三話 くノ一の襲撃
◆
シグが眠りに就いてから、一人真っ暗な身体の中に漂っていた。そして今日、いやもう昨日かもしれない。この少年と出会ったことを思い返してみる。
迷宮の洞窟で少年と出会い、目の前の怪物の群れを討伐した。しかしその過程で俺はこの少年の中に閉じ込められてしまったのだ。
俺は魂の無い物、武器や道具等の物や、死んでしまった人間など生物ではなくなったものに憑り付ける能力があるようで、武器に憑けば強度を増して、死体に憑けばその身体の限界値の能力を自在に扱える。それを使って迷宮を出ようとした。
少年と出会った時もその能力で窮地を切り抜けようとしたのだが、俺が憑いた直剣を扱っていたシグがやられて死に体になった。
放っておいてもいずれ死ぬだろう、そう思った俺はシグの身体を使うことにした。俺が入った時点で俺はシグは死んでいたものだと思った。いや死んでいないとおかしいのだ。
俺が憑けるのは魂の抜けた抜け殻か、魂のない物だけなのだから。
◇
朝の陽ざしが窓から惜しげもなく差し込める。瞼を閉じていても瞳孔の内側を焼く光に眠気をこそぎ落とされ少年が簡素な寝床から這い出る。
「・・・・・・ふぁ」
『ヨウ、起キタカ』
「うわっ!?」
『ビビンナ』
寝起きの働かない頭で呆けていたら突然した掛けられた声に驚くシグ。誰だと首を振っても人の影も形見えず動揺したが、ふと昨日の出来事を思い出して声の正体に気が付く。
「えーっと、グラウか。おはよ」
『オウ』
シグがその場に胡坐をかいて座り込む。項辺りから黒い触手を生やし、その先端に口と目玉をぱくりと開いて特徴的な声質で声を掛けてくるグラウ。
少年は奇妙な怪物を撫でて言葉を交わす。
「昨日はありがとう、助かったよ」
『アァシナカッタラ俺モ危ナカッタンデナ。ソレニ、アノ人間供ハ気ニ入ラナカッタダケダ』
「あはは・・・・・・」
空笑いしか出てこない。しかし彼が居てくれたからこそ、今自分が生きているのだと鑑みる。
まだ出会って一晩しかたっていないので彼がどんな人柄かは知らないし、何故迷宮で怪物に襲われていたのかは知る由もない。
しかし、もし知っていたとしてもグラウは今ボクの身体の中に入って出てこない。いや出てこれないと彼は言っていたので強制的に共同生活していくことになる。
「今日も迷宮に行くんだけど、いいかな?」
『俺ニ聞クナヨ、勝手ニシロ』
「うん」
グラウはそう吐き捨てて触手を引き戻した。
彼との会話が終ってさてと体を起こして洗面所に向かう。蛇口をひねって水を出し、顔と口の中を洗浄する。ささやかな爽快感を得たところで寝巻から迷宮探索用、殆ど私服と化している麻の服に着替えてその上から革製の簡素な武具を着込む。腰背面に、鞘に納めた片手直剣を携え家を出る。
「いってきます」
朝の陽光を見に浴びて身体を力ませ、今日のやる気を満たす。自然と口角が上がって拳を握り、開いてまた掌を空に晒す。
街の中心、迷宮へ向かい走る。
「これください」
「あいよー」
朝の街角の露店で即席の携帯食料を二個購入する。一つを口に咥え、迷宮に向かう道を一直線に走って進む。道中に同業者と思わしき人や行商人か、大きな荷車を馬で牽く人が視界に移り通り過ぎていく。
ある程度走れば迷宮の入り口が見えてきて、第一の門の前には左右に二人の警備員が立っていた。
軽く会釈して門を通ろうとしたら、一つ異変に気がついた。
門が開いていない。
いつもは基本開けっ放しになっている三つの門が、今目の前の一つ目の門が閉じた状態にされていたのだ。
「あの、今日どうしたんですか? 門が閉まってますが」
「ん? あぁ、実は昨日迷宮で怪物の大群が現れたそうでな。もう討伐されたそうだが、対策として今は閉めてるんだ」
「そ、そうですか」
身に覚えがありすぎて愛想笑いしか出なかった。
「誰かのイタズラかと思われていたが怪物の群れに追われている冒険者の目撃情報が数件あってな、半信半疑だが大事に越したことはないだろうと言うことで、暫くは門を閉めることになった」
「へ、へぇー」
身に覚えがありすぎて適当な相槌を打ってしまう。世間話、いや一方的に話を聞いてやっと門を開けてもらった。
門を潜る。中は迷宮の洞窟に繋がる人工の通路になっており、石畳が朝の空気でひんやりと冷えている。
少し進んで第二の門に到着。そこでも門番の警備員がいるので軽い挨拶をして抜ける。
第二の門を抜けるとこれまでの石畳とは一変して、ゴツゴツとした岩肌の、薄暗い迷宮の洞窟が姿をみせる。通路には等間隔で灯りが灯されており、足元が見えないと言うことはないが、明暗が際立っているからこそ、薄気味悪さを引き立たせる。
岩肌の道を進むと、目の前には三つ目の門が佇み、沈黙している。一、二と違って門は一回り大きく、より分厚く鈍重だ。
門の左右には同じように警備員がいるが、これまでの人より一回り以上の体格差があり、門番とも言えるほどだった。
二人に話をして、開かれた門を潜ってやっと迷宮に踏み入る。
薄暗い、ほんのりと感じる湿り気、反響する空気の音はおどろおどろしい。遠くから聞こえるのは金属音だったり雄叫びだったり、決して聞いていて心地好いものではない。
それでもこの場所に入るのは皆目的があってこそだ。
金、名誉、力、大々的にこんなものか。他にもあるだろうが、それも人としてあり得る欲だ。否定はされない。
『昨日ノ。見ラレテタノカ?』
「どうだろう、ボクが叫んでたから、それを聞かれてただけじゃないかな。他の人見なかったし」
『アノ騒ギダト、知ラレテモ仕方無イカ』
うなじから生やされる触手のグラウと話をする。 触手は細長く、迷宮の暗さで視認しづらい。
「でもなんでボクだけ襲ってきたんだろう?」
『ナンダ、イツモアンナ感ジジャナイノカ?』
「そんなわけないでしょ!?」
さらっと物騒なことを言われてしまったので半ば食い気味に否定する。
「いつもは怪物自体あんなに集まることがないし、それにあいつらは食べることが目的だから大きい集団になるメリット自体少ないはずなんだ」
『アァ~・・・・・・』
何か思い当たる節があるのか、いやものすごく嫌そうに唸るグラウ。
話ながら進んでいたら一匹の、犬型の怪物が出てきた。
体長は1Mほどか、大きくないからと言って気を抜けば噛みつかれて悲惨な目にあうだろう。焦げ茶に近い毛色で瞳は黄色く濁り、荒んだ瞳孔は植える眼差しでこちらを見据えている。
直ぐ様抜刀して怪物を見据える。向こうも四脚の脚を力ませ唸りながら牙を見せてくる。
『怪物カ、俺ガ出ルカ』
「いやいやいや、グラウは出てこなくていいよ! 昨日はあんな大群だっただけで単体なら大丈夫だから!」
白い線を肘まで伸ばしてきたグラウを押さえ込むように引き留めて宥める。グラウは『ソウカ』と一言残して伸ばしていた線を引っ込めてくれた。
ひやひやしながらも目の前の怪物に集中する。
相手は見たところ一匹のみ。
犬型は数匹で群れることがよくあるが、今回はそうでもないようだ。しかし油断していたら物陰から目レが出てきてやられてしまった、と言う話は五萬とあるので気を付けねばなるまい。
『グァウッ!』
「フッ!」
飛び掛かって噛みついてきた怪物の咢を刀身で受け止める。
