最終話 居心地のいいこの場所で

 新人歓迎合宿にうちの研究室の新人無し。

 そんな事態には残念ながらならなかった。

 合宿2日前についに新人が来てしまったのである。

 やっぱり女子で、名前はアサミ・ナミヤマ・モトさん。

 何と滅多にいない空間系魔法の持ち主だそうである。

「ここの研究室なら何をやっても問題にならないとお聞きしましたので」

 おいおい誰だそんなとんでもない事を言ったのは。

 まあ十中八九殿下だろうと思った時だ。

「ごめん、それ言ったの僕」

 シモンさんかよ!


 そんな訳で今年も南国アージナで2泊3日の新人歓迎合宿。

 やはり相変わらず大騒ぎだ。

 電動ゴムボートだのアクアラングだのボディボードだので。

 魚や貝など獲物捕りも相変わらず。

 もう俺がのんびりボディボードだけしていても獲物が集まってくる状況だ。


 色々あったような気がするけれどここの海は変わらないな。

 ボディボードで波に揺られつつ俺はそんな事を思う。

 俺自身もきっとそれほど変わってはいない。

 2年前より遥かにお金持ちにはなった。

 働いたら負けだなんてうそぶいても相当長い間生きていけるだろう。

 でも中身はそう変わっていないような気がする。

 病弱こそ治ったけれど体力が無いのは相変わらず。

 学年はついに3年生になってしまったけれど。


 国の風景は大分変りつつある。

 軍や国の蒸気自動車はもうこの国に溶け込んでいる。

 夏までには駅馬車に代わって大型路線バスや路線トラックも走り始めるそうだ。

 それも以前軍が大量生産した蒸気自動車とは技術の世代が違う代物。

 石炭ガス化仕様のレンジエクステンダー方式電気自動車だ。

 しかも電気回路に交流ブラシレス同期発電機と記述魔法式インバーターを使用。

 単なる蒸気機関と比べると燃費は3倍以上だし運転も遥かに簡単。

 原型はシモンさん作の小型レンジエクステンダー自動車を俺が更に交流仕様に改造した代物だ。

 ジゴゼンさんが、

「もう新機構が多すぎて理解の範疇を完全に超えています!」

とか文句を言いつつもコピーして再設計、現在鋭意製作中らしい。


 何故内燃機関のディーゼルとかガソリンエンジンが出ないかというと、単に原油の生産量が石炭より圧倒的に少ないからだ。

 だから原油は飛行機用に優先使用。

 自動車他は石炭ハイブリッドという訳である。

 油田がもっと開発されれば変わるかもしれないけれど。


 飛行機の定期路線は順調だそうだ。

 更に大型の旅客機も計画されているらしい。

 かつてはほとんど0だった国を越える人の移動も増えつつある。

 蒸気船もより大型のものが続々就航しているようだ。

 戦争終結後、店に並ぶ商品も更に種類が増えた。

 農業も機械化が始まって今後変わっていく模様。


「なに波に揺られながら黄昏ているの?」

 隣で同じくボディボードで浮かんでいるミド・リーに言われてしまった。

 なおミド・リーの病気は今の処再発の気配は無い。

 再発しても治療法が確立したから問題はないだろうけれど。

 今回の治療例が他の癌にも応用されれば更に多くの人を救えることになるだろう。

 大型魔法杖も病院や治療院には条件付きながら解禁されたし。


「黄昏ているわけじゃない。これから色々変わりそうだけれど、ここは変わらないなと思っただけだ」

「変えた張本人が何を言っているのよ」

 そう言われるとちょっと弱い。

 ただ俺だけのせいじゃないぞとは言いたい。

 シモンさんだのキーンさんだのタカモさんだののせいも大分あるぞ。

 特にシモンさんは下手すれば俺以上に色々やらかしたような……


「それに此処だって少しずつ変わっているしね。遊び道具も増えたし、別荘も少し建て増ししたし」

 宿泊用の個室が増えたり、大型浴槽付きの風呂が追加されたりしたからな。

 春合宿の時より更に色々増えているし。

 まだ木が新しかったから、きっと戦争の目処がついた後に建て増ししたんだろう。

 何か俺達の使う為にと思うと申し訳ない。

 勿論家主も使っているのだろうけれど。


「ただ俺達自身はそう変わっていないような気がするんだ。周りは変わったし、ここも少し変ったけれどさ。基本は1年の夏、シンハのところで合宿した時と同じ。やっぱり同じように海で遊んで、獲物を捕って皆で食べて。

 この活動が始まって3年目、色々あった筈だけれどさ」

 何当然な事を、といったようにミド・リーは笑う。

「当り前よ。人なんてそう簡単に変わらないもの。きっとミタキは今後も研究室で怪しく便利なものを作っていくんだろうしね。ただ病弱は治ったんだしもう少し身体を鍛えた方がいいと思うわ。私の治療をした時だって相当無理したじゃない。もう少し体力があったら貧血でふらふらというのだけは回避できたと思うし」

 おいおいその件だけは勘弁してくれ。


「生憎鍛えてもあまり効果が出ない体質なんだ」

「その辺も変わらないよね。身体を動かすことを出来るだけ避けるところ」

「前世以来の習慣だからさ」

「重症だよね、それって」

 そう、その辺は多分あまり変わらない。

 俺が俺である限りきっと。

 きっと人間なんてそんなものだ。


 来年高等部に入学できたとして、この活動を続けられるのは約4年。

 でもその間は今のままの状態でいたいなと俺は思う。

 ミド・リーがいて、シンハ君達がいる、この居心地がいい環境で。

 前世に比べれば大分贅沢だけれどさ、間違いなく。

 でもその分余計に楽しませてもらってもいいんじゃないかな。

 そんな都合のいい事を思いながら。

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