自分探しの迷宮

屍モドキ

一話 出会いは唐突に

 この世界には一つの迷宮がある。

 もうちょっと正確に言えばこの街にある。

 

 その迷宮はいつからあるのか。誰が作ったのか。何の目的で作られたのかすら分からず、大きな入り口が大口を開けて開いている。

 

 そしてその迷宮からは怪物が出現する。

 どんな原理で輩出されるのかすら解明しきれないが、どの怪物も決まって倒すと結晶を落とす。その結晶は魔力と生命力が混ざった石で、使い方次第で医療にも発明にも使用できる優れものだった。

 

 人々は迷宮の謎をそのままに、その魔晶石を目当てに今日も迷宮へ誘われる。

 

 

 そして、ボクも。

 

 

「ぎゃぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーーーーッッッッ!!!???」

『『『『オオオオォォォォォーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!』』』』

 

 ボクは現在大量の怪物に追われている。

 三M《メル》はありそうな道幅の洞窟に一杯の横列、そして奥は薄暗くて最後尾が見えない。そんなモンスターパレードに追い掛け回されている。ゴブリン、オーガ、コボルドにワーム、初級怪物勢揃いで泣けてくる。

 

 揃いも揃ってボクを追いかけてくるのは何故!?

 

 迷宮に潜るようになって数か月、少数の怪物が固まって動いているのは何度か目にしたけど、今回のはそんなもんじゃない。明らかな殺意を込めて襲ってきている気がする。

 ずっと一人で、回りの人の見様見真似でコソコソ怪物狩りをしていた自分としては逃げる方が得意だが、隠すような場所が無ければそれもただ体力を浪費するだけでジリ貧になってしまう。

「あった!」

 ようやく見つけた横道。あそこは曲がるとすぐに横穴があり、その中は小さなくぼみがあって身を隠すには丁度いい。いつも怪物を撒くのに利用している穴だ。

 そこに入ってしまえばこっちのもの。ボクはすぐに道を右に曲がり、頭の中の地図と同じ場所にある横穴に飛び込む。

『痛ッテ!?』

「へっ!?」

 少年が中に入って背中から落ちる。すると背中の衣服越しにごつごつとした異物感が伝わってきた。今すぐ離れようにも怪物たちが襲ってくるしすぐに立てる体勢でもなし、少年が喚こうとする何かの口と思えた開いた開口部を塞ぎ、穴の出口を見上げて外の様子をみる。

『(ナンナンダテメェ!)』

「(しッ! 暫く黙ってて!)」

 穴の外には怪物達の悍ましい呻き声や荒々しい息が束になって耳を乱雑に嘗める。それが不快感と恐怖を引き立てて背筋がぞわりと泡立ち頭から下腹部にかけて血の気が引き、寒さが裸締めをしてくる。

 

 姿が見えなくなって少しの時間混乱していた怪物達は、誰かが支持を出したのか一つの雄叫びの後、通路をそのまま前に進み、穴から遠ざかっていった。

 声が遠くなり聞こえなくなったところで穴から這い上がり、先客も一緒に出てもらい、先ほどの謝罪をしようと振り返ると、そこに立っていたのは異形の、人の型をした何かだった。

「ぎゃあぁ!?」

『人ノ顔ヲ見ル ナリ悲鳴ヲ上ゲルタァ、イイ度胸ジャ ネェカ』

 針金のように異様に細い手足、黒い絵の具で塗り潰したような全身に何かの白い線が一定の規則性を持って全身に流れていた。あっけらかんとした態度で鉤爪ぼような手で頬杖をついてしゃがみ、しりもちをついたボクを見下ろす。顔は面長で目や鼻といったパーツは何一つとして存在しない。口は無いが口らしきところはもごもごと動いているので被り物のようなものをしているのだろうか。

『珍シソウナ目デ人ヲ見ヤガッテ・・・・・・マズハゴメンナサイダロォ!?』

「ご、ごめんなさい!」

 なんでボクは怪物に頭を下げているのだろう。

 というよりコイツめっちゃ喋ってるよ。

「あの、なんで喋れるの・・・・・・?」

『話セルノガ ソンナニ珍シイカ?』

「そりゃまぁ・・・・・・」

 今までそんな怪物に会ったとこなど一度たりともない。怪物に理性などなく、捕食、食欲だけの本能に従って人や動物を喰らう。

 なので今目の前に存在する異形の何かは類を見ない存在で、恐怖の感情も吹っ飛んで只々不思議なのだ。

「で、でも、怪物なら、なんであんなところにいたの?」

『アー、何デカハ知ランガ、俺モアノ化物ドニ追レテテナ』

 怪物が怪物を襲う?

