四話 尋問
ボクたちは、あれからもう少し探索を続けて、ボクは持っていた魔晶石を詰めるための巾着袋がいっぱいになるまで続けた。
くノ一の女性もそれにしても付き合ってくれてはいたが、時折彼女の観察するような視線が気になった。
丁度目の前の怪物を斬り伏したところで、怪物の姿もなくなり巾着袋も重くなってきたのでそろそろ迷宮から出ることを提案する。
「あのう、そろそろ帰りませんか?」
「ん、了解した」
何食わぬ顔で鎖鎌を怪物に投げていたくノ一は、鎌を回収しながら振り向き頷く。
シグが必死に倒した怪物をものの一撃、しかも全然力むこともなく最低限の攻撃で急所を突き、あっという間に魔晶石の道を築いていた。
石の回収に数分。ようやく外に出ると夕日が傾き、同じようにくたびれた同業者が増えていく。
「それじゃあボクはこれで」
「待ちなさい」
「ぐえっ」
そそくさと逃げようとしたシグは彼女に首根っこを掴まれて止められてしまった。
そのまま引き込まれ、耳元で小さく低い声で囁かれる。
「聞きたいことがあるっていったでしょう? 付き合ってもらうから」
「⋯⋯はい」
くノ一は有無を言わさず、そのままズルズルと引きずられていくシグ。
◇
換金所で必要分の魔晶石を換金してもらったところで、くノ一に手首を掴まれたまましばらく歩いた先にあった民家に連れ込まれた。
「あの、ここは」
「私が寝床に使ってる場所」
煉瓦で出来た家屋は、廃屋とまではいかないが手入れのされていない外観からはどこか入りづらい雰囲気があった。
入るのを躊躇っていると、「早く入りなさい」とくノ一の女性に言われ、仕方無くお邪魔することにした。
「お、お邪魔します」
「荷物はここに置いて、中央の椅子に座りなさい」
拷問かな。
そんなことを思いながらもシグは言われた通りに武器や小銭入れを含めた荷物を部屋の入り口横にある棚に置いて、テーブルを囲んで複数個置かれている椅子の一つに座った。
「もう遅いと思いますけど、返してもらえます?」
「それは許容出来ない」
「やっぱりですか」
ばっさりと切り捨てられ心がへし折られるが、立ち直る時間もなく尋問が始まった。
「まず君に聞くけど、アナタは怪物なの?」
「いや、ボクは人間です。それは絶対変わらない」
嘘はつかない。つく必要すら今の状況には存在しないのだから。
「じゃあ今日迷宮であった、怪物になったあの現象は?」
「それは」
『ソレハ俺ノ仕業ダ』
「お前は」
話を遮りグラウが触手を覗かせた。
出てきたグラウを見た瞬間、くノ一は何処からともなくナイフを取り出して切先を此方に向けてきた。
それを触手の眼球で眺めていたグラウは溜息を一つ、触手を戻したかと思うと、身体が縛られたように動かなくなり、溶けだしたグラウに飲み込まれてそのまま主導権を無理矢理入れ替えられた。
『まずは自己紹介が先じゃねぇのか? 覆面女』
「⋯⋯分かったわ」
そう言うとくノ一は覆面を外し、結わえられていた黒髪を解いたくノ一はその素顔を全て晒した。
そして己の名を言い連ねる。
「私はアイラ。アイラ・アルバスよ」
艶のある長い黒髪。整った顔立ちは東洋人の血が混ざっているようだ。釣り目の眼光は鋭利なもので、ずっと睨まれていて尻込みしてしまうが、グラウは頬杖を突いて太々しくしていた。
「(あ、あの時の!)」
『誰だ』
「(昨日すれ違った人だよ)」
『あぁ』
グラウと話をしていると、耳元にナイフの刃をちらつかされた。それと同時に二人して押し黙り、息を飲む。
「一人で何を話しているの」
『お前には聞こえねぇだろうが、意識で話してたんだよ』
「そんなこと」
『お前の言うバケモノに常識求めてんじゃねぇぞ』
グラウは徐にナイフの刀身を掴んでくノ一に押し返した。
その反応にくノ一は眉をしかめながらナイフを奪い取り、片手に持っていた鞘に納める。
「今度はアナタ⋯⋯達が名乗る番じゃないの?」
ぶっきらぼうに、最低限の言葉を並べて済ませたアイラと名乗る女性は、仕舞ったナイフを部屋の入り口横の棚に放り投げて、向かいの椅子に座った。
寸で複数形に変えたアイラさんは対面で警戒心を全面に出したまま話を進めてくるので、グラウに変わってもらうように相談し、身体の主導権を変わってもらった。
目の前で怪物からただの人間に戻る様子を見ていたアイラは、それでも信じられないと言う表情でその情景を眺めるだけだった。
「えっと、シグ・ウィットです。冒険者をやっています」
『俺ハグラウダ』
引き気味な顔をしていたが、一つ咳払いをして持ち直したアイラは話の本題に入った。
「じゃあ、戻るけどアナタ、シグは人間なの?」
「はい、一応」
「一応て、それじゃあそれ⋯⋯グラウだっけ、そっちが怪物なの?」
『アァ』
「そう。じゃあ質問していくね」
簡単な問答に最低限の返事を返していき、ある程度の情報整理がついた。
「つまり、先日迷宮で出会ったアナタ達は怪物の群れと遭遇して乱闘になった後、応急処置の代わりとして融合した、と?」
「大まかにそんな感じですね」
『改メテ考エタラ何デアンナ事シチマッタンダ⋯⋯』
「酷くない?」
辛辣な言葉に傷付いたと嘆くシグを横目にグラウが知ったことかと吐き捨てる。
そんなものを見せられて、アイラは何故こんなにも緊張が無いのかと落胆していた。
「⋯⋯どうしてそんなにお気楽なのかしら」
気楽と言われたシグとグラウは互いに見合わせて、グラウの触手を引かせたシグが口を開けた。
「全然気楽じゃないですよ。今でも大部怖いです」
「じゃあ何でそんなにも怯えてないの?」
アイラの質問に少しの間を開けてシグが答える。
「目の前に敵になる人がいるから」
「⋯⋯」
座ったままの態勢で体が力む。
今まで気にしていなかったが、さっきからずっと一挙一動を観察されていたのは知っていた。穴が開くほど見られては感づいてしまうもまのだ。
「一つ聞くけど、君が私に勝てると思う?」
「これっぽっちも」
笑みを見せないまま、只只質問に答えるシグだが、腹の中ではいつ逃げ出そうかと考えていた。
何もなければこのまま帰ろう。そうでなければ、例えば何処かに連行されたりこのまま斬られたりしたら、直ぐ様逃げる。
ため息をついたアイラが目の色を変えて立ち上がる。
「まったく⋯⋯逃げてもいいけど、全力で追いかけ⋯⋯」
それを言いかけたか否かと言ったぐらいでシグはおもむろに立ち上がり、逃げだすかと思ったアイラも椅子を蹴り飛ばして追いかけようとしたが、シグは逃げることも武器を取ることもせず、なんと自分の前に膝を着いて頭を下げてきた。
「お願いします! どうか、どうかボクに戦い方を教えてください!」
「は?」
『何言ッテンダオ前⋯⋯』
頭を下げるシグ。
困惑してシグを見下げるだけのアイラ。
締まらない微妙な空気がその部屋に流れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます