二話 知ったこと

 この世界には魔法が存在する。

 魔法とは魔力を火を熾したり水を生成したりと、魔素を別の物に変換する。もしくは魔力を別のエネルギーに変える術である。

 この街はその魔法に長け、あらゆる魔道具を精製し、街を発展させた。そそいて過去に、その魔道具や魔法の製作に大きく貢献した人物が存在する。

 その人物は迷宮から出現する怪物から採れる魔晶石から魔力と呼ばれる物質が抽出できることを知った。そしてそれを活用し、その魔力を魔法陣に組み込んで安定した魔法の行使が行えるようにした。


 それまで人間や亜人種が生まれながらに保有する魔力に依存していたものを魔晶石を使うことによって誰もが魔法を扱えるようにしたのだ。


 この世の中は魔法によって様々な物が便利になった。乗り物や灯篭などの公共のものから調理器具や湯沸かしなどの家庭的な物まで。魔力を魔法陣によって変換することで、あらゆるものに活用されている。しかしそれはこの街における話で、一度街を出て異国に行けばあまりそういった魔法を使った道具というのは数が少ないらしい。

 だからこそ貿易が盛んで、珍しがる他国に魔道具を輸出し、街が潤っている面もある。


 全てはその人が居たからこそこの街は成長した。怪物が出る街として忌避されていた街はその人の成果によって厄介な怪物が出るだけの街から貴重な資源が取れる街へと変わったのだった。その人物は開発者と言う一面だけでなく、冒険者としても腕が立ち、度々迷宮の探索も行っていたそうで迷宮開拓もその人のお陰で瞬く間に進んだ。


 その人は家庭を持ったらしく、子どもを授かった。しかし子供が大きくなるにつれてその人はどんどんと窶れていき、数年もしないうちに亡くなった。


 今はその血筋も薄れて、どうなったかは知られてない。




 ◆




 夕暮れ時の酒場。

 ちらほらと客が入り始め、そこそこに広い店内の席をゆっくりと埋めていく。それでもガラリと席は空いていて、まだ客入り時では無い事が時間帯から示される。

 そんな店内の一角で、二人の男女が相反する顔色で話し合いを、いや女が一方的に朗読をしていた。


 男の方は一般的な装いを身に纏っているが、女性の方は極東の暗殺者のような、忍の格好をしていた。

「報告は以上になります」

 やがて話終えたことを伝えて無愛想に立ち上がる女性。それに対して男の方は女性の腕を掴んで制止させる。

「何か」

「いや、えらくさっぱりしすぎじゃないか? もっとこうさ、明るくいこうよ」

「その必要はありません。私の任務は監視だけです」

「連れないなァ」

 男がにこにこ笑いながら女性の方を向いて話しかける。今までずっと合槌くらいしかしていなかったのに、急にそんなことを問われても対応などしようもないしする気もない。女性は無表情で吐き捨て掴まれた手を振り払い、酒場を出て行った。


 その様子を終始顔を崩さす笑いながら見届けていた男。テーブルに居置かれた摘まみを平らげて自分も店から出る。

「順調、かな? アレが憑りついたのは想定外だったけど」

 喉奥を鳴らしながら笑い、人通りを抜けて何処かへ向かい歩く男。

 その目は酷く濁っていたが、その笑顔は無垢な子供のように無邪気であった。

「あぁ、どうなるのか楽しみだ」





 ◇





 迷宮出入口付近。

 地下へと続く坂道で一枚、さらに地上に出るときにもう一枚、そしてその入り口へと入るために一枚と、三重の壁になっている門を抜けてやっと日の光を浴びる。埃ぽく、昼も夜も分からない迷宮から出て、ようやく今が夕暮れ時なんだと自覚する。

「てか、本当に出て来たけど、アンタ迷宮から出てきて大丈夫なの?」

『知ラネ』

 怪物が迷宮から出る。

 それは歴代の冒険者や軍隊等が必死に阻止してきた混乱だ。恐怖の象徴とも言える怪物が出てきたとなれば、それは迷宮に潜る者達の実力よりも怪物達の力が勝った、つまり人間が怪物に食い尽くされるのと同義と言っても過言じゃない。


 もしそんなが起きれば街中大混乱に陥るだろう。もうある意味起きてるけど・・・・・・。

 と言うかもしボクが怪物を外に出したと思われたらボクも殺されるんじゃないか?