 そんな事例は聞いたこともない。怪物は他の生物と違い生殖機能が存在しない。そして奴らは何故か、他種族同士であったとしても正体を組んだりしていたりするので、まず怪物同士の殺し合いというのは発生しにくい。

 例外として怪物にも感情と言うものはあるらしく、それによる取っ組み合いなどは稀に起こるらしい。しかしそれも迷宮の地下深くに進まない限り滅多に見ることもない。

「なら、君は何なの?」

『ソンナコト俺ガ知ルカ』

 ぶっきらぼうに返されてしまい返す言葉も見当たらなかった。

 ずっとこうしていても仕方が無いので会話が途切れてしまったところで切り上げて帰ろうとした時、先ほど怪物たちが通り過ぎた道の角から一体、小型の怪物が姿を現した。

 ウサギのような、タヌキのような、耳と手足の短い毛むくじゃらの怪物。みてくれこそ愛らしいと思えるものだが一度口を開けば本物の獣よりも鋭利で乱雑に生えそろったいびつな牙を向けて襲い掛かってくる。

 

 幸い、今のところ見当たるのは一体のみ、すぐに倒して魔晶石を回収しようと腰の鞘に納めていた直剣に手を掛けたら、突然目の前のウサギモドキが耳を劈くような奇声を発した。

『キァァァアアアアーーーーーーーーーーーーーー!!!!』

「はぁっ!?」

『ウルセッ』

 思わず耳を塞いでしまうほど、痛い叫び声に眩暈が起こり、なんとか立ち去ろうとした時、小さな騒音が迷宮を響いて聞こえてきた。

 それは次第に大きくなり、やがて地面も揺らしてどんどん大きくなってきた。

「まさか……」

『オイオイ、マジカ』

 こうはしていられない。速いところ逃げてしまおうと来た道を帰ろうと曲がった瞬間、目の前に居たのは先程とは違う怪物の集団。これはいけないとすぐにさっきいた場所に戻るとその先には先程自分を追いかけていた集団が。

「終わった……」

 絶体絶命。

 初心者が怪物の群れに襲われ、挟み撃ちにあってしまった。こういう時の対処法など「諦めましょう」の一言しかない。

 全身の産毛が立ち、筋肉が震えて武器を握る手が覚束ない。追われている時に感じた悪寒が再度体の髄を嘗めて冷や汗が止まらず体温が急激に落ちて体表が熱い。鼓動が速い。焦点も合わない。立つことすら危うくなってきた。

「も、もう、無理だ……」

 怪物達の中の一体がこちらに飛び掛かってきた。

 剣を振るう力すら湧いてこない。

 もう終るなら早く終わってほしいと願ったのに、目の前の光景は嫌にゆっくりに感じる。最期まで残酷な人生に、恨みすらしそうになったがその感情すら馬鹿らしくなってきた。

 見るのも嫌になり、目を閉じてあの鋭利な牙に貫かれるのを待っていると、中々衝撃が身体を襲わない。それとも都合よく頭を喰われて楽に死んだとか?

 不思議に思いふと目を開けると、そこにはボクを庇うような形で怪物の牙を受け止めている異形の人の姿があった。

「え、な、何やってるんだよ!」

『ウルセェ……コンナ 状況 ジャ、二人トモ 仲良ク 御陀仏ダ』

 だからと言ってボクを助けるなんて正気じゃない。

『俺ガ、力ヲ出ス ニハ、他ノ身体ガ必要、ダ』

「え、えぇ?」

 怪物の牙を払いのけながら、言葉を続ける異形の人。

『今ノ状況ジャア二人トモ食イ殺サレル』

「そんなの分かってる!」

『ダカラ!』

 

『俺ト組マネェカ?』

 

