第18章 めでたく夏合宿

第161話 移動初日の誤算

 1学期の授業終了日。

 予定通り俺達は蒸気自動車でウージナを旅立った。

 改良した蒸気自動車はかなり加速が良くなっている。

 そのくせ挙動も色々危なげない感じだ。

「今日はオマーチまでだよね」

「そうです。オマーチの国教会聖堂近くに宿を取ってあります」

 高級そうな宿だが大丈夫だろうか。

 料金的な問題では無い。

 俺達のような中高生の集団が泊まりに行って大丈夫かという意味だ。

 一応アキナ先輩とユキ先輩は大人扱いだし、よく考えたら半分近くは貴族。

 でも常識というものが俺の思考を引っ張る。

 こんな蒸気自動車に乗っている時点でもう常識ドコーという状態なのだけれど。

 

 昼過ぎに出たので馬車とのすれ違いや追い抜きが多く、なかなか速度が出せない。

「うーん、これじゃ1時間でカーミヤまで着けないな」

「着かなくていいから。倍かかっても十分速いから」

 シモンさんも大分常識が狂ってきたようだ。

 確かに本日の行程は長い。

 ウージナからオマーチまでだいたい170離340km

 この車でも半日かかる距離だ。

 ただ幸い本日は宿を夕食朝食付きで予約してある。

 だから遅くに到着しても大丈夫。


 なお行程中の昼食やおやつはたっぷり買ってある。

 姉貴に頭を下げて特別注文しておいたのだ。

 今もシモンさんはドライフルーツ入りスティックケーキを食べながら運転中。

「これって何かしながら食べるのには最高だよね。今回はドライフルーツとチーズケーキと、あと何があるんだっけ」

「細いロールケーキ、スイートポテト&栗、緑茶風味ボックスクリームだな」

「なら次は緑茶のボックスクリームで」

「はいはい」

 よそ見運転されたら困るので俺が取ることになっている。

 なおストロー入り容器に入った冷たい紅茶も常備済みだ。

 そんな感じで補給しながら走れるだけ走る。

 何せオマーチは遠い。

 順調にいっても到着は午後5時頃になる。


「そう言えば今度こそは出ないよね」

 後ろの方でミド・リーが縁起でもない話をしている。

「出ないって何が」

「毎度おなじみホン・ド殿下」

 やっぱりその話か。

「今回はヤバいものを作っていないし大丈夫だろ」

「そうですね。新人歓迎合宿にもいらっしゃいませんでしたし」

「そんなにしょっちゅう出るものなのですか」

「学園祭の後は春合宿にいらっしゃっただけですわ。ですのでそれほど心配ないかと思います」

 頼む縁起でも無い。

 仮にも第一王子なんて存在はそんなに軽いものでは無い筈なのだ。

 ただ本日の目的地はオマーチ。

 奴の本拠地だ。

 何があるかわからない。

 覚悟はしておいた方がいいだろう。


 ◇◇◇


 途中トイレ休憩3回を挟んで、無事午後5時少し前にオマーチに到着。

 馬車道を中心街へ向けてゆっくり走る。

 前方には国教会の特徴的な尖塔が見えた。

 ガイドブックにも出てくるおなじみの姿だ。

「宿は中心街でいいんだよね」

「まだまだ真っ直ぐです。ミササ橋を渡ったら右です」

 まだ明るいが注意を促すためヘッドライトをつけて走る。

 普通の人は灯火魔法だと思ってくれるだろう。

 実際そうやって走っている馬車もある。


「次の橋がミササ橋です。渡ったら次の太い道を右、50腕100mも行かないうちに宿の馬車停めがある筈です。看板があるそうです」

 ナカさんの指示に従って橋を渡り、交差点を右折。

 宿の位置はすぐわかった。

 さっきから見えている国教会の斜め前にあるいかにも大きな建物。

 その横には何台も馬車を停められそうな馬車停め兼用通路がある。

 ただ予定外というかある種予想していた障害があった。

 申し訳なさそうな顔で馬車停め入口に立っている小柄な女性。

 新人以外の皆さんは知っている顔だ。


 シモンさんは彼女の横で自動車を停める。

 まるで全てわかっていましたとでもいうように。

「申し訳ありません。皆様をご案内するように申し付かっております。なおこの宿の方は既にキャンセルさせていただきました」

 誰からとは言わない。

 でもこの人、ターカノさんが出てきた以上誰の命令かは明白だ。


「わかりました。それでは案内をお願いして宜しいでしょうか」

「ええ、そのつもりで参りました」

「どうぞ。2列目を空けますので」

 タカス君とフルエさんが後ろに移動。

 代わりにターカノさんに2列目に座って貰う。

 横はユキ先輩だ。

 彼女も大貴族の一員だし問題無いだろう。

「それでは案内させて頂きます。まずはまっすぐ行って、次の交差点を左へとお願い致します」

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