手足が細い四足歩行の怪物は攻撃手段が【体当たり】か【噛み付き】の二択になることが多い。どちらも防いでしまえば大きな隙が出来るので、その隙に攻撃を与えるのが得策とよく言われる。
しかし、犬型は稀に【遠吠え】で仲間を呼び寄せることもあるので、倒せるならすぐに止めを刺さなければならない。
魔晶石目当てで仲間を呼ばせると言う手段もあるが、生憎対処しきれるはずが無いので堅実に一匹のみを倒す。
剣に噛みついて離れない犬型を蹴飛ばし、倒れて起き上がっている隙に上段から無造作に剣を振り下ろし、首を断つ。
「ヤァッ!!」
『ギュイッ』
剣の斬れ味が良いとは言えないものなので、皮と肉に阻まれ骨が折れる感触が伝わる。
犬型の怪物は耳障りの悪い断末魔を上げた。
頭を刎ねられた犬型は少し痙攣した後、力なく岩肌の地面に倒れ伏して泥のように崩れて魔晶石を残して迷宮の地面に消えていった。
『マズハ一匹、ヤッタナ』
「そりゃやらなきゃ。進まないといけないから」
本体が消えたと同時に泥となった血を剣から振り払い、鞘に納める。目の前に転がる小指ほどの魔晶石をつまみ上げて左の腰にぶら下げた巾着袋に押し込む。
幸い群れは居ないようなので早足に迷宮の奥へと進んでいく。
怪物は少ない。遭遇しても数匹、もしくは数体の数で、対処はしやすい。それでも油断を晒せば攻撃されるし、相手によっては躍起になって襲ってくる怪物もいるので無傷とはいかない。切り傷や痣、あまたの生傷を作りながらも進んで止まらない。
それでもシグは着実に迷宮奥部への歩みを止めない。
目の前に現れる怪物は斬り伏せ、魔晶石を抜いてまた進む。
何かに憑りつかれたように。
それを幾度か分からなくなるまで続けてひと、脚を止めた。
『ドウシタ?』
「お腹空いた」
『ハァ?』
シグはその場で瞳を閉じて深く息を吐く。見開いていた瞳は脱力し、力んでいた身体から力が少し抜けて、いつの間にか握りしめて離していなかった直剣を逆手に持ち替えて腰委の鞘に納める。
間を開けずに腹が何か入れろと身を揺らして食欲を訴える。
シグは懐から今朝に駆った携帯食の一つを引っ張り出して包装紙を引きはがし、無造作に噛みつく。バリバリと鳴らしながらかじり取り、数口飲み込む。
そんな時、物陰から一匹のゴブリンが顔を覗かせる。
『グギッ』
ゴブリンはこちらを視認すると、数匹の仲間を引き連れてこちらに向かって走り出してきた。
「むぐっ!?」
『チッ! ドケシグ!』
「うわ、ちょ、グラウ!」
グラウの声が聞こえるのと同時に、自分の意識と視界が後ろに引き込まれるような感覚になった。
気が付けばボクはグラウと体の主導権を交代させられたようで、目の前には視覚情報が客観的に移されていた。
シグの身体がグラウと変わるのと同時に、シグの身体を黒い触手と影が飲み込んで全身を真っ黒に染める。そして白い線が、全身の関節に添うように走る。今度は細い線だが、最初は一本だけだったのが今回は二本に増えていた。さらに、全身が一回り程ではないが大きくなっている。
その体格はシグの物に比べて頭一つ分ほど背丈が変わっていた。
『はァ、魔晶石も侮れなねェなァ』
真っ白な瞳で全身を眺めていたグラウは、目の前まで接近していたゴブリンを片手間に屠る。
一匹目は裏拳で、二匹目と三匹目は打ち出した拳で風穴を開け、四匹目は掴んで壁にめり込ませた。逃げようとした五匹目は他の個体が持っていたこん棒を投擲して後頭部を弾けさせた。
どれも魔晶石を残して泥となり、等しく迷宮の地面へと消える。
『よし、終わりっと』
