一
「あたしが高校生だった頃って、こんな感じだったかなぁ」東京生まれ東京育ちの彼女は長々と俺と出会う前の事を話し終えた。
どうしてこんな事になったかと言えば、東京の子供は一体どんな生活をしているのか田舎者の自分には想像もつかない、という話を都内出身の彼女にしたからだ。ただ、途中からは彼女の思い出話になり、それがどこまで「東京の当たり前」なのかは分からない。
小学校が自由登校で、彼女は毎日遅刻ぎりぎりだった事、一学年百人いるのが普通だった事、中学校ですら化粧をする人がたくさん居る事。ヤンキーやギャルの存在、渋谷でナンパされた話。それらは彼女からすれば何気ない日常だったのかもしれないけれど、こちらからすればアニメや映画の中みたいな話ばかりだった。
「やっぱり都会は違うなあ。なんでもあって羨ましいわ」
「じゃあ、そっちの話も聞かせて! 四国って自然が多くて素敵じゃん」
「そんなに良い所やない」
「うーん、そうかなあ……。どんな感じ?」
「まず、自然との闘いの生活。野生動物とか、虫とか」
「でも、緑多いじゃん」
「植物だって花粉とか出すし、植物があるから虫も寄ってくるし」
「あー確かにね」
「それに、交通や買い物は本当に不便。電車は無くて、代わりに汽車が走ってるし、多くても30分に一本。バスは一日数本。一番近いコンビニは歩いて20分以上」
「それで生活できるの? あと汽車って真っ黒なジョウキキカンシャってやつ?」
「いや、煙を吐く電車みたいなの。あと、大体一両か二両」
「そんなんラッシュじゃなくてもぎゅうぎゅうじゃないの?」
「そうなるのは一日二、三本ぐらいだし、大体ガラガラ」
「えー……信じられない」
「むしろ、今みたいに数分ごとに十両の電車が来て、それが全部満員になるなんて世界、想像した事もなかった」
「逆に怖いわ、そんなに人がいないの?」
「東京は人が多すぎや」
「だってこれしか知らないし」
「むしろこんなに人が多い方が異常やと思うぞ」
「そうなのかな? 逆にそっちの学校とかはどんなのだったの?」
「――その話はいずれ」
「何で?」
「さっきの都会の話が眩しすぎて、思い出すのが辛い」
「だったら、いつ話してくれる?」
「そのうち」
「いつよ?」
「じゃあ……、実家に帰る時について来たら。こんな都会じゃ周りの人に笑われる」
「そんなこと無いよ。周りの人に興味示すほど暇じゃない、みんな」
「まあ、そうかも知れんけど……」
「分かった。何にしたって、次、知志が実家帰る時、絶対についていくからね」
「はいはい」
正直、そんなに実家に帰る気などなかったし、ましてや彼女を連れて行くなんて考えたこともなかった。
状況が変わったのは、ある夜遅くまで続いた仕事の帰り、ようやく一息ついて携帯を見るとお袋から電話が掛かってきていた。急いでかけ直す。
「もしもし?」
「もしもし。さっきの電話何?」
「小学校のそばの写真館覚えてる? 倉永さんとこ」
「あー。あそこ。何があったん?」
「あんたにあとを継いで欲しいんやと」
「何で」
「何でかなんて知らんよ。でもあそこの息子さんは岡山出ていって連絡取れん言うてたし、それに地元で写真任せられるところなんて他に無いからなんとか残したいってや」
「知らんよ、そんなん。四国に幾らでも写真やってる人おるやろ。わざわざ東京から人呼ばんでも」
「こっちも詳しい事は知らんよ。それで今は何してるんよ」
「東京で写真スタジオのアシスタントや」
「東京で出来てるならこっち来てもやれるやろ」
「簡単に言うな。働いてそんなに経ってないんやぞ?」
「まあまあ、いっぺん戻ってきて話だけでもしてくれへんか」
「ちょっと考えるわ。また連絡する」
また面倒な事になったな、と思いつつ電話を切る。
確かに2年ぐらい実家に帰っていなかった。いい加減顔を出さないといけないとも感じているのは事実だ。あまり気は進まないが、そういう時期かもしれない。
帰るなら本当に彼女がついてくるのかどうか。それ次第で連絡するかを決める人がいる。
空を見上げた。
東京の夜空は暗い。満天の星空も天の川もこちらに来てからは見ていない。あの空も少し恋しい。
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