 唐突なコンビの申し出に困惑する。

 怪物と? でも向こうも怪物に襲われているし。だからと言って会って間もない誰かと組むのはリスクが。そんなこと言っている暇はない。素性を知らないのに。それは向こうだって・・・・・・。

 考えが纏まらない。敵か味方かも分からない相手、信用にすら達していない。でもこの状況を抜けない限り明日も来ないのなら組むしかない。

『遅セェ! サッサト決メヤガレ!』

 無理矢理せかされてしまい考えていた疑問も不安も全て払いとばす。

 そして一つの決断を大声に載せて彼に伝える。

「分かった! アンタと組むよ!」

『待ッテマシタ!』

 異形の人はまた襲い掛かってきた怪物を蹴り飛ばし、ボクの前まで走ってきてボクがもっていた直剣を『借リルゼ』と手に取ると、何処にそんなものがあったのか人の頭一つ飲み込めそうなほどの大口を開いてばくんと、ボクの直剣を飲み込んだ。

「は、え、えぇぇ!?」

 目の前の光景にボクのお粗末な頭が理解を放棄した。直剣を飲み込んだ彼は咀嚼を繰り返してやがてごくりと喉を鳴らし、『準備カンリョウ』と呟いてボクの方に向く。

 

 すると彼は突然、全身が形を崩して体の輪郭が怪しくなる。か細い手足が身体に収束して密着し、ぎゅるん、と風を凪いだような音をだして、ボクが持っていた物とは色も形も違う直剣に姿を変えた。

『俺ヲ使エ!』

「はぁぁああ!?」

 訳が分からない。でもこうするしかないのなら仕方ない。

 ボクは目の前の黒い剣を抜き取って怪物の集団に構える。

 以前の物より分厚くなった漆黒の刀身には彼が人型だった時と同じような、白い線が伸びている。鍔や柄の形状も変化しており、武骨な四角い形状だった鍔は横伸びの菱形のような形状に、柄もより握りやすく、柄頭には一本の棘が生えていた。

『思イキリヤレ!』

「う、うん」

 頼もしさを感じる重みの、漆黒の刀身を怪物に向かって振るう。風を凪ぐ鈍い音が唸り、前に出てきたゴブリンの脳天を縦一文字に切り裂いた。ゴブリンは一撃で沈み、ヘドロのように黒ずんで溶けて迷宮の地面に溶けた。

「すごい!」

『当タリ前ダロォ?』

 鋭利な漆黒の刃は一撃で怪物を沈め、体内の魔晶石を的確に捉えて砕く。斬られた怪物は黒ずんだヘドロになって溶け、迷宮の地面へ吸い込まれていった。分厚い刀身は怪物達の武器や牙を受け止めて通さない。怪物の攻撃を弾き、怯んだ隙を突いて重い剣を振るう。それだけで怪物は簡単に倒せてしまった。

 

 そんな快調さで怪物の集団を相手取り、ボクはいい気分になっていた。

 調子に乗ってしまったのだ。

 前後から連続的に、決してまとまっては来なかった怪物が、前後から同時に襲ってきた。それに気づかずボクは目の前にだけいたゴブリンを屠った瞬間、後方から飛び掛かってきたコボルドに気付かずに、長い咢を開いた犬の怪物に肩口を噛みつかれた。

「あがぁっ!?」

『馬鹿ヤロウ!』

 直剣から罵倒を貰う。

 しかしそれももう遅かった。

 コボルドの攻撃を皮切りに攻撃動作が鈍ったボクは対処が遅れ、少しづつ攻撃を喰らって嬲られていった。怪物達の出鱈目な攻撃が、血肉を抉り骨を砕き、着実に命を削っていった。

「がほっ・・・・・・! うぐ・・・・・・」

『オイ! 何ヤッテンダ! 立テ!』

 吹き飛ばされて剣を手放してしまい、彼の言葉が遠く聞こえる。殴打や刺突で滲むような痛みが全身に広がり理性が保てない。目の前はすでに光りを失いかけ暗転しかけている。ちかちかと頭は火花を弾かせて思考回路が欠落しそうになっていた。