 そんな事を考えて一人で震えていると、ボクの中に入って出られなくなったと言う異形の怪物が『オイ』と、声をかけてきた。異形の怪物はボクの耳の裏に口を出現させ、ヒソヒソと喋っている。

『オ前、名前ガアルダロ。教エロ』

「なんだよ唐突に」

『ソッチデ呼ンダホウガ都合ガイイ。教エロ』

 随分と強引な言い様で名前を聞いてくる異形の怪物。半信半疑のびくびくとした心境だが、そんなメンタルなんて意味をなさない距離、身体の中に居る時点で彼には逃げられないのは確定なので大人しく教えることにする。

「シグ。シグ・ウィットだよ」

『分カッタ、シグ』

 怪物は復唱してボクの名前を呼ぶ。

『シグ。サッキブッ殺シタヤツラノ石、持ッテルヨナ』

「うん、あるけど」

『ソレ半分ヨコセ』

「えっ」

 唐突な要求に困惑した。怪物である彼に渡してもいいものかと。もし彼が魔晶石を悪用しようと企てているのなら絶対に渡してはいけないし、何が目的なのか。

『山分ケダ山分ケ。俺モ石ガ必要ナンダ』

「う~ん・・・・・・」

 答えを出すのを渋る。しかし彼が居なかったらボクは生きていなかったし、 助けられたのは事実なのだ。それならば功績は彼にあるのだし、この石を渡すのにも正当な言い訳が出来るのかもしれない。

「分かったよ、どれだけ欲しいの?」

『半分ダ。ソンダケ有レバ暫クハ持ツ』

 ボクの胸のあたりから白い線が肩口を通り、腕を伝って掌に伸び、掌の中に白い円を作って円の中に黒い穴を出現させた。『ソコニ入レロ』と指示を受けて取り出した魔晶石を半分、その小さな穴に握る様に入れる。不思議と腕の中を魔晶石のごつごつとした感触が触ることはなく、白い線が通っているところに若干の熱を感じるだけで変に違和感を感じた。

「それ何に使うの?」

『魔力ノ補給ダ。魔力ガ俺達ニトッテノ飯ミテェナモンダカラナ』

「へぇー」

 暫く腕の空洞に飲み込まれていく魔晶石の姿を眺めた後、渡した石を全部飲み込んだ彼は穴を閉じて白い線を戻していった。ゲップこそしないが満足したのか、深いため息はしていた。

 その様子をずっと眺めて、自分もなんだかお腹が空いてきたので換金所に急ぐ。

『ソウイヤ、オ前ラ人間ハソノ石ガ要ルノカ?』

 換金所に向かって走っていると、彼が一つの疑問を飛ばしてきた。 

「うん、必要だよ。今の時代はこの魔晶石のお陰で成り立ってるからね。これを使ってモノを動かしたり、明かりをつけたり、熱を作ったりしてる、らしいよ」

『ホホウ』

 彼と小声で話しながら歩いていると、目的地であったギルドの換金所に辿り着いた。ボクは早足に窓口に行って獲得した魔晶石を受付にいた役員の人に手渡すと、硬貨が木製のトレイに乗って出された。それを受け取って小銭入れに突っ込み、お礼を言いながらギルドを出ていく。


