第160話 シモンさんのオーパーツ

 夏前の長雨の時節も終わったようだ。

 天気は昨日から晴れてうだるような暑さ。

 ただ日本の夏よりはきっと過ごしやすい。

 温度計も湿度計もこの世界には無いけれど俺の鑑定魔法はそう告げている。

 夏合宿の準備もほぼ終わった。

 行きと帰りに立ち寄る宿の予約も取ったし、魔獣の狩猟許可証も手に入れた。

 行きはオマーチに1泊、帰りはシンコ・イバシとエビゾ・ノに1泊ずつだ。

 まあその辺の手続きは俺ではなくナカさんやフルエさんがやったんだけれど。


 期末テストも無事終了した。

 無事というか予想以上だった。

 シンハ君、中間テストに続いて成績優秀者として貼りだされる(41位)!

 フルエさん、今度は成績優秀者に(45位)!

 恐ろしや身体強化組の勉強会。

 今でも毎日トレーニングの後1時間程度は合同学習会をやっている。

 そこで授業中のわからないところを解消して家では予習中心にやるそうだ。

 家で勉強するという習慣が無い俺にとってはよくそんな事続けられるなと思う。

 まあトレーニングなんて事を毎日続けているマゾとしか思えないような連中だ。

 そう思えば勉強も同じように出来るのかもしれない。


 さて、今回の旅行には俺もスペシャルな杖を持ち込むことにした。

 もちろん鑑定魔法に杖をつかう訳ではない。

 シモンさん専用杖を解析して出来た『誰でも工作系魔法が使える杖』だ。

 もちろんこの杖を使っても今の俺ではシモンさん程の魔法は発揮できない。

 でも簡単なものを作るときにいちいちシモンさんにお願いしなくても済む。

 実は今度の旅行、俺的に楽しみというか期待がある。

 コイに行く途中にいくつか銀鉱山の街がある。

 そこに寄れば魔法銀ミスリルが手に入るかもしれない。

 実は俺の魔法杖シリーズの集大成として作ってみたいものがあるのだ。

 一度試作したのだが魔法銅オリハルコンでは上手くいかなかった。

 ただ材料次第では何とかなりそうな手ごたえはあった。

 魔法銀ミスリルなら上手くいく可能性がある。

 そんな感じがするのだ。


 明日で1学期は修了。

 授業終了後そのままここ研究室に集まり蒸気自動車で合宿に出発する。

 既に荷物のほとんどは積み込み済みで、俺も着替えまで含めた全てを積載済み。

 石炭も水も満タンだ。

「楽しみなのだ」

「そうですね」


 俺も荷物を載せた蒸気自動車をもう一度眺める。

 春の頃に比べると自動車の形はまた変わっている。

 時間があると何処かしら改造しているいじっているシモンさんのせいだ。

 グリルが大きくなり中のラジエターにファンがついたとか。

 サイドミラーがついたとか。

 ヘッドライトが別体式になりランプを交換しやすくなったとか。

 窓ガラスがフロントだけでなく少しだけサイドにも回っているとか。

 一段と地球的な自動車に近づいた形だ。

 俺は特にそんな指示や提案をしていないのだけれども。

 目的が同じだと形も似てくるのだろうか。


「今回は坂が結構急な筈だから色々強化したよ。蒸気ピストンも高圧と低圧の2段階にしたしラジエターも強化したしね。ブレーキもかなり強化したかな」

 シモンさんが機械的な改造点を説明してくれる。

「坂でも馬車が走れる道なら多分大丈夫だと思うけれどな」

「この車は馬車よりかなり重いから念には念を入れてね。ブレーキは鋼の厚板をもう少し柔らかめの鉄で挟み込む形に変更した。挟み込む方には砥石を混ぜた特製だよ。これなら摩擦でかなり温度が上がっても大丈夫だと思う。一応羽根車もつけて冷却するようにしてあるけれど」

 そう言われて鑑定魔法で確認。

 何と油圧式ベンチレーテッドディスクブレーキになっていた。

 どうやら必要に応じて発明してしまったらしい。

 ハンドルもいつの間にか蒸気圧と油圧を利用したパワステになっている。

 確かにパスカルの原理は摂理で習ったけれど、この辺に応用してくるとは!

 シモンさんのセンス、恐るべし。


「なんだかもうこの蒸気自動車もオーパーツ化しているよな」

 魔法を使った工作精度もあって、おそらく地球にかつてあった蒸気自動車のレベルを超え始めているのではないだろうか。

 蒸気ボートもかなりタービンが効率化されている。

 燃費が大分改善されたからわかるのだ。

「本当はモーター兼発電機も入れるつもりだったんだ。下りでは速度を抑えて、加速が必要な時は補助タービンからの電力で前輪に補助動力も入れるようにしようと思って。でも床下に仕込むには構造が複雑すぎてうまくいかないな。効果がある位のものだと大きさ的にまだ無理だった」

 どうやらハイブリッド4WD化までするつもりだったらしい。

 どこまで行くつもりなのだろうか、シモンさんは。

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