのは無理ね。というか、ありすぎて潰しきれないわこれ」

「わかってる。対策はレース当日に絞る」


 どうすればいい。

 エクソシェルをどうこうするのは除外する。今から付け焼刃を施すには、ヴェントは完成度が高すぎる。足を引っ張る以外の未来が見えない。

 戦術は組み立てるけど、ぶっつけ本番になる以上不安要素は残る。

 何か、もっと決め手となるような――。


 ふと、積み上げられた残骸が目に入った。

 ヴェントを建造するために狩り集めた機械生命の残骸。エクソシェル一機分を組み上げてもまだ十分に余っている。


「……ワズ。レース中の妨害にカウンターを仕掛けようと思う」

「それができりゃあってね。どうやって? とにかくあたしらには準備もなけりゃ戦力もない」


 ヴェント一機でできることには限界がある。だが一機でなければ――。


「最高ね、無いない尽くしなら後は増えるだけ。幸いここに材料だけはある」

「お手伝いいたしましょう」


 リンジャー氏はすぐに意図を汲んでくれる。優秀なNPCは話が早い。


「ま、やるだけやってみますか」


 確かに一機が二機になったところで焼け石に水かもしれない。しかし。


「ここからは私たちが借りを返す番」


 三人で集まって頷きあう。

 さて、残る問題は――レース当日までのログイン時間を確保しないといけない。

 実際のところ、そっちの方が骨が折れそうである。

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