 いつもよりも多い稼ぎで重くなった財布に心地良さを覚えつつ、軽い足取りでギルドを出た途端、人とぶつかってしまった。

「うぶっ」

「んっ」

 声音からして大人に近い女性だろうか。目の前は真っ暗で何も見えない。痛みは無く柔らかい感触が顔を覆うがこれが何なのか確かめようもなく、手で押さえつつ離れると目に入ったのは二房のお山。


 視線を上にあげると口元を布で隠し、全身に暗めな色の軽装を纏った忍のような格好をした女性がいた。

 

 本日二度目の、迷宮の時とは違う理由で冷や汗が吹き出る。これは流石に彼も助力してくれないらしく、何もいわず閉口したままだった。

「ご、ごご、ごめんなさい!」

「いや、いい。私も不注意だった」

 大変なことになると覚悟したがそんなことはなく、女の人はひらひらと手を振ってギルドに入っていった。

「キレイな人だったな・・・・・・」

『ソウカ? 胡散臭イ感ジダッタゾ』

 あまり意見が合わないようだが、それは仕方無いだろう。種族も違えば感性など揃う方が稀だ。気にしていても変わらないのなら気にしないのが一番。



 道端で露店を畳み掛けていた商人から赤い拳大の果物を二つ買い取り、齧りながら家に向かう。シャリシャリした食感と密度のある果汁が口と喉を潤し、齧り取った小さな塊が喉を通る。


 一人果実に舌鼓を打っていると、異形の怪物が素朴に声をかけてきた。

『ソレ旨イノカ?』

「うん」

『一個クレ』

「いいよ」

 そう言うと、彼と体の主導権が入れ替わる。だが全身が変色することはなく、全身に白い線が走るだけだった。

 彼はその状態で手に握っていた果物を大口を開けて齧る。半透明の果汁が口元から滴り手を伝って肌を濡らす。しかし彼はそれに構うことなく二口目を齧って勢い良く咀嚼して荒々しく飲み込む。

『うめぇ』

「(でしょ)」

 あっという間に芯を残して果肉を全部平らげてしまい、果汁で濡れた口元を手の甲で拭き取る。それでもなお恨めしく手を濡らした果汁を見つめる彼は、突然べろん、と果汁を舐め始めた。

「(何してんの!?)」

『すまん。うまくて、つい』

 悪びれる様子などなく平謝りを出した彼は満足したのか、身体の主導権を手放して大人しくなった。ボクは急に戻って辺りを見回して危険なものを見るような視線がないかを確認し、涎と果汁で濡れた手を麻布の服で拭い、今度こそ家に向かう。


 郊外まで走ってやっと着いた小さな家屋。しかし家と呼ぶには些か荒廃し過ぎていた。

 壁は塗装が剥がれてレンガが見え隠れし、窓ガラスは曇っていたり割れているのを糊で固めたりと杜撰な状態で放置されている。稚拙な鍵を鍵穴に差し込みかちん、と小さな金属音を擦らして古びた木製のドアを開く。中は埃が舞い、窓から差す光を受けて陰陽を明確に分けている。

「ただいま」

 少年の言葉を返す者は誰もいない。耳鳴りがするほど静かな部屋に平然と入って椅子に腰を落とす。机の上に金銭が入った麻袋と腰に携えていた直剣を鞘ごと置く。息を思い切り吸い込んで吐き出す。埃っぽい空気の湿気多様な匂いが胸を占めて、その不健康な感じが家に帰ってきたと実感させる。

『ココガオ前ノ根倉カ?』

「根倉っているか、家だよ」

『家』

 人目も無くなったので怪物はボクの肩からあからさまに細い触手を伸ばし、その先端と先端近くにそれぞれ目のような白い円と口と思しきものを出して部屋中をぐるりと見回す。白い円がぎょろぎょろと動き、やがて溜息でもつくように円を顰めさせ思った通りの感想を吐き捨てた。