「(ありがとう、グラウ)」
突然入れ替わったとは言え、またも助けてくれたことには感謝しなければいけないだろう。
『気にすんな、お前に怪我されるのは此方も不都合みたいだからな』
「どういうこと?」
『帰ったら話す』
含みのある言い方をしたグラウに疑問を持つが、あとで説明がもらえるなら今は何も言わない。
それよりも迷宮攻略が大事だ。
『それじゃあ一回解くぞ』
「(うん)」
一先ずはグラウに飲まれた状態を解除しようと意識を傾けた瞬間、またも物音がしたので振り向くと、眼前に小太刀が迫っていた。
『うぉおっ!?』
「チッ!」
グラウは振り抜かれた小太刀を上体を反らしてギリギリで避けたが、起き上がりと同時に出された蹴りによって後退する。
『何しやがる!』
「こんな上層に喋る怪物とは・・・・・・何がどうなってるのかしら」
攻撃を仕掛けてきた人物は東のアサシンのような風貌の女性。口元を布で隠し、手足や腰には何ならポーチや金属製の武器のようなものが顔を見せる。
腰を落として小太刀を構え、今にも斬りかからんとする姿勢にグラウは臨戦態勢に入る。
「(グラウ、待って。あの人見たことが・・・・・・)」
シグは既視感を覚えて、グラウを止めようとするが、彼に憑いた怪物は止まろうとしない。
『誰だか知らねぇがいきなり刃ァ向けるとは卑怯じゃねェか?』
「怪物に対して卑怯も真面目もない。殺すだけ」
『ハッ、殺れるならやってみろよ』
「成敗・・・・・・!」
「(待ってってばぁ!)」
今のシグがいくらさけぼうとも、グラウが身体の主導権を握っている状況では声を発することすら叶わない。
目の前のくノ一は逆手に持った小太刀で斬りかかっては距離を取る、堅実な戦法を取ってくる。
それに対してグラウは一つ一つの攻撃を躱してはいるが、時折混ぜられる体術との連撃によって調子を狂わされ、捕らえようともしても空を掠め、その隙にまた一撃、更に一撃と攻撃を負う。
『クソがァ!』
「沸点が低いのは怪物皆同じ、か」
『オレをあんなのと一緒にすんじゃねェ!』
頭に来たグラウが半ば強引にくノ一を捕まえようとする。くノ一は難なくグラウの腕をすり抜けて刺突を当てようとしたが、それに対してグラウはあろうことか何のためらいもなく小太刀の刀身を掌で受け止め、くノ一の手を掴んで動きを止めた。
「何ッ!?」
『やっと捕まえたぞ・・・・・・』
不敵に笑う黒い人型の怪物。手の甲から刃が生えているというのに一切動じることはなく、振りほどこうとするくノ一の抵抗を片手一つで押さえ込んでしまう。
怪物は拳を握り締め、身体を捻って後方へ運ぶ。
『とりあえず喰らっとけやァァーーーッッ!!!』
「ッ!」
怒りを抑えようともしないグラウは躊躇いもなくくノ一に拳を打ち放つ。
だがそれを良しとしないシグ。
「(待って!)」
『グッ!?』
その声に呼応するかのように、グラウの拳がぴたりと止まる。意図的に止めたのか、それともシグの意思か、拳はくノ一の眼前で停止した。
『シグ! 邪魔すんじゃねぇ!』
「(待てって言ってんじゃんか!)」
『殺られたら元も子もないんだぞ!』
「(だから話し合いで!)」
迷宮に響くくぐもったような少年の声。グラウとシグが言い合っている風景は、大声で人型の黒い何かが喋る書けるような独り言を言っているだけなのがくノ一を混乱させる。
くノ一は呆けて力んでいた全身を脱力させて、武器ごと手を掴まれたままなのも気にせずに目の前の異様な光景を眺めるだけだった。
「(何をしてるんだろう)」
やがて口論が終った目の前の怪物は、頭を掻き毟って根負けした。
