Am I a Frog or a Rabbit?

雪鼠

第1章 The frog in the well desires to know the great ocean.

女王になるまで

第1話 井の中の蛙

 私はこの王国の次期女王。お母様が亡くなり、お父様も病で伏せっている今、国民は新たな王を待ち望んでいた。


「レイ様。どうかご決断を」


 すたれてしまったこの国の、王家として残されたのは私一人だけ。

 この国の慣例として、王家の人間は二十歳の誕生日に結婚をし、一人の大人として政治に関わる。十六歳ともなれば、許嫁との親睦を深めているはずなのだが、立場上その許嫁の決定にも慎重にならざるを得ず、未だに席は空いたままだった。


「レイ様……」


 許嫁が決まり次第、王位を継承すること。それがお父様と交わした約束。現在私の目の前で膝をつきかしずいている男性も、その候補者の一人だった。


「今回はお断りさせていただきます」


「そんな……」


 これまでも幾度となく名乗りを上げる人物が現れたが、私が認めた人物は一人としていない。それは全て私個人の問題であり、相手に非があるわけではなかった。


「レイ様、それでは……」


 どよめきが空間を満たす中、宰相の消え入りそうな声が耳に届く。私にも譲りたくない確固たる思いがあったが、彼らの心労を考えれば考えるほど、その殻は容易に剥がれ落ちていった。


 これ以上、王の席を空けることはできない。


「今この国は、新たな王を求めています」


 誰も聞き逃すことのないはっきりとした声が、広間に集まっていた人々の口をつぐませた。静寂はその声の主である私へ、刃物をちらつかせるかのように、その立場から生じる責任を突きつける。

 誰もが私の次の言葉を待ち、その発言の真意を見出そうとしていた。


「私の守護騎士に勝った者を、許嫁といたしましょう」


 突然名を挙げられた私の守護騎士へ、人々の視線は流れていった。しかし彼はそれに気を散らす様子もなく、さも当たり前だったかのように佇んで動かない。感情の揺れを見せることのない彼の態度が、私の心を締め付ける。


「武闘会を開催いたします!」


 私の言葉に、賛同を示す声は続かない。この場にいる誰もが発言を控え、暗に私への不安感を募らせていった。


「レイ様、お考え直しを。そのような判断をなさるのは、いくらか性急すぎる気がいたします」


 ただ一人、これまでお父様を支え続けた宰相だけが反論の声を上げた。

 彼はお父様を心の底から信頼し、この国のために尽くしてくれる、本当に優しく聡明な人だった。彼だけが、私の言葉の真意を理解していた。


 だから私も、彼に反対されることは最初から分かっていた。私が自らの手で傷つこうとする様子を、黙って見ていられる人ではないから。


「何も問題はありません」


 彼の優しさに甘えるわけにはいかない。それはレイという一人の人間を捨て、女王として国を支える、私の決意そのものだった。


「守護騎士は……彼の強さはこの国の者として誇り高いものです。だからこそ、彼に勝つことのできる人物が現れるのは奇跡に近い」


 守護騎士は誰よりも古くから王家に仕え、この国の頂点に立つその強さが揺らぐことはなかった。彼の強さを知らない者は、この国にはいないだろう。だから宰相はこの言葉を選んで私を止めようとした。限られた者しか知らない秘密を、ここで告げることはできないから。


「守護騎士に対して、戦いを挑む人の数に制限はありません。もちろん時間をかけていただいても結構です。この国最強と謳われた彼でも、いずれは負けます」


「ですが負けてしまうということは……」


 それから宰相が口を開くことはなかった。

 守護騎士が負けるということは、私の許嫁が決まるということ。それを望んで行われた宣言で、彼が負けることを拒否することなどできなかった。


「他に反論する者は?」


 許嫁を決めたくないわけではない。その必要性は、私が誰よりも痛感していた。ただこうでもしなければ、許嫁を認めることなどできそうにないだけ。


 これは私の人生における一つの区切りだった。


「武闘会を、開催いたします」


 押し黙った空気の中、私の宣言を聞いた宰相は一人、眉間にしわを寄せたままこの場を後にした。

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