『ボロイ家ダナ』

「あはは・・・・・・ボクもそう思うよ」

 渇いた笑いが込み上げる。

『ヨクコンナ所ニ住メルナ。何カアルノカ?』

「何にもないよ。ただ住むところがないだけだから」

 自分も彼に倣って部屋を見回す。年期がある、と言うよりか半ば風化しかかっている家具が点々と列び、床は剥がれて穴が開いている。人が居た形跡はあっても廃屋と科したこの場所に、何故自分が居るのか分からない。

「ボクもなんでここに居るのか分からないんだよ」

『ナンダソリャ』

「ボク、記憶が無いんだよ」

『ハーン』

 気がついたらここに居た。自分が誰なのかもここが何処なのか、誰の家なのかも分からなかったけど、机の上に置かれた一枚の手紙に書かれた「迷宮へ」の言葉を頼りに、当てもなく理由もなく、漠然とした気持ちで不気味な迷宮に潜っている。

 この名前だって自分の名前かどうかすら分からない。手紙の宛名にそう書かれていたからそれを名乗っているに過ぎない。


 迷宮の怪物から採れる魔晶石はお金になったので、それを日々の食費に当てて生活している状態だ。

『ナントモナァ、オ前ハソレデイイノカ?』

「いいって、何が?」

『何ガッテ、得体ノ知レネェ誰カカラ命令サレタコトヲ延々ト続ケルコトダヨ』

 彼に言われて、口元に手を当てて少し考える。しかし諦めて息を吐く。何もない自分には答えは出なかった。

「それでも、今のボクには迷宮に行くことしかやることが無いから」

『ハンッ』

 何か気にくわなかったのか彼はいじけてそっぽを向く。

 答えず愛想笑いで返していると、一つ思っていたことを思い出す。

「そういや、君の名前はなんて言うの? 迷宮出た時にボクの名前は教えたけど君のは教えてもらって無いよね」

 ボクの問いかけに彼が黙り込んだ。

『俺ニ名前ハ無イ』

「じゃあなんて呼べばいいの」

『何デモイイ。ソウイウノニハ興味ガネェンダ。適当ニ呼ベヨ』

 突然命名権を自分に委ねられて焦る。何分人の名前など考えた事すらなく、縁も所縁も知らないのでどういうものを付ければいいのか悩んでしまう。

 それから日が暮れるまで悩みこんでしまい、やがて一つの案が浮かんで声が漏れた。

「あっ! 思いついた」

『ナンダ』

 えへへと笑いながら彼の為に思い付いた名前を告げる。

「君の名前だよ。『グラウ』。どうかな?」

 自信たっぷりに発表。彼は瞳を閉じて少し悩み、やがて口角を吊り上げ『悪クネェ』と、ニタリと笑う。それに釣られてボクも嬉しくなって思わず笑う。

「よろしく、グラウ!」

『イツマデカハ分カランガナ』

 それからシャワーを浴びて、今日の汗を流して寝巻きに着替え、もう寝ようと寝床に潜る。

 日も落ち切って傾いていた陽光も姿を消し、夜に入った。今日は色々なことが起きて疲れてしまった。もう寝てしまおう。


 しかしそれを妨げる力的な怒号と轟音が扉を叩いて眠りを妨げ眠気を連れ去っていった。

「すみませぇーん、どなたか居ませんかねぇー!?」

「居るんでしょー? 出てこいよーオイ」

「こんな夜に留守とは不用心ですよぉー?」

 男の声。それも複数人。乱雑に入り口の扉を叩いて何やら怒鳴り散らしている。少しすれば消えてくれると信じて毛布を被って大人しくしていると、グラウが片腕を動かそうとしていたがそれを抑えて首を横に振って抑止する。

 彼らは自警団を宣う荒くれ物の集団で、ここら辺一帯の家を強引に訪ねては治安維持のためと正義感あふれる台詞とは裏腹に、半ば無理矢理に金を巻き上げ好き放題している連中だ。