『チッ、もう勝手ニシロ!』
「(うん、ありがとう。グラウ」
グラウとシグが入れ替わって、体を覆っていた黒い体表と白い線が胴体に引き寄せられるようにして収まり、伸びていた背丈が元の少年のものに縮む。隠れていた表情も童顔な素顔が晒された。
そんな二人の変態の瞬間を直に視て、腕を掴まれたままのくノ一は呆気に取られて言葉を失った。
「怪物から、人・・・・・・!?」
「うん、とりあえず、話は聞いてくれますか?」
くノ一は少し渋る様に唸り、やがて観念したように脱力して構えていた態勢を崩した。
「話は聞く。けど警戒はする」
「・・・・・・ありがとうございます!」
シグは思わず掴んだままの彼女の手を両手で握り握手をした。
小太刀の生えたままの手で。
「その前に、一先ず私の武器を抜いたほうが良いんじゃないかしら」
「あ、そうですね・・・・・・!」
シグは手に刺さったままになっている彼女の武器を掴んで躊躇いなく引っこ抜く。その様子を不意に見てしまったくノ一は不快感が漏れ出しそうな表情をしたが、マスクの上から口元を抑えて視線を逸らした。
武器を抜いた箇所にはこれまでと同じように、黒い影が差して傷口を覆い、一滴の血も流れる暇もなく完全に塞いでしまった。
「あれ、黒いままだ」
これまで通りなら肌の色と同じになって終わるのに、今回は傷を塞いだところで終わったことに首を傾げるシグだったが、痛みもなく、動きに多少の違和感こそあれど問題は無いと判断して気に留めないようにした。
「さて、君の話を聞きたいのだけれど」
「あぁ、はい」
話を切り出したくノ一は会話を始めようとしたが、武器を構えて予備動作もなしにシグの横紙を掠めて小太刀を下投げで投擲した。
「いっ!?」
『ヤッパリ殺ル気カコノ女!』
一瞬、騙し討ちでやはり殺しに来るのかとも考えたが、その予想は背後から聞こえた怪物の呻き声により排除された。
後方には眉間に刃が刀身の三割ほど刺さったオークが倒れていた。
『ギ、ギャ・・・・・・』
力尽きた豚の頭の怪物は、糸の切れた人形のようにぱたんと倒れて泥となる。
しかし出てきた怪物はそれだけではない。
昨日襲われた時と同じように、多種多様な怪物が右から左から、全方位から顔を出して此方を吟味してくる。
その中には笛を持ったゴブリンが、また紛れて下卑た笑みを浮かべていた。
『マタコイツラカ』
「立ち話をしていたら怪物に気付かれたみたい。倒してから聞いたんでいい?」
「いいですよ、話は迷宮出てからしましょう!」
「わかった」
シグは腰から直剣を抜き取る。くの一の女性は抜き身で地面に転がる小太刀に目線を送るが、直ぐに意識を目の前の怪物たちに戻して、太股に巻き付けた小型の収納ケースから折り畳み式ナイフを二本、片方を逆手、もう片方を順手に持ち、体を傾けながら疾走する。
「シッ!」
くノ一は一番近くにいた怪物に接近し、逆手でもっている方のナイフを一振りしてオークの目を切り裂き、順手で持ったナイフで魔晶石を斬り砕く。
倒れようとするオークをするりと躱して、次の獲物に刃を立てていくのだが、どれも一撃、二撃のうちに片付けてしまう。
「はっ、やい、なぁっ!」
『中々強インダナ』
怪物一体に対して数撃を費やし、尚且つ向こう側の攻撃を捌きながら対処しているシグが、攻撃の合間で愚痴る。
それでも集中は切らすことなく怪物を叩き斬っていくが、昨日の今日で急成長をするようなはずもなく、背後から忍び寄るゴブリンがこん棒を振りかぶる。
『シグ! 後ロダ!』
「!」
