二
東京から愛媛の片田舎にある俺の実家までは遠い。まず新幹線で岡山まで向かう。そこから特急に乗り換え、瀬戸大橋を渡る。そして更に汽車に乗らないといけない。飛行機で行くとしても、空港についてから、そこから松山駅にバスかタクシーで向かってから汽車に乗る必要がある。
今回は新幹線で向かう事にした。彼女にとっては初の四国旅行だという事で瀬戸大橋からの景色を見せたかった。
岡山で松山行きの特急しおかぜに乗り込む。
「これでどこまで行くの?」
「松山」
「じゃあ終点?」
「うん」
「えー遠い」
「まだその先だからな、俺の家」
「えー」
そんな事を言いながら、ゆらりゆらりと特急は走り出す。
いくつかのトンネルを越えた時、俺は彼女に言った。
「次だ」
「何?」
「まあ見てればわかる」
トンネルを出た瞬間、海を渡る橋に入った。
「すごい!! 何これ!」
「瀬戸大橋。上に高速道路が走ってる」
目を輝かせながら、瀬戸内海を眺める彼女を見て、初めて俺がこの橋を渡った時の事を思い出していた。
「子供の頃、この橋を使って四国から岡山に出る時、新しい世界に行くように思えてさ。本州に入った時、海を越えたぞ、みたいな事を叫んだ覚えがある」
「――やっと子供の頃の話をしてくれた」そう言って彼女は笑った。「帰省する時に自分の思い出を話すって言ったのほんとホントだったんだ」
そんな事を話した事もすっかり忘れていた。
「まあ、久しぶりに戻ってきた感慨もあるし」
そこまで言って、彼女は後ろに飛んでいく柱の隙間からずっと海を見ている。この海はいつ見ても穏やかだ。
四国に入った。
「ようこそ四国へ」
「じゃあ松山はもうすぐ?」
「いや、まだ先」
「えー……」
まだしばらく揺られ、松山駅についた。彼女は完全に目的地についた気持ちだったようだが、水を差すように次乗る列車を指差す。白と水色の小さい汽車だ。
「こんなちっさい電車があるんだね。なんか可愛い」
「ただのオンボロや。これで一時間ぐらいかかる」
「いうて一時間じゃん」
――といったものの彼女は乗って十分ぐらいで飽きてきたようで、まだかまだかと言い出した。
駅に停まり、ドアが開くたびに車内に潮の香りがほのかに入ってくるようになってきた。これが日常だった頃がもう信じられない。今はただ、懐かしく感じるだけだった。
「海が近づいてきたな」
「えっ。なんで? 海見えないのに?」首だけを窓に向けて怠そうに言った。
どうやら彼女にはまだ潮の香りが分かっていないらしい。まあ、東京生まれの東京育ちなら無理もない。
「塩の匂いがするから」
「じゃあ、そろそろさっきの続きを話してくれたっていいんじゃない?」向かい側に座っている夏が言った。「実家に帰る時に話すって言ったじゃん。海も近づいてきたんだし」
「そうだな──」
「まもなく、風浜、風浜です。お忘れ物のないようにお降りください」そんな思い出を増幅させるようにアナウンスが流れた。
窓からは数年ぐらい前まで通っていた高校のグラウンドが一瞬だけ見えた。
そうだ、自分は帰ってきたんだ。
「窓開けてええ?」
「いいよ」
俺は少しだけ窓を開けた。
潮の香り。草の香り。ごろごろとした汽車の振動。
窓を開けた俺を、彼女は期待の目で見ていた。
「かなり長くなるけど……」
彼女は頷いた。「どうせ着くまで時間はあるんでしょ?」
すうっとため息をついて、俺は言葉を紡ぎ出す。
「……でも、かなりの田舎のことだから──」
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