『(流石にウルセェ。ブチノメシテイイカ?)』

「(駄目だよ、相手は人なんだから大事は控えないと)」

『(チッ、メンドクセェ・・・・・・)』

 ボクの言葉を聞いて動きかけていた片腕から動かされる違和感が抜けて、爪の先まで伸びていた白い線が胴元に戻って動かされていた腕が自由になる。

 ボクは何をするわけでもなくただひたすらじっと待っている。彼らが消えてくれることを。何もしなければ被害と言える被害はないはず。そう信じて身体を丸めていると、ガラスの割れる音が聞こえてきた。

「イエーイ当たりぃー」

「オイオイ大丈夫なのか?」

「ここの人間が怪我しねぇ限りはいいってさ」

 なんと言う言い草だろうか。しかしそれでもボクは動かない。面倒ごとは避けたい。恨みを買ってこの家が無くなってしまうのも嫌だ。だからこそ今を耐えていた。

 でもグラウが違った。彼の怒りに触れてしまったのか彼はボクの身体を有無を言わずに動かし、身体の体表、手足が一部変色して昼の迷宮探索の時のように黒く変わり、白い線が伸びて五指に這う。眼球の色も反転し、目下から頬に掛けて白い線が伸びる。

『我慢ナラネェ。スマンガ勝手ニヤル』

「え、ちょっと、グラウ!?」

 半分以上がおグラウと入れ替わったような状態、全身が彼の怪物としての要素に飲み込まれていないのでまだボクの意識自体は滞在しており目の前の光景はしっかりと見えているが、体の自由が利かないような感じか。その状態のままグラウはそんなに広さのない家の中を歩いて玄関先まで歩く。道中窓を突き破って飛んできた小石を拾い上げて無造作に玄関扉を開く。外には五、六人の若い男達が間抜け面を晒して一瞬呆然としていたが、ボク達の姿を見て訝しむように顔を顰める。

「なんだコイツ」

「ガキが一人いるとは聞いてたけど、まさかコイツのことか?」

「なんでもいいや、オイお前。ちょっとお話し・・・・・・あだっ!?」

 グラウは持っていた小石を前に出てて近づいてきた男に投げ飛ばした。男は医師が飛来した箇所を抑えて後退り、周囲の奴らは攻撃を受けた男に集り此方を睨み吠える。

「なにしてんだテメェ!」

『ソリァコッチノ台詞ダ馬鹿野郎』

「なんだとこのクソガキが・・・・・・!」

 相手の逆鱗に触れたのかドスを効かせて掴みかかってきた一人の腕を鷲掴みにして、ぐるりと横に振り回して集っていた集団に向けて振り投げる。片腕で人間を投げ飛ばしたグラウを彼らは同様の眼差しで見つめる。

『ミミッチイヤリ方デ揺サブッテ金ッテヤツ払ワシテンノカ知ラネェガ、トニカク俺ガ気ニ入ラネェカラブッ飛バス』

「好き勝手いいやがって・・・・・・やれお前ら!」

「「「オォーッ!」」」

 一人のリーダー格の男がアイズを出した途端、他の取り巻きがボク達を取り囲んできた。各々ナイフやら鎖やら、鉄パイプなど簡易な狂気を取り出して威嚇をするようにヘラヘラと笑ってくる。数の利、武器によるリーチ差による利、そしてボク達が丸腰なのをイイことに嬲り殺しにでもする気なのだろうか。生憎既にもっと恐ろしい目にあったばかりで今はあまり驚くほど怖くない。感覚が狂ってしまったのかそれともグラウがいることによる安心感か、勇気とでも言えるものが湧いてくる気がする。

『ショボイ数デ威嚇シテモ怪物ニスラ劣ルタァ、悲シイヨナ』

「その生意気すぐに謝罪させてやらぁ!」

 鉄パイプを振りかざして突っ込んできた男の攻撃をグラウは持ち上げた腕で受け止める。鈍い金属音が響くがグラウは動じず後退することもなかった。そしてぶつけられた鉄パイプを腕で下に押し下げ、攻撃してきた男の片腕を掴む。