「ボク、だめかも、しれな・・・・・・」

『クソガ! ソレジャア駄目ナンダヨ!』

 剣が震えて立たそうとせかすが怪物がそれを許さない。

 しかし変だ。怪物は喰う事を主眼に置いて行動をしているのに、未だにどの怪物も口を開けて僕に齧り付こうとしなかった。

 ずっと嬲っている。殺すことを目的としているような気がする。人型の怪物は手に持った武器や握りしめて無造作に振るい、獣型がその牙を立てることはあれど喉を鳴らして引き千切ることはない。虫型は噛みついたり粘液や消化液を引っ掛けてくるだけだ。

 

 喰わない・・・・・・殺すのが目的? でもそんなこと、今まで聞いたことが・・・・・・。

 

『埒が明カネェ! オイガキ! テメェマダ死ンデネェカ!』

 黒剣が名をし要らない少年に向かって吠える。だが少年は返事をしない。いや、返事をする力も、意識も残ってはいなかった。

 活力を宿していた瞳は黒く濁り、腕は拉げ、脚はあらぬ方を向いている。頭は割れて、贓物は引きずり出されてもう生きていることすら危うい。

『クソガッ・・・・・・オイ返事シロ! ガキィッ!!』

 剣から分離した異形の怪物が少年に群がる怪物の大群に飛び込む。自らの細い腕を針のように尖らせ、阻む怪物の頭を貫いては投げ、死に体の少年を大群から引きずり出した。

『チッ、コノ手ハ使イタクナカッタガ・・・・・・』

 苦虫をかみつぶしたように顔を曇らせた異形の怪物は、少年を剣を喰ったときと同じように大口を開けて飲み込んだ。

「ぁ・・・・・・」

『オ前ノ身体、俺ガ使ウ』

 大口でひとっ口に飲み込まれ、光が閉ざされて目の前が暗転する。窮屈な咥内に押し込まれたのだと思ったらそうではない。黒い何かが身体の周りをぐるぐると品定めをするように回って、ぴたりとくっ付いてくる。全身を締め付けるように隙間なく縛ったかと思うと一瞬緩んで傷を塞いでくれた。

 いや違う。塞いだのではない。

 生身だった少年の身体は異形の怪物に飲み込まれ、全身が黒い皮膜に覆われる。胸、背中から異形の怪物と同じように白い線が走り、関節を添うように伸びる。顔にはパーツが姿を消して仮面を被ったようになり、目のような模様が浮かび、そこに縦に二本、目にそうように線が走っている。全体として細身だが、骨が浮いている様子はなく、流線型の筋肉が皮膜を張っていた。

「ッ!?」

『悪イガ、コノ身体ハ、モうオ前のモのじゃナくなった』

 朦朧としていた意識を取り戻したが、声が出ない。体も動かせない。口が勝手に動いて声帯が一人でに震えた。体の自由が利かない。彼の歪な声がボクの声と混ざり合い、生物らしく声帯を響かせて発しているように聞こえる。

『さぁ、こっからが本番だッ!!』

「(ま、待ってぇーっ!?)」

 漆黒の体になった少年、いや人間の体を手に入れた漆黒の怪物は、足の指が地面にめり込むほど踏ん張って、前方へ跳躍する。死地に飛び込んできた獲物を仕留めようと怪物達がほくそ笑む。

 だが、漆黒の怪物は跳躍時に握りしめた右の拳をその勢いのまま目の前にいた巨体のオーガに放つ。

『うらァッ!』

 拳を顔面に受けたオーガはごきん、と鈍い音を立てて首をあらぬ方向にねじ曲げ、その巨体を地に伏す。

 倒れた巨体を踏み台にして漆黒の怪物が立ち上がり、次の獲物を探すが、見つけるよりも早く怪物達は恐怖などないように思える雄叫びを上げて、束になって掛かってきた。

『雑魚が!』

 白い絵の具で雑に塗った、目のような部分を吊り上げて漆黒の怪物が踏んでいたオーガから跳んで襲ってきた怪物の集団に飛び込む。

『ヒャハハハハハッ!! まだ足りねェぞゴラァッ!!』

 大小それぞれの怪物を、型などない、出鱈目な拳や蹴りで殴り捨てる。時にその鋭利な爪を立てた手刀で貫き、将又飛んできた怪物を無造作に鷲掴みにして頭突きを喰らわせ頭を割る。

 

 

