第209話 探索の末

「頼みがある」

 フールイ先輩が俺にそう声をかけてきた。

「何でしょうか」

「少しつきあって欲しい」

 あの『見つけた』の件だろうか。

「いいですよ」

「頼む」


「何か用意する物はありますか」

 努めていつも通りに聞いてみる。

「移動魔法用の魔道具」

 それなら俺の移動魔道具は万能魔法用とセットで常に持ち歩いている。

「俺の方はいつでもいいですよ」

「ありがとう」

 フールイ先輩は小さく頭を下げると近くにいたヨーコ先輩に告げる。

「ミタキ君を借りて出かけてくる」

「気をつけてな」

「では行く」


 いつもの浮遊感。

 出たのは屋外だ。

 室内からいきなり出たので日光がまぶしい。

 森林の中を通る馬車道に出た。

 横に道路付設の馬車休憩所がある。

 付近に馬車や歩行者の姿は無い。

「あの油を採取したところから5離10km西。ニシーハラ侯爵領のマキからゴサソウ鉱山へ向かう馬車道の休憩所」

 てっきり鉱山そのものへ行くかと思ったら違った。

「ここからあの山を見て欲しい。左側中腹が点線のように見えないか?」

 見てみると確かに緑色の処にそこだけ何か点線が走っているのがわかる。

「見えますね。あれは木があそこだけ生えていないのでしょうか」

「次はあの線の処へ移動する」


 いつもの浮遊感の後、林の中へ。

「ここがさっきの線の部分。どう思う」

 俺は周りを観察してみる。

 周りは林。木がそれぞれ高く伸びている。

 だが今いる部分は違う。ここだけ木が短い。木が若いのだ。

 よく見ると少し向こう側にも同じように木が短い場所がある。

「道の跡ですか。廃道になった」

「ここの下25腕50mの処に坑道があった。6年前に落盤事故があり十数名が閉じ込められた。ここは救出のため上から魔法で掘った跡。だが地盤の関係で坑道まで届かなかった模様だ」


 鑑定魔法を起動してみる。

 確かにこの部分だけ地層の重なりが違うのがわかる。

 更に下にかつて坑道だったらしい穴の痕跡も見える。

 今は崩れた土や砂で九割方塞がっているけれど。

 そして上からの地層が違う部分はその部分まで届いていない。

 理由もわかる。

「途中に崩れやすい砂の層がありますね。それもかなり厚く」

「この下付近の何処かが落盤事故の現場だ。でも今は入ることが出来ない。元坑道もほとんど塞がれているだろう。この事故でゴサソウ鉱山の坑道堀りによる採掘は中止された」


 ここまで状況が出たのならば。

 俺はあえて核心を聞いてみることにした。

「お父さんが巻き込まれた事故ですか」

「そう」

 フールイ先輩は頷く。

「ただ私は疑問に思っていた。その気になれば私でもかなりの量の土砂を魔法で吹き飛ばす事が出来る。気づかないうちに埋まったなら別。だがそうでなければ助かる方法もあった筈だ。そう思ってこの辺を調べていた。

 次の場所へ移動する」


 浮遊感の後、今度は崖のような場所に出る。

 目の前が思い切り崩れている。

「ここで父は賭けに出た。内部から坑道の横方向に向かって魔法で爆破をかけた。結果元側の坑道からは出口が出来て父以外ほとんどの者は助かった。ただ爆破をかけた父のいた側の坑道は脱出する間もなく土砂で塞がれた。

 ただ父はこうなる事をわかっていた。だからこそ他の者を元の坑道の奥に残したのだろう。

 あの魔法杖は過去の映像も見る事が出来る。私はあの杖で6年前のここにたどり着いた。何が起こったかを確かめた。流石にこれで終わりかと思った。でも杖でたどればそうではなかった。父はまだ希望を捨てていなかった」


 再び魔法移動する。

 今度は岩場が多い山の斜面だ。

 木々が岩の間から生えている。

 そして岩の間に小さな穴があった。

 よく見ると穴を中心にして付近が凹んでいるように見える。

 そして凹んでいる部分には大きい木が生えていない。

 これは、ひょっとして。

「さっきの場所から直線で結べば510kmの場所だ。でも実際に行くにはセノハチ運河を経由して4080km以上は必要。区分も西部のホマチガワ子爵領になる。だからここから脱出したことに誰も気づかなかった」

 という事はだ。


「お父さんは助かったんですか」

「魔法で掘ったり崩したりて通れる隙間を作りながら移動したようだ。途中からは石灰岩で自然の鍾乳洞があったのも幸いした。

 ただここから出てきてその後発見された際、記憶を失っていたようだ。記憶というか精神に色々異常がある状態だった。無理もない。地中で一人で14日耐えてここまで来たのだ。気力も体力も魔力も限界を超えていたのだろう。

 発見した人もまさか他領の鉱山からここまで来たとは思わなかったのだろう。だから鉱山事務所へ行方不明者発見の報告はなされなかった」


 なるほど。

 地図上では遠くないが間は山岳地帯。

 人の意識の上ではここから鉱山は遥か遠くだ。

 それに暗闇で14日間耐えたのだ。

 助かる見込みもないまま、それでも出口を求めて彷徨いつつ。

 記憶を失うというか気が狂ってもおかしくない。


「ただ村人に発見され、療養するうちに精神面は回復したようだ。でも記憶は戻らなかった。現在はこの次の移動先で暮らしていることがわかっている」

 そこまで言った後、フールイ先輩は俺の方を見る。

「それでミタキ君にお願いだ。ここから私の手をつないでいて欲しい。私は結末を知っている。どういう態度をとるかも既に決めている。でも父を見たら決意が揺らいでしまうかもしれない。だから私が妙な事をしないよう手を離さないでいて欲しい」

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