『取リ合エズ喰ラットケェッ!!』

 掴んだ腕とは反対の手を握って拳を作り、男を引き寄せたと同時に引き付けて弓のように張った拳を一気に放出し、一人目の男を殴り飛ばした。拳が当たった瞬間彼の肩辺りから鈍い音と掴んでいた腕に段階的な感触が腕をるたって伝わり、何とも気持ち悪い。

『ギャハッ! 次ハ誰ダァ!?』

「調子乗んなクソガキ!」

 続いて二人がそれぞれナイフとメリケンサックが握られていた。ナイフで突き、メリケンを握った拳を打ってくる男達をグラウは先程の一人目から拝借した鉄の棒を丁度頭部の位置に重なるように横向きに思い切り薙いだ。ナイフを持っていた一人の蟀谷に直撃して殴られた男は白目を向き、糸の切れた人形のように殴られた勢いのまま隣で一緒に走っていた男にぶつかった。

「うおっ!?」

『フターリ』

 飛んできた片割れを受け止めてしりもちを着いた輩の顎を蹴り上げて、そちらも意識を刈り取るグラウ。迷宮で怪物の群れを相手していた時のように口角を上げて嗤う。全身がグラウに飲み込まれていない分、表情が明確に出ていた。

『三人、半分ハ片付イタナ』

「クソッ、バケモノが・・・・・・!」

 男達が露骨に狼狽えだした。弱いと確信してねちねちと仕掛けて来たのにこうもあっさりと蹴散らされては面白くもないだろう。グラウは足元に転がっていたナイフを彼らに向けて脚で蹴り飛ばし、鉄の棒も投げて返す。

『オイテメェ。マダヤルッテンナラ相手シテヤル。今スグ帰リマスッテ言ウナラ見逃ス。ドッチダ?』

「チッ・・・・・・! オイお前ら! なにノびてやがる! いったん退くぞ!」

 リーダー格のような男は周囲に転がる仲間連中と思しき者達を叩き起こし、去っていった。かkれらの瀬名赤が見えなくなったところでグラウは大人しくなり、身体から白い線が胴元に戻っていき、黒く変色していた箇所は元の肌色に戻る。反転していた目の色も元通りになって体の主導権がグラウからボクに戻る。

「ありがとう、グラウ」

『俺ガ気ニ入ラナカッタダケダ。気ニスンナ』

 彼は恐らく眠てしまったのだろう、声が途絶えた。夜も更けて月明かりがボクを照らす。身体には昼に怪物にやられた時とは違う痣が出来ていたが、それも黒い何かが傷を覆い隠して肌色に馴染む。痛みも感じないので直ったのか、それともグラウが抑えてくれているのか。

「ふふ、ありがとう。グラウ。おやすみ」

 返事はない。けれどしても足りないほどの感謝の念が胸を埋めた。労わるためにも自分も速く寝てしまおうと家に入るが窓が割れてることに気が付いたので適当な布でも被せて開いた穴を塞いだ。

「これで良しっと、寝よ」

 今度こそ安眠できる。

 やっと寝床に着いて眠りに誘われるシグだった。

 



 ◆




「半覚醒、いや融合?」

 一部始終を女性が見ていた。

 かレの家の周りに妙な集団がうろついていたのは知っていたが、今日はその男達を彼が、いや恐らく彼の中に居るあの怪物だろうか。それが複数人の男共を蹴散らして圧倒していた。

 見た目は元の少年のままかと思われたが手先や瞳の色が変色していて一目で怪物と入れ替わっていることが分かった。更に痛みを感じないのかそれともただただ頑丈なのか、攻撃を避けるような素振りは無く受け止めるか掴むかで対処していた。

「要監視、かな」

 女性は闇夜の薄暗い空間に消える様に、その場から立ち去る。

 辺りは虫の声と野鳥の囁きが遠くから聞こえるのみになった。



 

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