 笛を持ったゴブリンが一匹、震えていた。呼び寄せ集た仲間は殆どが一撃で屠られ、消えていった。

 

 ニタニタと笑いながら少年をなぶっていた怪物達は、一転して恐怖を感じていた。初めは数の利でものを言わせてじっくりと獲物を仕留めようもしていたのに。

 あの黒い奴と獲物が混ざってからは極端なほどに身体能力や強度が増して此方の攻撃では怯むことすらなく、いや、避けようともせず、気味の悪い高笑いを上げながら目の前にいる同胞を一撃で仕留めていく。

 

 気がつけば殆どの同胞が魔晶石に還元され、煌めく結晶が辺り一面に転がっていた。それを無操作に踏み潰しながら、黒くなった獲物が此方に近づいてくる。

『テメェで最後だ』

 分からないはずのその言葉に汗が吹き出る。

 これではいけない。自分の命も刈り取られてしまう。慌てて逃げようとなりふり構わず這いつくばって逃走を図ったが、その前に足を踏み抜かれる。

『ギァ……!』

 それでも腕を前に伸ばそうとしたあたりで蹴り飛ばされ、岩肌の地面を転がる。仰向けで止まり、逃げようともがくがもう遅い。あの黒い怪物に頭を掴んで持ち上げられた。

 黒い怪物は空いていた腕で手刀をつくり、矢をつがえた弓のように、腕を後ろに引く。

『ラァッ!』

 手刀はゴブリンの胴を貫き、魔晶石を的確に抉り抜いた。核を失くした小鬼は震えなが黒ずんで溶けだし、迷宮の地面に消えた。

 

 怪物の大群だった、辺り一面の結晶の上に一人。漆黒の怪物が肩で息をしながら立ち尽くしている。やがて呼吸を整えて白い目を閉じると、全身の白い線が胴元に収束して、中心線からぱくりと割れる。黒い怪物から飲まれた少年がずるりと排出された。

 異形の怪物は少年の背を伝って全身の傷口を押さえたまま、少年の体内へと消える。

 

 全身に黒い斑点が疎らに散っていたかと思うと、その斑点は少年の肌色に馴染むように消えていった。少年のか肌色は血色のよい色だったが、今は死人のように青くなっている。憂いと公開を帯びた表情の少年が目を開けて、その体に触れる。

『また、死体に憑いちまったか・・・・・・』

「(ねぇ)」

 口を開けたのは元の少年ではなく、怪物だった。怪物は元の体の持ち主に申し訳ないような気持ちでいっぱいだった。だがやっとここまで来たのだ。この体が崩れようとも自分は外の世界に・・・・・・。

「(ねぇ、ちょっといいかな)」

『うおッ!?』

 感傷に浸っていて気が付かなかった。先ほどからずっと少年が呼びかけていたのにそれに気づかず、勝手に彼の死を嘆いていたことに若干恥ずかしくなるが、それと同時に焦る。

『お前、生きてたのか!?』

「生きてるよ、だからこうやって話してんでしょ」

 一つの身体で人格が入れ替わり、話す人物が変わる。傍から見れば危ない人認定間違いなしだろう。

「それよりさ、早く出てくれない? とにかく迷宮出たいんだけど」

『それは出来ない』

「はぁ?」

 異形の怪物の言葉に首を傾げる少年。

 そして苦し紛れの言い訳のように、怪物は言葉を続ける。

『俺が憑けるのは生きてない物体だけなんだ』

「うん」

『恐らく生死が曖昧になっていたんだろう。俺はお前に憑いた。いや憑けた』

「うん」

『で、出ようにも出れなくなった・・・・・・』

「うん・・・・・・は?」

 言葉を濁すように言われたその短い一言に、少年は青い顔を更に青ざめさせてへたり込む。

「嘘ぉぉぉ!?」

『すまん・・・・・・』

 迷宮の洞窟で、一人の少年の叫び声が反響する。

 

 

 「・・・・・・・・・」

 一人の少女が岩陰から少年の様子を覗き見ていた。

 彼女は気配を殺して、何か嘆いている少年の様子をずっと観察していた。

 

 あの人に怪物が憑いた。しかもあの怪物は・・・・・・。報告しなければ。

 少女はその場から影のように消えた。

 

 

 

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