グラウの声に反応して振り向くが、目の前で振り下ろされた不意打ちに対処出来るはずもなく、諦めて腕で守ろうとしたが、こん棒の衝撃が骨に響くよりも先にゴブリンが横に倒れる。
「!?」
ゴブリンの蟀谷にはくノ一が持っていたナイフが突き刺さっていた。
だが、致命傷まで達していなかったのか、まだ起き上がろうとする緑肌の小鬼に気を取り戻し、両手で直剣を握り締めて振り下ろし、止めを刺す。
「お姉さん、ありがとうございます!」
「気を付けてね」
シグはくノ一に礼を叫ぶが、くノ一は少年を見ることなく飛び掛かってきたワーム系の怪物を後方に佇んでいた怪物の群れに向かって蹴飛ばしていた。
ナイフ術と体術を織り交ぜた彼女の戦闘方法は、金を抜けば見惚れてしまいそうなほどに洗練されていた。
『ナイフ使イ、カ』
くノ一を眺めながらグラウがぽつりと呟く。
だがその憶測は少しばかり違っていた。
『カシャァーーーッッ!!!』
這いずって接近してきた昆虫型の怪物に向けてナイフを投擲し、その頭を踏み抜いたくノ一。しかし怪物の数はまだ半分は残っている。見たところ手持ち武器の類は、ある様には思えるが、恐らくナイフだと仮定していたのを否定されて、シグとグラウは驚いた。
「二の舞、鎖鎌」
片手鎌二本を柄を長い鎖で繋いだ特殊な武器。
近接、中距離で扱うその武器は、投擲や深い斬撃を得意とする癖のある一品。
鎖を断たない程度であれば守りにも使える。
「さぁ、清掃時間よ」
くノ一は鎖の束を持ってウェスタンのように鎌を振り回す。そして下投げの要領で鎌を投げ、その湾曲した刀身をオーガの胸に直撃させる。核を砕かれたオーガが溶けるのと同時に鎌を手元に戻し、その戻す動作で、予め話を作っていたもう片方の鎖で近くにいた怪物数体を一纏めに縛りつけ、引き寄せて鎌で首を狩った。
その時、一匹のオークが、くノ一の持っていた小太刀を持ってシグに襲ってきた。
「うぅ!?」
咄嗟に直剣で守るが怪物のほうが優れている体格差故か、シグが押し負けている。
「ぐ、グラウ! 出れる!?」
『無理ダ、モウ魔力ガ無イ』
「そんなぁ!」
嘆いても結果は変わってはくれない。
シグは支えていた直剣を少し浮かしてすぐに引っ込め、一瞬の隙が出来たオークの脇に転がって鍔迫り合いから逃れ、オークの背後に回り込む。直剣を握り締め、片手を柄頭に添えて突きの構えを取り、オークの背中から胸部を一突きに貫通させる。
「よ、よし」
あのくノ一に比べると、とても遅い処理速度。
もしグラウに変われば昨日のように一掃できるのに、とないものねだりをしてみても仕方が無いのでとにかく生きることを前提として動くシグ。
シグにとってはほとんど補助のような立ち回りだったが、ようやく怪物の数が目測で数え切れる程度まで減ってきた。
最後の一仕上げと息巻くシグをよそにくノ一が鎖鎌と、いつの間にか回収していたナイフ二本を片付け、最初に持っていた小太刀を鞘に納めて構えていた。
腰に携えていた小太刀の鞘を抜き、腰部側面に添えるように持つ。柄に手を宛がい、順手ではなく逆手で掴む。
「我流、逆手抜刀術。『百枚卸』」
ぽつりと呟いたくノ一が、目にも留まらぬ速さで怪物の集団に接近し、一体ごとに抜刀、連撃、納刀を繰り返し、一瞬のうちに最後の怪物を細切れにしていく。
すべての怪物を通り様に斬り、振り切って刀身を払い、納刀と像時に怪物が泥になって消えた。
「凄い・・・・・・」
凛とし佇まいで鞘に納めた小太刀を持って振り向く彼女に、シグの意識は掴まれていた。
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