月華5
冬の空のように澄み切った色のキャンディを、少女に手渡しました。蝋をひいた薄紙に包んで。
「あなたたちの冒険を小説にしてもよいかしら?」
用が済んで帰ろうとする子ども二人に聞きます。少女はもう一度、じっとこちらを見つめたあと、かすかに頷きました。
「あなたたちの名前を聞いてもいい?」
今度は首を横に振るので、「もちろん、小説では偽名を使うわ」と付け足します。
「そうじゃないんです。私たちは、名前を人に教えないことにしているの」
そのひと言で、すべてを察しました。
名づけの儀式をする一族がいます。赤ん坊が生まれたとき、その子に名を授ける者は一緒にたったひとつだけ、運命をも授けることができるという。
たいてい、子の名づけ親は実の親です。または、その祖父か祖母か。健康であるように。たくさん稼げるように。授けられる運命は、とうぜん子の幸せを願うものです。
子どもは家族からたくさん名前を呼んでもらって育ちます。呼ばれれば呼ばれるほど、運命は強く固くなり、その通りの人生を歩みやすくなるのです。程度の差こそあれ、そこそこの小金稼ぎになったり、病気ひとつしない頑強な体を持てたりするという。
しかし中には、呪いを授けられてしまう子どももいる。子どもの不幸を願って自死する運命を授けたり、誰それの一族を根絶やしする復讐者になれと望まれることもある。その運命に抗うには、なるべく名前を呼ばれずに生涯を過ごすこと、それしかないのです。
けれど、普通の子どもは、自分がどんな運命を授けられたのか知りません。それは名づけた本人にしかわからない。他人に吹聴すると運命が薄れるのです。だから、自分には呪いがかけられているのではと本人が気づいたときには、手遅れになっていることが多いのです。
この子どもはもしかしたら、自分の運命を知っている。そうして、それに抗おうとしている。そう思いました。
「ところで、あなたたちの探し人は見つかったの?」
聞くと少女は、いいえと言って目を伏せました。
「小説を、あなたが書くのですか?」
今度は少女が質問しました。黙って微笑むと、それですべてを察したようでした。
夜鳴き鳥は死にました。それは、父の名でもあり、私の名でもあった。
父と呼んでいるが、実の父ではない。流行り病で両親を亡くした私を引き取ってくれたのが、遠縁の彼でした。彼は売れない作家でした。自分を本当の父と思うように、そう言って、なにくれとなく良くしてくれた、本当に優しい人でした。けれど、文筆の才能はなかった。
ある日、書きかけの原稿を彼の書斎で見つけました。
自分だったらこのお話をどんな風に完結させるか、考え始めたら止まらなくなり、私はひと晩寝ずに続きを書いたのです。あくる朝それを見つけた父の顔は驚きと屈辱にまみれていました。
それからは、ずっと私が父の本を書いたのです。小説は飛ぶように売れ、父の名は世界中に知れ渡りました。父は執筆の秘密を守るために、街の外れに屋敷を立ててそこに私をとじこめました。鳥籠邸とは、父が住まう家という意味ではないのです。本当に籠の中に鳥がいたのです。
なぜ、こんなにたくさんの物語を書けるのだと、ある日父から聞かれました。お前はこの屋敷から一歩も外へ出ていないのに、ほうぼうを旅する私よりずっと鮮やかに世界を描き出す。何か方法があるなら教えてくれ。
懇願でした。私は正直に話しました。
夢を見るのです。深い井戸を降りていく夢。星の中心まで届くかというほどの長い長い距離を、一本の綱だけを頼りに降りていく。底には青白い光がわずかに射している。見上げると、小さな小さな月が遥か頭上に浮かんでいる。
そこでじっとうずくまっていると見えてくるのです。色々なものが。それを持ち帰ります。あさ目が覚めると、忘れないうちに書き留めます。
その話に父は衝撃を受けたようでした。お前は麻薬の力を借りてしかなすことのできない幻視を毎晩している、そう言われました。
だから探したのでしょう。同じ夢を見せてくれる花を、命を賭けて。
この鳥籠を出ても咎める人はもういません。けれどやはり、私はここにいようと思います。
冷たい風に嬲られ、木の葉のように頼りなく歩いていく子どもたちの背中を、窓ガラス越しに見送ります。月の形の金色の髪が木々の影からきらりと光る。いまお話したことは、すべて彼女から聞いたこと。
私の名前はツグミ。春を告げる鳥の名前。
世界のすべてを書き記す者。
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