第297話 大人の責任

 翌日。

 普通に登校して普通に授業に出る。

「どうしたんだよ、学校休んで」

「悪いな、ちょい風邪ひいてさ」

 そんな感じで適当に誤魔化しつつ放課後を迎える。

 研究室に行く前に少し学校外へ寄り道。

 案の定昨夜の件が号外になって売り出されていた。

 B4サイズ程度3枚組で正銅貨1枚100円

 購入してちらりと読む。


 ホン・ド殿下負傷。

 いきなりそんな見出しが目に入った。

 思わず立ち止まってその部分を読んでしまう。

『ホン・ド第一王子殿下は昨晩王宮内第一研究所で執務中、敵に襲撃され右半身に中度の火傷を負った。なお命には別状ない。この襲撃で他に……』

 命には別条ないか。

 取り敢えず少しほっとする。

 他にオマーチの研究所とかは大丈夫だろうか。

 あの3人は。

 そう思ってささっと読んでみるがその辺の情報は無さそうだ。


 とりあえず号外を持って研究室へ。

 入ったとたん思いがけない人物が目に入った。

 火傷を負った筈のホン・ド殿下だ。

 昨日と同様のレイアウトのテーブルにちゃっかりついていて、俺の方を振り向く。

「やあミタキ君。今日は遅かったね」

 おい待て殿下。


「襲撃で火傷を負ったんじゃなかったんですか」

「ああ、あれはなかなか痛かった。火傷を負った時よりむしろ治療の方がね。完全に痛覚遮断をして治療してくれればいいのにさ。わざとある程度感覚を残したまま治療されたんだ。おかげで何回も悲鳴を上げさせてもらったよ」

 おいおい。

「ひょっとして治療担当にも相当恨まれてませんか」

「一応僕にもそんな自覚はあるんだ、一応はね」

 なんだかなあと思う。

 心配して損した感じだ。


「ついでに言っておくけれど、シャクもターカノもジゴゼンも、オマーチ学園研究院の皆さんも全員無事だよ。ただシャクとターカノはまだ移動魔法による襲撃が無いか当番で警戒している最中でね。仕方なく僕一人でここにやってきた訳だ。いや便利だね、この移動魔道具」

 その情報は正直言って有難い。

 移動魔法を含めた空間系魔法自粛中の俺達ではその辺の確認は出来ないからだ。


「さて、ミタキ君も席についてくれ。ちょっと言っておきたいことがあってさ。それも割とミタキ君に対してだったりするから今まで待っていたんだ」

「わかりました」

 何だろう。

 そう思って俺は席に着く。

 なお俺の分のお茶やケーキも既に配られていた。

 なお殿下の前のカップと皿は既に空。

 ケーキも紅茶も既に終えた後の模様だ。


 殿下は立ち上がり、口を開く。

「さて、まもなくこの戦争も終わりを迎える。事務手続き等もあるからあと2週間くらいかな。もう未来視達が確定予知をした。戦闘もあと少しだけあるかもしれないがもはやアストラムの勝ちが動く事はない。

 実際この戦争に勝てたのは君達のおかげだ。ほぼここの研究室で出した発明品や新製品のおかげだな。巨大魔法杖や蒸気自動車、更には移動用をはじめとする様々な魔道具、あの飛行機や蒸気船、ゴーレムまで。

 発表できる部分はあまり多くない、せいぜい号外に出る程度のものまでだ。でも実際はもっともっと色々活用させてもらった。結果規模的に圧倒的に不利な戦いに、圧倒的な勝利をつかむことが出来た。

 残念ながら公式な謝礼は出来ないと思う。まだまだ機密保持しなければならない技術も多いしね。勿論こっそり資金面である程度の礼はするけれどさ。

 だから代わりにここでお礼を言わせてもらいたい。どうも有難う。ヒロデン王家、アストラム国を代表してここで感謝の意をあらわしたい」

 そう言って殿下は深く頭を下げる。

 深く、長く。

 今だけいつもと明らかに違う雰囲気で、アキナ先輩すら何も言えない。


 結構長い間頭を下げた後、殿下はまた俺達の方を見て話し始める。

「さて、今君達の技術のおかげで戦争に勝つことが出来たと僕は言った。それは確かに事実だ。だからと言って君達が自分達の技術が戦争に使われた事を重く考えたり責任を感じたりすることは無い。人を殺めたとか傷つけたとか考える必要はない。そして考えなければいけない責任もない。

 技術は本来中立なものだ。良くも使えるし悪くも使える。魔法も同じさ。全て使う人の意志と目的によってそれが良い行為か悪い行為か決まるんだ。この良い悪いという判断基準も立場や時代によって色々変わるんだろうけれどね、その辺はまあ今回は別の問題として。

 そう、君達は色々な技術を生み出した。確かにそれらは戦争にも使われた。それらの技術のおかげで僕達は勝てたし、敵国は敗北した。敵軍はかなりの被害を受けた。でもそれは君達の責任じゃ無い。もし責任があるのなら、それらの技術をどう使うか決めた僕や、僕が筆頭付近にいる国という組織だ。

 だから僕は君達に言おう。君達が責任とか罪の意識を感じる必要は無い。それを背負うべきは君達の技術をそう使うよう決めた組織や大人達だ。そしてその中でも僕のような決定権を持つ者だ。

 もう一度言おう。君達には責任も罪の意識も必要ない。それは僕や僕達の仕事だ。

 そして僕は君達の技術を利用した事を間違いだとは思っていない。これは必要だった事だ。少なくとも僕やアストラム国にとっては。

 だから僕はその責任や罪があるのなら、それを喜んで背負おう。背負うことをむしろ誇りにすら思いつつね。

 とまあ、そんな処かな」


 殿下はそこまで言った後、軽く肩をすくめる。

「まあこんな真面目な役割はあまり得意ではないのだけれどね。でも必要な事だと思うからあえて言わせて貰った。それではこの後も面倒な仕事がおしているから失礼するよ。あとゴーレムの件だの他の報奨金だのの件については事態が落ち着いた後、ジゴゼンをここにやるからさ。楽しみに待っていてくれたまえ」

 殿下はそう言った次の瞬間、姿を消した。


 ちょっとだけ間を置いた後。

 アキナ先輩が小さくため息をつく。

「本当にせわしなくて、そして格好つけるのが好きな方ですわ」

 その台詞が決して否定的な響きではないのは俺にさえわかった。

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